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うさぎはなび  作者: 何手人
4/8

それぞれの日々その1

わずかに肌寒さを感じる風が頬を撫でる。

大和は墓石の前で手を合わせていた。

墓石には大和の父親の名前、乙和真司おとわしんじと刻まれている。

父親が亡くなったのは小学校に上がる前のことだった。

大柄で竹を割ったような性格の父親は勤務中に心臓の病気で亡くなった。

病室で何やら難しい単語を聞かされたこと、人が死ぬということがいまいち分からず母親を困らせたこと、様々な思い出がよみがえる。

(俺、これから高校に通います)

カタっという物音で意識を戻す。

母親の乙和優香里おとわゆかりが傍で片付けを始めていた。

「母さん、挨拶終わったよ」

そういうと大和は優香里が持っていたバケツを代わりに持って歩き始める。

優香里は「ふーん」といった様子でその後をついていく。

「何を報告したの?」

「んー、高校行きますとか、まだ音楽やってるとかそんなとこ」

母親のペースに合わせて階段を下っていく。

「ほんと、大和が梅園入るとはねえ。感慨深いものだわ」

「んー。まあ」

中学の頃に散々迷惑をかけた自覚があるのか、あいまいな返事になる。

大和の可愛い反応にくすりと笑った。

「今日はこの後、千恵ちゃんと買い物だっけ?」

「おう」

「昼ご飯はどうするの?」

「作ってくれるらしいから千恵の家で食う」

隣の家に住む可愛らしい女の子の姿を思い出して再び大和を見る。

可愛い女性の家で可愛い女性がふるまった料理を食べるというのに少しの色気も感じない大和に育て方を間違えてしまったかと千恵に心の中で謝罪する。

車が一台、大和の横を通り抜けたところでぽつりとつぶやく。

「いい男になったんだけどねえ、あと少し足りないか」

「なんだよ急に」

「いや、育て方を間違えたかなと」

「ほんとになんだよ急に」

それでもいい方向に育っているのは確かだ。

それもこれも千恵が根気強く係わり続けてくれたのと、新堂卯柳という友人のおかげである。

「また今度、新堂君と姫花ちゃん連れてきてね。お礼したいから」

「タイミングあったらな」

照れたようにふいっとそっぽを向いたが、確かに恩を感じているのか否定はしなかった。

あまりからかい過ぎるとすねるのでほどほどにして、他愛のない話をしながら帰路についた。




「あーにー。いつものおじいさんきたー」

周は接客の電話を終えてお茶を飲んでいると代わりに店番をしている春に呼ばれた。

「ほいほい」と返事して別のコップに入れたお茶を持って店頭へ向かう。

「春、ありがとね。どうもです」

春と交代で店頭に顔を出すと見慣れた老年の男性がレジ前の椅子に座っていた。

「あ、はるー。お茶冷蔵庫に入れといてー」

「あーい」

春は返事もそこそこに元気よく階段を駆け上がっていった。

そんな仲睦まじいやりとりをニコニコと眺めていた老年の男性は周の持ってきたお茶を「ありがとう」と受け取り、一気に飲み干すとふうと落ち着いた。

「今日はどうされたんですか?」

「電池交換をお願いしたくての」

申し訳なさそうにいくつかの機械を袋から取り出した。

「それならお安い御用ですよ」

安心させるようににっこりと微笑みながら返事をした。

老年の男性は周の実家である電気屋の常連である。

最初は「娘の写真をタブレットで見たい」とのことで訪ねてきたのだが、あいにく周の電気屋はそういった物は取り扱っておらず、仕方なしに有名なメーカーのカタログを取り出し丁寧に対応した。

