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極論、ぶっとんだ常識には更に上を行くぶっ飛んだ常識で対抗するしかない。
この世界がどんだけ理不尽でご都合主義でも、それはこの世界の常識だと捉えるしかないのだ。
だから僕もこの現状を受け入れて、尚且つ当たり前だと思い込まなければいけない。
これがこの異世界の常識なのだと。
にしても、前世の記憶ってほんとに不便だな!!
「はぁー」と深い溜息を一発、これまでの全てをぶつけるかのように吐いていた。完全に無意識だ。
「えーと、ナンバー666だっけ?そこの人馬さん」
「悪魔じゃねーヨ、635だヨ!!名前がないからそういうことになるんだヨ!!付けてくレヨっ!!」
三流芸人の如くツッコミを入れる人馬。
そこには面白さの欠片もない。
――本来ならば、先輩にオススメされていたポニーに乗ってアリバへ赴くのが正解なのかもしれない。
だが僕は改めてこの世界の事を知らなさすぎた。
その為には――、
「あのーフレア先輩。一応聞きますけど、ここにいるってことはこの人馬も僕を乗せて飛べるんですよね?
体重制限とかあったり?」
「うーん、人を乗せて飛んでるところは見たことないけど……多分大丈夫だと思う。
体重制限は通常の有翼馬より遥かにシビアになると思うけど……君くらいなら大丈夫。多分ね」
どことなく不安な表情で、不穏な言葉を連ねる。
絶対大丈夫じゃないやつだなこれ。
「不安ですね……」
「じゃあ試しに乗ってみるがいいヨ!」
自信ありげに人馬は言うが、その自信が更に不安にさせるのだ。
まぁやってみなければ分からないか。
僕はどうにでもなれの精神で背負われるようにして乗った。人馬の首元を両腕でがっちりホールドする。
「よシ、乗ったナ!!じゃあ飛ぶゼっ!!」
途端、鼓膜が破れそうになる程の羽音が耳介に轟いた。
瞬間、僕は反射的に目を瞑っていた。耳も同じく塞ぎたかったが、それを行うと一発即死なので我慢。
ほんと、事実は小説よりも奇なりとは、的確な表現をしたものだな。
「――ぁぁ!!――るせぇ!!」
喉が裂けるように叫んでいるはずなのに、風音で全て掻き消されてしまう。
空の旅がここまで過酷な物だったとは……。
正直予想外だ。
これは慣れるまでに時間がかかりそうだな。
「おいボーズ!!空ダ、目開けロ!!」
羽音や風圧が落ち着きを取り戻し始めた頃、人馬の声が耳を通った。
艱難辛苦を乗り越えた空の景色は如何程なものか。楽しみだ。
――言われた通りに目を開ける。
そこには、何処までも続く群青の空が目一杯に拡がっていた。まるで自分が鳥にでもなったかのように、一切の不自由を感じさせない。
今まで悩んでいた事も、全てがどうでもいいと思えるくらい、この空はとても澄んでいて美しかった。
骨のように細く長い雲もあれば、綿あめのようにフワフワとした雲もあり、千差万別で面白い。
無論、それは遠方から見た情景にすぎないのだが。
近くで見る雲とは霧と同義である。
その為、雲に触ろうとしてもその感触は存在しないのだ。
ちょっと残念。
「じゃア、走るゾ!振り落とされるなよナ!」
「おい、ちょっ、おわぁ!」
言葉を聞かず、人馬は蒼天を泳いでいく。
飛行速度はぐんぐん上昇していき、心地の良かった逆風は敵へと豹変し、僕を襲ってくる。
目もろくに開けられない。
「速い速い!!もっと速度を落とせ!!」
気持ちよさそうに天を翔ける人馬に苛立ちを覚え、やや攻撃的になる。
「何言ってんだボーズ!!これでも最低速度だゾ!!」
これが最低速度なら、最高速度では十中八九身体に風穴が開くだろう。
冗談の類だと思いたいが、この状況を鑑みれば本気なのだろうな。
「いやいや、嘘だろ!?結構キツイぞこの速度!
とにかく一旦止まってくれ!」
向かってくる敵風に耐えきれず、停止する事を促した。
「分かったヨ!!」
荒々しく停止した人馬。
あまりの急停止に振り落とされそうになるが、人馬の首を縛ってでも踏ん張る。
「あれが最低速度ってどういう事だよ。
目も開けられなかったぞ」
「ゴホッゴホッ!!
お前、もしかして力使ってねーのカ!?」
首を絞めた事による咳払いをすると、まるでそれが規範であるかのように愕然とする。
「力ってなんの?」
僕は聞き返した。
「マジかよ」と言わんばかりに人馬は驚愕している。
「お前、すげーナ。
流石のオイラでも力無しでは死ぬっていうノニ」
さっきから言ってる力ってのがよく分からないな。
僕の知ってる力はエナジーしかないけど……もしかしてそれの事か?
