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うさぎはなび  作者: 何手人
3/8

デートと家族

今日も卯柳がすやすやと眠る部屋に簡素な目覚ましの音が鳴り響く。

昨日は来客が多かっただけに今日は朝からグズるだろうな、なんて考えながら朝の準備を進める。

しばらくすると姫花がリビングに顔をのぞかせる。

「お兄ちゃん、おはようううう」

「、、、おはよう」

昨日より少し元気のなさそうな二人の挨拶が漏れるように聞こえてきた。

「姫花、夏純さん、おはようございます」

二人はのそのそとダイニングの椅子に座る。

「あ、メロンパン!」

こういう事もあろうかと、昨日のうちに準備していたメロンパンと余り物のフルーツで作ったヨーグルトを見て姫花は目を輝かせた。

夏純は相も変わらず眠そうでどうやら焦点も合っていない。

「姫花は新学期はどう?楽しい?」

「うん!目指せ友達百人作戦は順調」

「友達百人か、、、」

明るく元気な春と、優しくて可愛い姫花がいれば無敵だろうな、なんて考えながら自分も頑張ろうと思い直した。

叶えられるかも分からない決意を固めた朝の一幕。

「いいですか、学校では注意してくださいよ」

「もう分かったってば、聞いた聞いた。聞きましたよ」

聞いているのかよく分からない返事に、駄々をこねる子供が一人増えたな、なんて思う。

姫花は上空で繰り広げられるやりとりをニコニコと聞いている。

そんな若くして子をこさえた新婚カップルに千恵と大和と東兄妹が合流した。

寂しがりの姫花は千恵を見つけると少し抱きついて元気よく春と学校へ向かった。

入れ違いで女性の視線と共に律輝が追いついてきた。

「皆、おはよ」

さわやかな笑顔に周と大和は挨拶もそこそこに目を細めた。

「おはようございます、律輝君」

「今日は遅めか」

「そ、今日から皆と一緒」

「朝からしっかり人気者だね」

千恵はどことなしに周りの雰囲気を見ながら言った。

「俺もだけど、どっちかって言うと、、、」

律輝は後ろで卯柳の小言を聞く夏純を見た。

「まさか、あのドラマでよく見る女優が同じ制服を着るなんて思わないよね」

卯柳に注意されている夏純を見て一同はしみじみと思った。

「あ、そういえば昨日律のこと撮ってた映像あるじゃん?あれ、くれませんかってクラスの女子に言われた」

「もう目つけられたの?」

「どんまい」

「これから大和にも来るんだから気をつけなよ」

一番不安なのは卯柳だけど、と全員が思った。

ぼさぼさな髪形と似合っていない眼鏡で顔を隠しているものの、夏純と張り合うほどの卯柳も知名度を持っているのだ。

ただ二人が違うのは、正体を隠す気があるかないかだけである。

「てか、周はその女子たちになんて返事したの」

「、、、百円で売った」

律輝は間髪入れずに周の頭をぐりぐりと押した。

「冗談冗談。冗談だって。もう面倒だから本人に聞いてきてって言っといたよ」

「それでよし」

パッと手を離すと周はひいひいと痛そうに頭を抱える。

仲がいいのか悪いのかよく分からない卯柳と夏純を連れて一同は学校へ到着した。

「僕は夏純さんを職員室に送ってきますので、皆さんは先に行っててください」

卯柳は夏純を連れて三人とは別の方向に歩き出した。

「私たち皆の注目の的ね」

「夏純さんが、ですよ」

「ほんと、こんな変な髪形と眼鏡なんてしなきゃいいのに」

「夏純さんはもう少し姿を隠すことをしてください」

「そうね。土曜日のデートが台無しになるのは嫌だもの」

「デートではないんですけどね」

妙に息のあった掛け合いに見送っている三人は苦笑いをするしかなかった。

昨日まで王子様騒ぎだった教室は夏純と律輝の話題で二極化されていた。

しなしながら、律輝の存在はクラスでも健在で現在進行形でクラスメイト、主に女子たちに取り囲まれていた。

「天羽君!なんで昨日カラオケ来てくれなかったの?」

「そうだよ、みんな待ってたのに」

どうやら、入学式の終わりに遊びに行った人が多く、それに参加していなかった卯柳たちは少し浮いていた。

朝のチャイムが鳴ると、律輝の周りの女子たちは散り散りになっていった。

「金曜日もあるから今度は参加してね」

返事も聞かないまま席に戻る女子生徒を見て律輝は苦笑いのような笑みを浮かべるしかなかった。