それからというもの心なしか周の店番の時によく訪れており、必要なのかもよくわからない家電をよく買っていってくれる。

ちなみに周のソシャゲ仲間でもある。

全ての機械の電池交換を終えた周はスマホを取り出して、老年の男性とゲームをしていた。

「お、新キャラだ。使い心地どんな感じです?」

「んー、単体だとまずまずじゃなあ」

「って言いつつ完凸してるし。おじいさん結構な重課金勢ですよね」

「金と時間だけ余っててのお」

言い返し辛い洒落に周は苦笑いを見せる。

「娘さんにもちゃんと使ってくださいね」

「今はこれが娘」

そう言って老年の男性はタブレットに表示されたキャラクターを指さす。

「ちょっと!?」

焦った周を見て「冗談冗談」と笑っている。

ほんとに分かってるのかなあ、と思いながらも二人はゲームを続けた。




数回の通常登校の後にオリエンテーション泊を控えたとある休日。

律輝は朝から仏頂面で参考書を眺めていた。

昨日、千恵に言われたことを思い出す。

「律輝君、明日クラスの数人でオリエンテーション泊のための買い物行くみたいなんだけど、ついてきてくれないかな。お願い!」

聞くとクラスの女子がほぼ全員と男子が数人程度参加するらしい。

凛は千恵と買い物をするために参加するとのことだが、当然ながら卯柳の名前はない。

普段から千恵や卯柳には迷惑をかけているので仕方なしに参加を表明したのだが、いつまでたっても乗り気にならない。

考えていても仕方がないと居間へ向かうと父親の天羽由人あもうよしとが朝食の準備をしていた。

1年ほど前に勤務医から開業医に変わったことで時間にも余裕ができてきたのか、よく顔を合わせるようになった。

「おはよ」

「おはよう」

聞き慣れたそっ気のない挨拶が返ってくる。

「今日の晩御飯は?」

「うさぎのとこで食べてくる」

「そうか」

昔は仲が悪かったが、今となってはこのそっ気ない返事も、気にしていないようで心配している性格もすべて把握している。

律輝にとってはむしろこの空気が心地よかった。

父親の代わりに2つのコップに牛乳を注ぎ、向かい側に座る。

由人は黙々と食事を済ませ、先に席を立つ。

少し縒れたスーツを着こなして居間の扉の前に立つと重たそうに振り返った。

「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

父親なりの不器用なコミュニケーションの取り方に少し口角が上がる。

なんとなくやる気が出た律輝は朝食を一気に片した。

最低限の家事を終えると、いい加減待ち合わせの時間だ。

白のTシャツに黒のジーンズというシンプルな恰好だが、身長や体型もあってかやけに映える。

卯柳に影響を受けてトレーニングを始めたが、目に見えた効果が出るのは思いのほか楽しかった。

腕相撲では卯柳と大和にはまだかなわないが、年内に大和あたりは倒す予定である。

上機嫌で家を出て、待ち合わせの場所に向かう。

途中で凛の姿を見つける。

凛はフリルのついた白のブラウスとベージュのロングスカートを着ており、上品さがにじみ出ていた。

「よっ」

「おはようございます、律輝君」

機嫌悪く対応されると思っていた律輝は目を丸くした。

「今日は上機嫌?」

「普通です。そんなこと聞く方が機嫌悪くなると思いません?」

「それはそうだな」

さらりと釘を刺された律輝は反省して口をつぐむ。

「めんどくさがりの律輝君がこういった場に出てきたということは私たちの被害を少なくするためでしょうし。私も来週の準備がまだでしたから」

「そりゃまあ、何にもせずにうさぎたちが問い詰められるのを黙って見てるわけにもいかないからな」

「中学の時よりはちゃんと対応してくれてるみたいで助かります」

「さすがに悪かったと思ってるよ。彼女疑惑の時、都合よく逃げたのは」

「ほんとです。次したらうさぎ君にさらに叱ってもらいますからね」

「ご勘弁を」

しっかりと反省した様子を見せる律輝を見てくすくすと笑う。

「二人とも、おはよ」

振り返ると千恵の姿があった。

何やら英語の文字が書かれたTシャツにスカイグレイのパンツとジャケットを羽織っている。

雰囲気はスタイリッシュなのだが、胸元の分かりやすく歪んだ英字が別の意味での大人っぽさを演出していた。

「おはよう、千恵」

「おはようさん」

「律輝君、ありがとうね今日は」

「んー、いいよいいよ。よくないけど」

気を使いきれていない正直な態度に千恵は苦笑いした。

「今日は俺のことは犠牲にして二人は楽しんでくれ、、、」

律樹はそう言いながら大げさにおどけて見せた。

「ちょっと、そんなこと言われると心置きなく楽しめないじゃない」

言われなければ思いっきり犠牲にする気満々だったことにさすがと思った。

そんなこんなで三人で仲良く待ち合わせ場所に到着するとすでに来ていた男どもに突っかかられる。

「両手に花でにやにやしてんじゃねえ」

「朝から見せつけてくれるな」

「羨ましいだろ」

そう言って凛と千恵を披露しようとしたらすでに女子の群れと合流していた。

「どんまい」

「天羽って面白い奴だな」

「そうそう、イケメンを割と無駄遣いするタイプだぜ」

「おい、俺の変な噂流してないだろうな」

何人か中学のころから交流のあった友人も数名混ざっており、やれやれといった様子を見せる。

「あー、中学の頃に澤良木さんと噂になって否定しなかったやつ?」

「え、なにそれ」

「いや、それはまじでやめてくれ。2回目はないって言われてるから」

「それで澤良木さん天羽のことあんなに嫌がってたのか」