「だからどういう事だよ。
力が無いと死ぬ?いや、死なないけど普通」
人馬は一周回って呆れたように「はぁ」と溜息を零す。
そして――、
「まぁ、死ぬっていうのはあくまでも比喩的な奴だけどヨ。
とんでもないオーラ纏ってるわりに、使い方はなってねーのナ。おかしなボーズだゼ」
奇奇怪怪に僕を見るのだ。
こちらとしても全く同じ目線をそちらへ送り返したい――そんな思いを押し殺す。
この世界の常識は僕ではなく、向こうにある事は既に理解している。
それよりもだ。
オーラという単語が出てきた以上、人馬の言う力が天からの恩恵であるのは確実だ。
だが、何故そこでエナジーが出てくるのか、また何故人馬はオーラが見えたのか。
山積みの疑問を解きほぐし、一つの答えを導き出した。
――っそうか!そういう事か!
僕は今の今まで人の態をしていた事から、この人馬を完全な人間だと思い込んでいた。
だけど、よく考えてみれば人馬はスランダーの突然変異から成ったものにすぎず、本質は魔獣だ。
人の言葉を喋れて、且つエナジーの感知もできる。
そして更に、異世界で生まれた現地人――いや、魔獣だから現地獣か。どちらにせよ、僕よりもエナジーの扱い方に長けている事は確かだと観ていいだろう。
これはまたとないチャンスだ。
正直な話、今の僕ではエナジーを持て余しすぎていた。
単純に使う機会に恵まれず、成長が止まっていたという所が本音だが、アリバへ足を運ぶこととなった今、エナジーの成長は必要不可欠になるだろう。
だからこそ、今ここで自分よりもエナジーを理解しているものに教えてもらうのは何らおかしな事では無い。
もっとも、こいつが素直に応じるかは別としてだけど。
――よし、ここは教授してもらう側として、頼み込んでみよう。
もちろん、タダで教えてもらうわけにはいかない。
こちらとしても相応の対価を払う必要がある。
その為には、まず最初に向こうが求めている物を材料として差し出す必要がある。
「えーっと、人馬さんって確か名前を欲しがってたよね?」
再三名前が欲しいと口にしていた事から、今回は名付けが当て嵌る。
「おウ!欲しいゾ!!
スランダーみたいなかっけぇやつナ!!」
ビンゴ、次に条件の提示だ。
「分かった、名前はあげる。
その代わり僕にも相応の対価をくれないか?」
「カネとかは無理ナ!!」
「いや、金じゃない。
お前の言う力――即ち、天からの恩恵の扱い方についてを教えてほしいんだ」
「この力、エナジーギフトなんて名前があったのナ。
まッ、何でもいいけどヨ、名前が貰えるならいくらでも教えてやルっ!!」
案外物分りがよく、予想以上のスムーズさに拍子抜けする。
「にしてもお前は本当に変わってるのナ。
普通は人に教えてもらわなくてもできるのニ。
フレアのねーちゃんでもできるゾ」
この数時間、常に怪訝な表情をしている人馬。
それもそうだろう。僕にはエナジーの適性がないのだから。
無意識に扱い方をマスターしているフレア先輩やその他の異世界人に対し、僕は腕や脚のみといった決められた箇所にしか強化を施せない。
その上、仮に施せたとしても片腕や片脚のみで、蓄力も0か100の両極端なわけだから、非常に効率が悪かった。
だからこそ、これまでの僕は、100%の蓄力を放出する傾向で使用する事によりエナジー操作を行っていた。
単純に身体強化が不完全だったというのもあるが、放出する方が何倍も簡単で扱いやすく、僕の特権でもあったからだ。
だから、態々鍛える必要もないと思っていたのだ。
だがその機会がやってきたとなれば話は別だ。
現に僕は今、身体強化ができない事による弊害をもろに受けてしまったわけだし、これを機に身体強化をマスターする事にしよう。
そしてその行いが、僕の主人公への進化となるのならば、尚更ここで立ち止まっている場合ではないというわけだ。
「――普通の人はできるなら、僕は普通じゃないって事だね。
そんなことはどうでもいいからさ、早く僕にエナジーについて教えて!」
「ンー、エナジーについてはもちろん教えル。
けド……」
妙に渋るけど、何か不満でもあるのか?
もしかして名前だけじゃ足りないとかか?
だとしたら――、
「先に名前をくレ!!」
――なんだそんな事か。
先に施行するのはあまり好ましくは無いが、提案したのは僕からだし仕方ないか。
まぁ、逃げられたらその時はその時だな。
一先ずは追加条件とかが無さそうでよかった。
でも、何故だろうか。
まだ出会って間もないというのにも関わらず、この人馬を変に信用してしまっている自分がいる。
僕は自分が思っている以上に絆されやすいタイプだったのかもしれない――と、再確認する。
詐欺とかには気を付けないとね。
「分かった分かった。ちょっと待ってね」
千思万考の末、僕が命名した。
その名は――、
「お調子者だ!」
人馬――基ジョーカーは直立の状態から身体を丸めると、小刻みに震え出す。
それは見方を変えれば、怒っているようにも見えるだろう。
そう勘違いをする者達の視線を一挙に全て跳ね除けるかのように、握り拳を天に仰がせ、股を大きく開かせた。
――そうして、嬉々として叫ぶのだ。
「かっケぇェぇェ!!ありがとヨ!!お前良いやツ!!」
その台詞とその表情には、素直に僕も嬉しくなっていた。
そんな自然と溢れ出ていた笑顔が照れくさくなり、隠すように気取ってお礼を流すのだ。
「――楽勝って事だな」




