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人馬に名前を付けた後、再び飛行で学園へと帰還した。
フレア先輩にどうだったかと感触を聞かれたので、人馬を連れていくことを選択すると、大いに喜んでいた。
彼女が人馬の扱いに困っていた事は言わずもがな。とはいうものの、別に同情とかで選んだわけではなく、単純に気に入っていたからにすぎない。――と、まぁそんな感じでその日は終わり、それから数日が経過する。
アリバ出立まで残り一週間を切っていた。
そんな現在、僕はジョーカーから天からの恩恵による身体強化の教えを授け、魔獣との戦闘に明け暮れていた。
「――ヒイィィグォオオオ!!」
国の許可が下りた学園の管理する魔獣飼育&処理ルームにて、最後に残っていた魔獣を始末し、一息入れる。
そこでは、研究で誕生した特殊な魔獣や家畜の育成と処理などを行っていた。
「十か、いや二十か。
どちらにせよ、これじゃあ足りないな……。
まだ不安が残る」
フレア先輩の協力も相まって、研究に失敗した魔獣や手が付けられなくなった魔獣の処理を行っていたのだが、如何せん数が足りなかった。
元々僕は心配性な節がある。
どれだけ楽に魔獣を倒せても、数で襲って来られるような集団戦となれば、いずれ足を救われるかもしれない。
その不安を払拭するには、実戦をして経験を積むのが一番良いと考える。
「――フレア先輩、もう魔獣ってないですか?
もっと欲しいんですけど」
スターダスト学園の研究室にて、フレア先輩に訊ねる。
「うーん、そう言われてもなぁ……」
考え込んでいたフレア先輩は何かを思い出したかのように晴れた顔をすると、
「あっ、そうだ!
確か料理研究家の先輩が生きた魔獣を沢山仕入れているとか何とかって話があったから、調理場に行ってみるのはどうかな?」
そう提案された。
料理研究家といえば、これまでにも数々の画期的な食を生み出し続け、食文化の開拓を最前線で行ってきた事で知れている。
今でこそ一般家庭の食卓に並ぶカレーを模したカリーラだが、この食を発明したのがスターダスト学園25期生――料理研究家のウォー・ヘディングスだというのは有名な話だ。
「調理場ですか。ありがとうございます。
早速行ってみようと思います」
僕はフレア先輩にそう告げると、目的地まで歩を進めた。
玄関ホールに貼られているキャンパスマップを使い、調理場まで到着。
コンコンコンとノックを三回、すると「どうぞ」と返事が戻ってくるので「失礼します」と一言入れて入室する。
――料理人の制服とも呼べるコックコートを羽織った男女が複数人。
異質な人間の入室に戸惑う様子を見せている。
そんな中でも一際目立ち、威風堂々としていた男性が僕の元まで歩いてきた。
「君は……NRPで発表してた男の子?」
僕の発表を観ていたのか。
やっぱり魔獣を扱う者達にとって、あの内容は興味をそそられるものだったんだろうな。
「はい、リュカ・エルピスと申します。
ここで大量の生きた魔獣を仕入れているという話を耳にしたので伺わせてもらいました」
「うん、確かに仕入れているけど、それがどうかした?」
「無理難題は承知の上でお願いなのですが、その魔獣を僕に譲ってくれませんか?」
ほぼ確実に断られるだろうという読みの基、一か八かの賭けに出るような思いで聞いてみる。
「おいおい、ちょっと待てよ!!」
先程まで固まっていた女性が会話を遮った。
大方、先輩の動じない姿を見て感化でもされたのだろう。
「そんな真似できるわけないだろ!?どんな理由があれ、こっちからしたら大事な食材なんだ。それを何処の馬の骨かも知らない奴に、そんな勝手なこと――」
これは言い方が悪かったか、と自分の言動を顧みる。
別に僕は食材を無駄にしたいわけではないのだ。資材が有限であり貴重なのは当然の事だし、そう簡単に渡してくれないのも想定内であった。
僕の目的はあくまでも集団戦に対する実戦であり、経験を積むことができるならば、無駄に殺す事もしない。
その真意を伝え忘れるとは配慮が掛けていた己の責任だ。
「落ち着けサラサ」
「でも、先輩!!」
食材を守るように言葉で反撃していた女後輩に、彼の先輩は落ち着いた声色で宥める。その余裕のある姿には、僕でさえも安心させられる。
「お前の怒りは真っ当だ。それは多分、この場にいる全員が同じ事を思っているだろう。