「はーい、今日はとりあえず委員会とか決めてもらうから。言っちゃなんだけど委員会とか内申点に関わってくるから、テストで点数とる自信ない奴は入っといたほうがいいぞ」

おそらく言ってはいけないことを言っているんだろうなとクラスの全員が思った。

「とりあえずクラス委員長。男女一名。はい挙手」

あまりにも唐突な物言いに誰の手も上がらなかった。

「あー、んー、まあそうだよな。その場合はじゃんけんなるから」

永太がダルそうにそう告げると、辺りの様子を見た凛が手を挙げた。

「お、澤良木。他はいないかー?じゃあ決定ね。後の決めるのはよろしく」

言うが早いか永太は教壇を譲るようにして席に着いた。

察した凜は教壇に立つ。

律輝ほどではないが、凛もそれなりに目立つ容姿をしているため、男子からのまなざしは熱い。

「改めましてクラス委員の澤良木凛です。よろしくお願いいたします。ではまず男子の委員長を決めたいと思うのですが、どなたかいらっしゃいますか」

しかし、委員長には誰も立候補したがらないらしく、様子を見た後で律輝が手を挙げた。

少し教室がざわつく。

「では、天羽さんお願いします」

言われて律輝も教壇へ立った。

えらく他人行儀なやり取りに卯柳と千恵は笑った。

「先生。私もクラス委員長やりたいんだけど、、、」

「私も」

律輝が立候補したことにより、何人かの女子が声をあげた。

「えー、クラス委員長は二人も三人もいらないので、却下」

先生の明らかに面倒くさそうな言い方に教室がしらける。

「あの、改めてクラス委員長の天羽律輝です。よろしく」

凜は少し機嫌が悪そうに進行を譲った。

その後は、無難に進行していき、卯柳は図書委員になった。

昼休みを告げるチャイムが鳴る。

「天羽君、一緒にご飯食べよ」

「友達と食べるから、ごめん」

「えーいいじゃん。食べようよー」

卯柳たちは「長くなりそう」と言いたそうな律輝の視線を感じ、先に教室を出た。

しばらく歩いていると後ろから「ごめんごめん」と言いながら卯柳たちと合流する。

「お疲れ様です」

そのまま一同は食堂へ向かった。

食堂はそこそこの混み具合を見せており、一同はすでに周と大和が席をとっていた中央付近の席に着いた。

「そういえばさ、皆何か委員会するの?」

「俺はクラス委員になった」

「私のお陰ですけどね」

二人の間でピリピリとした空気が流れている理由を千恵が説明する。

「りんりん、それでなんとなく機嫌悪そうだったんだ」

「ん、そうか?いつもとそんな変わらなくね?」

「これだからあんたは、、、」

千恵の呆れた表情に卯柳も苦労するなと思った。

「私も図書委員になったわ」

遅れてたくさんの生徒の視線と共に夏純が加わった。

「も?」

「あれ、夏純ってさっきクラス委員じゃなかった、、、どわっ」

大和が言い終わる前に、夏純は端に座る卯柳を押して大和を押し出した。

余計な事しか言わない大和に千恵は仕方なく席を詰めた。

「あんたはもうこっち座ってなさい」

千恵が気まずそうにしていることと、夏純が遅れてきたことから卯柳はなんとなく察した。

夏純は気にすることもなく卯柳の隣に座り、ニコニコとした笑顔でカバンから弁当を取り出す。

「うさぎの手作り?」

「そ、愛妻弁当よ」

まるで宝石箱を見るような夏純の様子に誰も否定できずにいた。

「夫が作っても愛妻弁当って言うのかな」

「確かに、愛妻のさいは妻だもんな」

「愛妻といえばさ、夏純の自己紹介すごかったよな。また新堂夏純って言っててさ、、、」

またも余計なことを言う大和の足を夏純はすごい勢いで蹴りつけた。

あまりの発言に卯柳もむせる。

「痛って!!!さっきから何なんだよもう!!!」

「あんたはもう、、、一旦黙ってなさい」

痛がる大和に呆れる一同だった。

それから卯柳たちは注目されるが、なんとか波乱のない学校生活を送った。

委員会の件は改めて千恵から謝罪があり、夏純に卯柳が何委員になったのか教えていたことが発覚した。

夏純は最初、クラス委員長に立候補していたが、図書委員の女子にクラス委員長になると天羽に会えると言い無理やり変わってもらっていた。

また、夏純が自己紹介した際に名乗った「新堂夏純」騒ぎは、口頭だけの発言だったようで、学校内の「しんどう」ではなく芸能界の「しんどう」ではないかと様々な憶測を呼んだ。