「怖い人かと思ってたけどそれなら納得だな」

怖くはあるんだけどな、とは思いつつ口にはしなかった。

「皆そろったから出発しよー」

女子グループから声が上がると律輝は一気に取り囲まれる形になった。

これから待ち受けているであろう様々なイベントを想像すると憂鬱になる。

気持ちが徐々に落ちていく中、律輝は買い物に向かった。




周と大和は食材の買い出しに来ていた。

「軽音楽部どんな感じ?期待の新人って噂になってたよ」

「割と楽しめてるな。周も入るか?」

あっけからんと言い放つ大和に周はジト目を向けた。

「リズム感ないの知ってるでしょ」

大和は皆でゲームセンターに行ったことを思い出して笑った。

「周と律輝って割となんでもできるタイプだから意外だったわ」

「なんかこう一回崩れちゃうとダメなんだよね」

「焦りすぎなんだよ。そういえば噂って言えば夏純のアレ噂になってなくてよかったな」

「ああ、アレね。ほんと旦那のいないところで暴走するのは勘弁してほしいよ」

二人の言うアレとは夏純の自己紹介の時だった。

一日遅れで入学してきた夏純は教室中の視線と興味を集めた。

「おはようございます。私の名前はしんど、、、」

「「あー!!!」」

とんでもない自己紹介を堂々としようとした夏純を二人は大声で制止する。

「百目鬼、百目鬼夏純さんだよね」

「そう、そうだよな。百目鬼、百目鬼夏純だよな」

自己紹介を邪魔されてふくれっ面の夏純は悪びれる様子もなく続けた。

「なによ、二人とも私のことは知ってるでしょ」

急に叫びだした二人に対して先生が簡単な注意をすると「すみません」と言いながら席に着く。

「ほんと、大和はいいけど僕も変な奴扱いだよ」

「俺も変な奴じゃないけどな」

「初日からギターケース担いでくる奴が変な奴じゃないわけなくない?」

核心を突かれた返答に大和は口をつぐんだ。

「まあうさぎと夏純の周りにいたら退屈はしなさそうだよね」

「楽しみだな」

「そうだねえ。ほんと楽しみだ」

二人は中学時代を思い出して感慨にふけていた。




「寝坊したっ!!!」

夏純は飛び起きて階段を駆け下りる。

どたどたと二階で騒がしく聞こえる音に卯柳は微笑みながら姫花の頭をぽんと触り「夏純さんの事よろしくね」と言う。

年齢的に任される方が逆なのは言うまでもないが、この状況としては適切な言葉だ。

昨晩、卯柳が仕事に出かけると聞いてから今日は正妻として元気よく送り出すべく計画していたのだが、見事に寝坊した夏純は身なりを整える間もなく玄関へ駆け込んだ。

「いって、、、らっしゃい、、、」

膝に手をつきながらとぎれとぎれにそう伝えると卯柳は乱れた夏純の髪を整えるように撫でた。

恐る恐る顔を上げるとそこには卯柳の優しそうな笑みが待っており、逆に元気をもらってしまう。

「おはよう、ですよ。行ってきますね」

そう言って卯柳は元気よく仕事先へと向かった。

夏純はその卯柳が出て行った扉を名残惜しく眺めていた。

すると、姫花が夏純の手を取る。

「夏純姉ちゃん、朝ごはん食べよ」

「そうね。姫花はもう食べた?」

「ううん、これから」

テーブルにはすでに朝食が並べられており、姫花と夏純は横並びで席に着いた。

「姫花は新学期どう?友達できた?」

「もう友達百人はできたはず!、、、名前は覚えてないけど」

それは果たして友達と呼ぶのだろうか、と思ったが春と姫花のことだから皆巻き込んで遊んでいるのだろうなとも思った。

「そういえばね、来月遠足あるんだ」

「あら、じゃあ私とうさぎでお弁当作るわ」

「ほんと!?楽しみだなあ」

朝ごはんを食べながら、いつの日かの弁当のことを考えて幸せになる。

食いしん坊な姫花に夏純も思わずくすっと笑ってしまう。

「私が言えたものじゃないけど勉強の方は?」

「うーん、どうなのかな。律輝兄ちゃんいわく順調らしい?」

卯柳達が通う梅園高等学校は附属の中学校があり、姫花はそこを受験する予定である。

講師には内部進学組の律輝や凛や千恵が控えており、勉強もつつがなく進めているものの本人としても初めての受験のため自信はないようだ。

「してほしいことがあったら何でも言ってね」

卯柳も夏純もお世辞でも勉強ができるとは言えない。

二人とも丸暗記タイプで、他人に教えることなどは絶望的に下手だ。

「夏純姉ちゃんはもっとお兄ちゃんといちゃいちゃして!」

予期せぬお願いに夏純は目を丸めた。

「美男美女がいちゃいちゃしてるのはなんか目が癒される」

興奮気味に言う姫花の目は輝きに満ちており、恋する乙女の道を順調に歩んでいるのだと思わせる。

しかし、それとは別に姫花が男を連れてきたとなったら卯柳の気がどうにかなってしまうのではないかという不安もあった。

卯柳は可愛い妹のこととなるとなりふり構わない。

昔、姫花を危険なことに巻き込んだ大和が一度、本気で殴られて一週間ほど腫れがひかなかったと聞いたことがある。

普段怒ることなどめったにない卯柳の姿からは想像もつかなかった。

おあいこなんてもんじゃない、と震える大和の姿がおかしくて笑った記憶がある。

「頑張るわ」

妹の公認ももらえたことだし、今日は帰ってきたらどんなことを言って迫ろうかと心を躍らせた。

明日はこんなことを言って困らせて、次の日はあんなことをしてもらって、次の日はどんなことをしてあげよう。

この兄妹といるだけで幸せが尽きることはないな、と考えながら今日の計画を練り直した。


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