だけど俺はこの子を知っている。何も知らないお前達と多少は知っている俺の違い。この差が分かるな?」
僕がこの場に来た理由を察したかのように発せられたその言葉は、話をスムーズに進ませる潤滑油となっていた。
「状況を見極めろ……ですか」
先輩は太陽のように顔を綻ばせると――、
「そういうことだ。後は俺に任せてお前らは戻れ」
払い除けるように掌を振った。それを見た後輩達は一斉に作業へ戻っていく。
これが人の上に立つ者の姿か。感服させられる。
「――ついて来い」
ついて行く。調理場から退出し、外に出る。
着いた先は学園が管理する冷蔵倉庫であった。
食材が完備されている倉庫の奥を更に進んだ先、蝋燭だけで灯りを確保した薄暗い地下階段を下っていく。
その先には――、
「ここは?」
そこは、牢獄と呼ぶには相応しすぎる場所であると同時に、清潔に重点を置いてもいた。
冷蔵倉庫が死体安置所と仮定するならば、その牢獄はまさに、死刑を待つだけの囚人の檻だ。
四方八方から鳴り止まないのは、余命を宣告されたかの如く魔獣の咆哮。
その数はざっと百匹以上は存在しているだろう。
「防音と耐震に優れた畜舎だよ。
そしてこいつらは生体検査を通過してきた安全な奴ら。
普段はこの魔獣達を使い研究を行っている。
さぁ、本題に入ろうか。
君はこの魔獣達が目当てでここに来たんだよね?」
場違いな程に明るい声音に問われ、この現状を当たり前だと認識させる。
「はい、僕の目的は天からの恩恵の強化です。
その為に魔獣と闘いたい」
「でた、エナジーギフト!凄いよね〜アレ。
手で触れたと思ったらパーンって弾けてさ!
まぁいいよ、君面白そうだし。
その闘い――料理研究家三年ポール・デミラスが許可しよう。
ただし、条件がある」
その男――ポール・デミラスといえば、NRPによる食品発表で、その場に赴いていた美食家達の胃袋を鷲掴みにした事で一躍有名になった料理研究学生だ。あらゆる技能を持ち合わせており、今も尚その成長は途絶える事を知らない。
卒業後は自分の店を持つ事でここ最近でも話題に上がる、将来有望な稀代のニューウェーブ。
その凛々しく堂々とした出で立ちから垣間見える、両腕に刻まれた無数の爪痕は、これまでの魔獣との闘いを物語っていた。
「条件とは?」
僕は聞き返す。小難しい物でなければいいが。
「こっちとしても、無闇矢鱈に殺されまくられたら世話がないからね。はいこれ――」
そう言われて手渡されたのは一本の牛刀。
「ただ殺すんじゃなくて、それを使って捌いてよ」
無理難題を言ってきたのは向こう側だったようだ。
そもそもだ、これまで魚すら捌いた事の無い僕が、ましてや魔獣を捌くなど、どだい無理な話だろう。
経験としては、母が調理をする時に目にした事くらいは何度もあるが、それは既に加工されているものであって生きた魔獣とはかけ離れていた。
「捌けって言われても……僕やり方とか分からないんですけど」
「そこはほら、教えるからさ?」
どの道これを引き受けなければ修行はできないしやるしかないのか。何事も挑戦だ。頑張ろう。
「……分かりました」
僕は渋りながらも最終的には受け入れた。
いや、受け入れる事しかできなかった。
「よぉうし、早速だがまずは屠殺からだな。――よっ、と」
刹那、ポールはそう言うと、手に持つナイフを魔牛の眉間へと投げつける。瞬きを一回すれば、魔牛は屍と化していた。
その瞬間、オーラの動きが変動していた事を僕は見逃さなかった。
身体に纏うオーラが一瞬、投擲する右腕に集中したかと思えば、次の場面では横になった魔牛が一匹と元通り身体に張り付くオーラ。
転生者である僕だからこそ一連の過程を理解できたが、異世界人はこれを無意識でやっているのだと考えると、本当に恐ろしいものだ。
――僕もポール先輩を真似てみる。
エナジーを右腕に集中させるが、以前のように100%では無い。ジョーカーの教えも相まって、身体強化の調整をできるようになった。そしてもう一つ、調整ができるようになったからか、オーラの動きを目視するだけでどの程度の身体強化を施しているのかが分かるようになった。
今回の場合だと大体20%から30%。
先程渡された牛刀を投げる。
見事眉間に命中し、喚く魔牛を一匹仕留めた。
「おお、筋が良いね。君本当に初めて?」
ポールが僕の手腕を見て言った。
エナジーに対する手腕ではなく、投擲の命中率に対してだ。
「はい、初めてです」
「そうか、初めてか!