そうして迎えた四月十日土曜日。

夏純の待ちに待ったデートの日である。

完璧なプロポーションを隠すように藍色のバギーパンツと大きめの白のTシャツ。

綺麗な金髪は帽子に収めるためにお団子状にまとめ上げており、卯柳から渡された少し大きめのだて眼鏡をつける。

姿鏡で容姿を確認し、良しと少し気合を入れて玄関で待つ卯柳と姫花のもとへ急いだ。

「夏純さん、似合ってますよ」

髪が隠れることに少し不満を持っていたが、その卯柳の一言で不満は一気に消し飛んだ。

「うん。ありがと、、、」

照れた夏純は姫花の差し出した手を笑顔で取る。

さながら仲の睦まじい新婚夫婦のような様子で三人は町へと向かった。

「ベッドと椅子は考えているのですが、他に何か必要なものありますか?」

「椅子?」

「ダイニングの椅子です。皆さんが来るようになってから買おうとは思っていたんですけど、椅子のために送料かかると思ったら少し高いので後回しにしてたんですよね」

なんだかベッドを買うよりも歓迎された気がして、夏純は嬉しくなった。

「あ、本棚も欲しいかな。ベッドはダブルベッドでいいわ」

「なにもよくないです」

よからぬことを考えているであろう夏純にすぐさま割って入る卯柳。

姫花はそのやり取りをニコニコと笑ってみている。

「姫花、お昼は何食べたい?」

「ラーメン食べたい!」

「ラーメンいいわね。久しく外で食べてないから楽しみ」

「じゃあラーメンにしましょうか。その前に日用品の買い出しもしたいのですがお付き合いお願いできますか?」

「ええ、どこまでも」

なんともくすぐられるような言い回しに卯柳は笑ってしまった。

家具を購入した三人はそれから一人増えた分の食材を買いラーメンを食べた。

「いっぱい食べましたね」

二回も替え玉をした夏純と一回替え玉をした姫花を見て言う。

「美味しかったわ。ね、姫花」

「うん!」

二人の満足そうなやり取りに卯柳も笑顔になる。

「この後はどうしましょうか」

「この後?」

「いつもは姫花と少し遊んでから帰ってるので、今日もそれがいいかなと。それにまだお買い物も全部は終わってないので、、、」

「私も遊ぶわ!」

もう終わりと思っていたデートがまだ続くことに夏純は純粋に喜んだ。

「何したいですか?」

二人と過ごせるだけで幸せを感じていた夏純は特にすることは考えていなかった。

「うーん」と悩む夏純の横で姫花は何か言いたそうにもじもじとしていた。

「夏純姉ちゃん、姫花行きたいところあるの、、、」

そう言って姫花が夏純の手を引いて向かったのはゲームセンターだった。

「最近の姫花の流行りなんです。ゲームセンターで遊ぶの」

卯柳は姫花と夏純に千円を渡した。

「ありがと!」

「えっ、、、ありがと」

姫花は夏純を両替機の前まで案内する。

「夏純姉ちゃん、こっちこっち!」

今まで自分で稼いできた夏純にとって千円はあまり大きい額とは言えないが、お小遣いを貰うことのなかったのでとても嬉しい気持ちになった。

「これはどうやるの?」

二人は千円分のコインをもって様々なゲームをした。

夏純はどうやらはじめてなようで、あまり上手いとも言えない姫花に教えられながら楽しんでいる。

二人とも普段は見せることのないような特別な笑顔に卯柳も幸せな気持ちになる。

やがて三人はコインゲームを終え、クレーンゲームの一角に足を運んだ。

姫花と夏純はそれぞれターゲットを決め、お互いにアドバイスしながらなんとか欲しいものを取る。

喜んでいる二人の後ろから、少し大きめの白色と黒色の兎のぬいぐるみを両腕に抱えた卯柳が現れた。

「お二人にプレゼントです」

姫花はいつものように嬉しそうに受け取った。

「あまり好みじゃなかったですか?」

「ううん、兎のくせにでかいなって思っただけ。ありがとう」

「それ悪口じゃないですか?」

夏純の素直じゃない言い回しに卯柳はつい笑ってしまう。

しかし、嬉しそうに受け取る姿を見てすぐに安心する。

夏純はもらった兎のぬいぐるみを姫花と見せ合い、もう次に来るときの話をしていた。

「楽しかったですか?」

「うん!」

我を忘れて楽しんでいたのか、夏純の帽子がふわりと浮き上がる。

卯柳は優しくかぶせなおし、頭をぽんぽんと撫でるように触った。

突然のスキンシップにドキッとして帽子を深くかぶり、兎のぬいぐるみで顔を隠す。

「あ、、、ありがと」

「お二人とも楽しめてよかったです」

「うん!また三人で来ようね!」

卯柳のみせる純粋な笑顔を見れずにいた。

三人はゲームセンターを後にして、卯柳の言っていた残りの買い物をするため町の電気屋へと向かう。

「はいはーい。いらっしゃい」

そう言いつつ出迎える様子もみせず、テレビを見ているのは周である。

「あ」

画面には夏純が出演している朝ドラが映し出されていた。

「え?」

「姫ちゃん!」

春の声に周はびくっと体を飛び上がらせ、慌ててテレビを消す。

「ご覧いただきありがとうございます」

夏純はにやりと意地悪そうに笑った。

ここは周の実家の東電気屋である。

周は父が外へ仕事へ出ている際は店番を任されており、よく兄妹でテレビを見ていたりゲームをしている姿が目撃されている。

「周さん、また怒られますよ」

「大丈夫大丈夫。お父さん今外だから」

「何が大丈夫だって?」

奥から周の父親の東宗一あずまそういちが姿を見せた。

周と似た可愛いに近い顔立ちと、あまり似合っているとは言えない体格の良さは少しアンバランスさを感じる。

「げっ、いつの間に」

「お久しぶりです」

「こんにちは!」

「うさぎくんいらっしゃい。姫花ちゃんもね。それと、、、」

宗一はよくテレビで見かける姿が目に入り、言いかけて止まった。

「初めまして百目鬼夏純と申します。よろしくお願いします」

「百目鬼夏純ってあの?」

卯柳で慣れていたとはいえ、改めての有名人の来訪に驚き交じりの声をあげる。

「そうですよ。今も周がテレビで見ていたあの百目鬼夏純です」

「、、、って周、お前やっぱり」

「お先~」

宗一からお叱りがくると察した周は急いで奥の部屋へと逃げていった。

「急いでないならあがっていきな」といつものように優しく語りかける。

「あ、全然お気になさらないでください。今日は加湿器とドライヤーを買いに来ただけですので」

「いいんだいいんだ。いつも周と春が世話になってるからな。商品まとめとくからあがっていきな」

優しい笑顔を見せる宗一のお節介に卯柳は大人しく甘えることにした。

春はいつものように姫花と部屋に行ったようで、リビングには周の姿しかなかった。

「今日はデート?」

「そうなの」

「買い出しです」

息の合ったやり取りに笑いながら二人にお茶の入ったコップを手渡す。

「お仕事お疲れ様です」

「周の家って電気屋さんだったのね」

「そうそう、今後ともごひいきに」

「で、ドラマどうだった?」

夏純は帽子を取りながら言った。

「なんか知り合いが出てるって思って見るとニヤニヤが余計に止まんなくてやばかった」

「今度からはちゃんと朝からみることね」

「起きれないです」

周と大和には期待していないのか、それ以上詰めることはなかった。

「買い出しって、月末にあるオリエンテーション泊のやつ?」

卯柳たち一年生はオリエンテーション泊いう一泊二日の行事が再来週の木曜日と金曜日に迫っていた。

「そうね。私はその分も買ったわ」

「僕は行きませんよ?」

「「えっ?」」

夏純も知らなかった新事実に驚きを隠せない。

「姫花を一人でおいていくわけにもいきませんから。夏純さんは行ってきても大丈夫ですからね」

「それなら私も休むわ」

「いやいやいやいや、そんなに簡単に休んでもいいものなのかな、、、」

しばらく考えた後、周は何か思いついたのか急に立ち上がった。

「それならさ、姫ちゃんがうちに泊まれば?」

「それ名案ね!」

姫花も立ち上がり周の提案に大きく賛成する。

「そんな迷惑はかけれないですよ」

「えっ、姫ちゃんうち泊まるの!?」

いつの間にか部屋から出てきていた春と姫花が後ろに立っていた。

「違う違う。違うこともないけど、、、。俺ら学校で宿泊行事あるんだけど、その時だけ姫花ちゃん預かるのはどうかなって」

「いいじゃん!おいでよ姫ちゃん」

姫花にとっては友達の家にはじめてのお泊りという言葉にときめきを隠せないでいた。

「お兄ちゃん、、、いい、、、?」