ねぇ君さ、この道に興味あったりする?」
目新しいものを見つけたかのようにポールに勧められる。
この勧誘の意図が魔獣を殺す為だけの処理班としてなのか、それとも料理研究家としてなのか、僕には分からない。
「興味はありませんが、知っておきたいとは思います。
今後の為にも」
エナジー自体がまだ不完全で謎も多いのに、料理の道になど到底進めるはずもない。
その道はその道のプロに任せよう。
これからも美味い料理を開発し続けてくれ。
「それは残念。まぁ気が向いたら俺の所に来なよ。
捌き方くらいなら何時でも教えるからさ。とは言ってもこの学園にいる間だけだけどね」
三年生であるポール先輩はこの年で卒業となる。
一方で僕は、この一年間は少なくともアリバへ行くわけだから、その機会が来ることは永遠に無いだろう。
「ありがとうございます。
その気持ちだけで嬉しいです」
「よし、次は放血だ。んで、放血が終われば剥皮な」
首にある太い血管に刃を入れ、血抜きをする。
放血には、菌や細菌の繁殖を防ぎ腐敗を遅らせる事ができる他、よく血を抜かないと肉がいたみやすく味も落ちるという事で、重要な作業の一つとなっているらしい。
そうして次に、脚や角、耳の切除、食道や肛門の結束、その他諸々を行い、剥皮処理に移っていく。
「――頭部を切り落とし、内臓を摘出。
切り落とした頭部は肉と舌で処理。
背割で枝肉の状態にすれば、あとは洗浄だ。
洗浄を終えれば、枝肉をカタ、ロース、モモ、バラと大分割。更に小さく分割し、除骨、整形と進めていく。
――まぁ、ざっとこんな感じだな」
ここまで僅か三十分。解説をしながらの解体作業なのにも関わらず、その所作は一切の躊躇いがなく、円滑に事を運んでいた。
まるで感情を殺しているかのようなその面差しを見て、僕の口が自然と開いた。
「あの、こういうのって聞いていいか分からないんですけど――どういう気持ちでやってるんですか?
やっぱり辛いとか可哀想とか思ったり?」
「うーん。……いや、無いな。
元よりコイツらは、こうなる運命なんだから。そこに情なんて物を入れれば、それこそ奴らに対する冒涜だろう。
食われる為に生まれ、食われる為に育成され、食われる為に死んでいく。それは弱肉強食の摂理だ。生物は常に生物の上に立っている。
食われる運命にある奴の唯一の救いは、俺達が美味く食ってあげることなんじゃねぇかなって、だから俺はコイツらを調理するのさ」
瞳を閉じて考える仕草を見せたかと思えば、その表情は何処か茫然としていて、これまでの苦境と言葉の重みを実感させた。
「ここにいるヤツらは――そうだな。
食材として使えなくならなければ何しても良いさ。
俺はちょっと後輩の様子見てくるからよ」
先輩はそう言うと、背を向ける。流れるように掌を左右に振ると調理場へと踵を返す。
僕はポール先輩の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。