姫花の可愛らしいお願いに卯柳は決意を固めた。

「周さんのお父さんにお願いしてみましょうか」

「やったー!」

周は父なら確実に快諾するだろうなと思いながら、皆の様子を眺めていた。

「それじゃあ、父さんの仕事が終わるまでゲームしますか」

それから五人は周の部屋に集まって、いつものようにゲームを楽しんだ。

卯柳たちはノックの音で時間が経過していたことに気が付いた。

時刻は午後の5時を回っている。

「周、新堂さん来てるの?」

「あ、母さんだ。、、、来てるよ、扉開けるね」

扉を開けた先には変な仮面をつけた周の母親とおぼしき人物が立っていた。

女性の名前は東実佳あずまみか

「周さんのお母さん、お久しぶりです」

「新堂くん久しぶりね。そちらの方はもしかして、、、?」

「は、初めまして、百目鬼夏純です。よろしくお願いします」

友だちの母親の奇行に戸惑った夏純は困惑のまま挨拶を続けた。

「あら、あらあらあらあらあら」

「母さん、恥ずかしいからいい加減それ取ってよ。夏純もビビってるし」

「ダメよ。私が恥ずかしいもの」

いまだに戸惑いを隠せない夏純に周は母の奇行の説明を始める。

「母さん、ドラマ大好きで俳優とか女優とか大好きなんだよね。で、うさぎのファンだから会うときは顔隠すの」

「ファンたるもの自己主張をしない」

「らしい」

「新堂くん。晩御飯食べていく?」

「いえ、姫花も寝ちゃいましたので、このまま帰ろうと思います」

元気に遊んでいた春と姫花は周のベッドで力尽きていた。

「あらそう、じゃあ宗一に送って行ってもらいなさい」

「そこまでお世話になるわけには、、、」

「大丈夫よ。うちの子たちもいつもお世話になってるし、お互い様よ」

「ではお言葉に甘えて、、、。夏純さん荷物持ってくれますか」

そう言って卯柳は優しく姫花を抱きかかえた。

「あら王子様」

その言葉に夏純は少しむっとした。

その様子を見逃さなかった実佳は夏純に向き直る。

「年頃の女の子は大変ね。頑張って」

どうにもつかみどころのない美佳に見送られて四人は周の部屋を後にする。

外には車を整理している宗一がいた。

「おう、荷物積んでおいたからな、乗ってきな。周も行くか?」

「いくいく~」

周はしれっと助手席に乗り込んだ。

卯柳と夏純もそれに続いて後部席に乗り込む。

「夫婦?」

「、、、将来的には」

夏純はにかっと笑った。

「誰彼構わず冗談を言うのはやめてください」

卯柳の困った顔に「熱いねえ」と言いながら宗一は笑った。

そこからは姫花のお泊りの約束やら、宿泊オリエンテーションの話やらをしていると、いつも間にか新堂宅前に到着していた。

「ありがとうございます。お泊りでご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いします」

「うちはいつでも大丈夫だよ。こないだ周もお世話になったから」

「周さんもまた明日お願いしますね」

「了解。また明日ねー」

挨拶を終えると、姫花を背負った卯柳と荷物を持った夏純が仲良く家に入っていく様を東親子は眺めていた。

「あれで二人は付き合ってないのか?」

「そうだよ。新婚夫婦って言われても遜色ないのにねえ」

新堂家に明かりが灯った。

「変わった関係もあるもんだな」

周も同意する他なかった。

「お兄ちゃん、夏純姉ちゃん、おやすみ」

「おやすみ、姫花」

「おやすみ。上まで行けそう?」

「うんー」

姫花は遊び疲れたのか、お風呂とご飯を終えてすぐにベッドへ向かった。

部屋には明日の来客に備えてご飯の仕込みをする卯柳とそれを眺める夏純がいた。

「ココア入れましょうか」

「お願いするわ」

卯柳は湯気の立ち昇るマグカップを手渡す。

「うさぎ、私今とても幸せよ」

受け取った夏純はしみじみとつぶやく。

「それはとても嬉しいです」

立ち昇る湯気の向こうで料理をする卯柳を優しく見つめる。

「うさぎは?幸せ?」

「そうですね。どっちかというと一安心って気持ちのほうが大きいかもしれませんけど」

「懐かしい雰囲気の間取りよね。寄せたの?」

「はい。姫花もそのほうが安心するかなって」

「私も好きよ、この家もうさぎも」

「よかったです」

夏純はマグカップのふちをなぞる。

手際よく進める家事の音を夏純は目を閉じて心地よく聞いていた。

ココアが冷め始めたころ、夏純はふと口を開く。

「三人で幸せな家庭を築いていきましょう」

この状況では複数の意味にとれる言い回しに卯柳は否定はしなかった。

「そうですね。お二人がもっと安心できるように頑張ります」

少しずれた返答に夏純は残ったココアを飲み干す。

「今はそれでも許してあげる」

卯柳は差し出されたマグカップを掴んだが、夏純は手を離さなかった。

「昔みたいに、髪、、、梳いてくれたらね」

夏純の懐かしいお願いに卯柳は笑顔で応える。

「いいですよ。櫛は、、、」

洗面所に向かおうとする卯柳の手を掴んで止めた。

「、、、手櫛がいいの」

「そうですか?でも料理中ですよ?」

「うさぎの手好きだから」

「じゃあ、失礼しますね」

卯柳は優しく夏純の髪に触れる。

頭を撫でるようにさらさらと梳いた。

卯柳のあまりの慎重さに夏純は「ふふっ」と笑った。

「手、大きくなったね」

「夏純さんは昔から変わらず素敵ですね」

心地よい沈黙が流れる。

「うさぎが褒めてくれるから、この髪も名前も全てが好きに溢れて生きていけるの」

卯柳は黙々と夏純の髪を梳く。

「ありがとう。本当の私を見つけてくれて」

「こちらこそですよ。ありがとうございます」

甘いやり取りに耐えかねた夏純は卯柳の胸に軽く頭突きをする。

「今日はもう寝るわ」

「おやすみなさい、夏純さん」

「おやすみ、うさぎ。ありがとね」

夏純はうつむいたまま部屋をあとにした。

夏純が部屋を出ると卯柳は少し悲しそうな顔をして明日の準備にとりかかった。

翌日、姫花と夏純は新堂家のチャイムの音で目を覚ました。

ガタガタと荷物を運び入れる音に寄せられて二人は玄関に顔を出す。

「姫花、夏純さん、おはようございます」

「お兄ちゃん、おはよ」

「、、、おはよ、うさぎ」

卯柳はまだ眠そうな二人の横を椅子が入った段ボールを抱えてリビングへと向かう。

二人もとぼとぼとそれについていく。

卯柳は早速段ボールを開けて椅子をダイニングテーブルに並べる。

「みんなで朝ごはんにしましょうか」

卯柳がテーブルに食事を並べている間に姫花はパンにジャムを塗る。

夏純はいまだに意識がはっきりしていないようで、ぼーっとしている。

「夏純さん。起きてください、朝ごはんの時間ですよ」

「、、、はーい」

適当な返事に不安を感じながらも一同は食卓に着く。

「いただきます」

並んで朝ごはんを食べる姫花と夏純を見て卯柳はとても満足そうに微笑んだ。

「今日はみんなで大掃除するんで二人も頑張ってくださいね」

「うん!」

「、、、はーい」

本当に聞いているのか怪しくなる返事に卯柳は苦笑いした。

新堂家に一番に顔を出したのは律輝だった。

「おじゃまします」

「律輝兄ちゃん、おはよ!」

姫花の出迎えにさわやかな笑顔を見せる。

「新婚の二人は?」

「お兄ちゃんと夏純姉ちゃんは掃除道具準備してる」

「ちゃんと新婚生活してるね」

姫花と律輝は「んふふー」と変な笑いを見せた。

「あら、私が二番目でしたか」

律輝の後ろから凛も顔を出す。

「凛ちゃん、おはよう!」

「おはよう、姫花。、、、それと、律樹君」

「おはよう、凛」

少し穏やかではない二人の空気を裂くように春の大きな声が聞こえてくる。

「姫ちゃあああああん。おはよーう」

朝から考えられないほどの元気な挨拶に一同はビクッと驚いた。

遠くから元気よく駆けてくる春と、倒れかけながらなんとかついてくる周の姿が見えた。

「ちょちょ、朝から吐くって、春」

周は何とか新堂家の前までたどり着いたが、その場に倒れこんだ。

「、、、ギブ」

「あんたたち本当にだらしないわね」

そう言っていつの間にか合流していた千恵は倒れこんでいる周の横に寝ぼけている大和を並べた。

「、、、あと五分」

そんな騒がしい玄関に卯柳と夏純も顔を出す。

「みなさん、おはようございます」

珍しく髪を上げて顔をさらしている卯柳に一同は二度見した。

「本気版だ。久しぶりの本気うさぎだ」

その後ろから夏純もひょっこりと顔を出す。

かつては世間を虜にした天才子役たちのエプロン姿に一同は感嘆のため息をついた。

「今から朝ドラの撮影でもあるみたいね」

「さすがにやばいなこの組み合わせは」

「新婚生活順調そうで何より」

「そうね。昨日の夜なんてもうすごかったんだから」

行き過ぎた冗談に卯柳は夏純の頭をポンと叩く。

「冗談はほどほどにして掃除始めますよ。皆さんもお手伝いお願いしますね」

何だかんだ二人の息の合ったやり取りに一同は笑いながら新堂家へと足を踏み入れた。

新堂家の二階には三つの部屋があり、うち二つは荷物置き場と化していた。

一同は二部屋の荷物を一部屋にまとめるため、一度荷物の搬出を行っていた。

「うさぎの家って意外と物多いよね」

「そうなんですよね。思い出って思ったらなかなか捨てられなくて、、、」

「わかる。手に取るとこんなことあったなとか思い出して置いといちゃうのよね」

「姫花が大きくなるまでは許す限り残しておこうと思ってます。迷惑かけてすみません」

「気にすることありません。うさぎ君にも姫ちゃんにも日頃お世話になっていますから」

二階に戻ると階段を登りった先で夏純が悩んでいた。

「どちらを私の部屋にしようかしら」

すると登ってすぐの部屋で荷物を整理していた姫花が顔を出した。

「夏純姉ちゃんはこっち」

「向こうはダメなの?」

夏純は奥の突き当りを指さす。

「ダメ。向こうはダメなの」

「どうしても?うさぎの寝ていたところで寝たかったのに、、、」

「ん?うさぎの部屋って下じゃなかったか?」

大和の質問に姫花は少し気まずそうな顔をする。

「昔の家の話でしょ」

「あー、そっか。夏純と律輝はうさぎと小学生の時から知り合いだったか」

「恋人よ」

「小学校の時のうさぎってどんなのだったの?」

わずかの間の後律輝は気を利かせて口を開く。

「小学生の時から優しさの塊みたいなやつだったよ。アルバムも探せば出てくるんじゃない?」

「恥ずかしいからあまり見てほしくはないですね」

「ほうほう。うさぎの小学校の卒アル見つけた人にワンポインツ」

「それならもう待ってるわよ」

「「「え!?」」」

夏純のあまりの手際の速さに一同は驚きを隠せなかった。

「うさぎは昔から探し物は得意だけど、物を隠すのは絶望的に下手なの。ほら」

どこからか取り出してきた卒業アルバムを見せびらかす。

「見るなら後にしてください」

「はーい」

作業後の楽しみができた一同はその後もてきぱきと作業を進めた。

荷物の大移動と掃除を終えた一同はリビングに集まってお昼ご飯を食べていた。

リビングのテーブルに広げられたホットプレートのうえにはパエリアが一面広がっている。

皆で仲良くテーブルを囲んでパエリアをつつく。

「うさぎ君ってほんとに器用ですよね」

卯柳と凛はパエリアを皿に取り分けて少し離れたところで食事をしていた。

「ありがとうございます。凛さんはレシピ増えましたか?」

「そうですね。うさぎ君に教わったマカロンを増産中です」

そう言いながら凛は周の方向へと目線をやった。

増産中というおおよそ聞きなれない単語に卯柳は笑う。

仲良さそうに話している様子を見つけた夏純はしれっと卯柳の隣に座る。

「浮気中ね」

あまりの唐突な言い草に卯柳はむせた。

「ごほっごほ。何言ってるんですか夏純さん」

珍しく焦る卯柳に凛は微笑んだ。

「幸せそうですね」

卯柳は近くにあった水を飲んで調子を整える。

「そう見えますか?」

「ええ、とっても。夏純さんはいつからうさぎ君のこと好きなんですか?」

「いつから、、、。ねえうさぎ、私っていつからうさぎのこと好きって言い始めたっけ」

「忘れたんですか?」

少し意地悪な言い方に夏純は少しむっとした。

「いつから!」

「じゃあ、秘密です」

凛は羨ましそうな眼差しを二人に向ける。

「うさぎ君のどんな所に惚れました?」

「最近で言うと、私が来た日に何の戸惑いもなく自分のケーキを切り分けたり。ココアが好きって覚えてくれてて入れてくれたり。荷物を絶対に持たせないところだったり。人の喜んでいる顔が何よりも好きな所だったり、、、」

「ストップストップ、さすがにストップです」

卯柳は何もかもを褒められていたたまれない気持ちになった。

「うさぎ君は夏純さんのどんな所に惚れたんですか?」

すると卯柳は夏純の方向に向き直って不敵な笑みを見せる。

「秘密です」

否定すると思っていた二人はその怪しくも魅力的な笑顔につい顔を赤らめた。

いつの間にか食事を終えていたテーブル組は卯柳の小学校の卒業アルバムを囲んで楽しそうに眺めていた。

「律輝君って小学校の時から王子様なのね」

「この頃から半端なくモテてましたよ」

「半端なくって、うさぎもモテてたでしょ」

後ろにいる夏純からピリッとした空気を感じた卯柳は少し焦る。

「律輝君みたいに告白されたことはないですよ」

「芸能人に告白って恐れ多くない?」

「可愛い芸能人より手ごろなイケメンってか」

律樹は大和の頭をぐりぐりした。

「てかさ、うさぎのカメラ目線すごくない?」

「うさぎさん、、、さすがプロだね!」

「いてて、、、。プロ関係あるのかこれ、、、。あ、でも発表会とか卒業式は外してる」

「これ、もはやカメラマンが狙ってるでしょ」

「写真について説明を入れられると、さすがに恥ずかしいですね」

卯柳は照れている様子を見せながら空になったホットプレートを持って台所へ向かう。

「私も手伝うわ」

「夏純さんもゆっくりしてて大丈夫ですよ」

「お客様じゃないわ。私もこの家の住人よ」

「そうですね。じゃあ食器をお願いしますね」

二人並んで洗い物をする姿を見て周は驚いた様子を見せる。

「、、、うさぎがりんりん以外でキッチンに入っても嫌な顔しないの初めて見た」

「僕そんなに嫌な顔してました?」

「確かに大和と周が手伝おうとしたら露骨に嫌そうな顔してたよね。それで私もやめとこうってなったもん」

「まあ、一番汚しそうな二人だとは思う」

その余計な一言に周と大和は結託して律輝をもみくちゃにする。

騒がしい日曜の昼下がりだった。

卯柳の卒業アルバムで盛り上がった一同はその後、夏純の家具を組み立てをした。

いつも通り、わちゃわちゃと騒ぎながらも周の指示のもと、力持ちの大和が組み立てを行い、本棚とベッドは無事に完成した。

そうして本日の目的であった夏純の部屋を作るための大掃除と家具の組み立ては無事に終わりを迎えた。

その後は、昨晩から準備していた卯柳のデザートを食べながら皆でゲームをし、いつも通り周の圧勝で幕を閉じた。

夕暮れ時、皆が帰った後に夏純と姫花が卒業アルバムとは別のアルバムを持って降りてきた。

「お兄ちゃん、これ、、、」

少し悲しそうな顔でアルバムを差し出す姫花の頭を卯柳は優しくなでた。

「姫花が持ってたんだね。よかった」

「これ、新堂家のアルバムよね。見てもいい?」

「いいですよ。じゃあ三人で見ましょうか」

卯柳は晩御飯の準備をやめてリビングのソファに座った。

姫花と夏純もその横に並んで座る。

真ん中に座る夏純がアルバムを開いた。

アルバムには時々映り込む夏純、卯柳と姫花そして二人の両親である新堂冬美(しんどうふゆみ)新堂直哉(しんどうなおや)が映っている写真があった。

「懐かしいね」

写真を見て夏純は少し寂しそうな顔をした。

夏純は生まれながらにして両親がおらず、後に卯柳と姫花がお世話になる施設で暮らしていた。

卯柳とは子役時代に知り合い、以降、新堂家とは家族ぐるみの深い付き合いとなる。

まるで本当の親のように接してくれた二人の写真を愛おしそうに眺める。

そんな二人の横顔を見て卯柳は両親が亡くなった時のことを思い出す。

卯柳が八歳、姫花が四歳の頃だった。

映画の撮影中だった卯柳は突然の交通事故の知らせに慌てて病院へ向かうが、もうすでに手遅れだった。

病室の外には現状を理解できずに呆然と立ち尽くす姫花と泣きじゃくる夏純がいた。

卯柳は二人を抱きしめて、泣くでもなく、ただひたすらに決意を固めたのだった。

二人にこれ以上悲しい思いをさせないように、両親からもらった愛を二人に伝えるようにと。

いつの間にか卯柳は昔のように二人を抱きしめていた。

姫花も夏純もアルバムをめくる手を止めて卯柳に身をゆだねている。

しばらくして姫花が口を開く。

「お兄ちゃん、私は大丈夫だよ」

そう言われて二人を離すが、卯柳のエプロンの胸元は少し濡れていた。

「今日はハンバーグですよ。たくさん食べてくださいね」

「ハンバーグ大好き」

二人の頭を優しくなでて卯柳はキッチンに戻った。

残された二人は笑ってアルバムの続きを見ていた。

卯柳は安堵して料理を続けた。

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