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うさぎはなび  作者: 何手人
2/8

入学式と彼ら

男がすやすやと眠る部屋に簡素な目覚ましの音が鳴り響く。

男の名前は新堂卯柳しんどううりゅう

少し幼さが残る頼りないよりも優しさが目立つ端正な顔立ちに、ゆるりとした独特の雰囲気が特徴の男だ。

卯柳はスクっと目を覚まし、慣れた手つきで朝の段取りを始める。

カーテンを開け、顔を洗い、歯を磨く。

四枚のパンをトースターにセットし、卵を茹でて、ベーコンを焼く。

手際よく進めていると玄関の扉が開く音が聞こえた。

やがて「ちゃんと歩きなさいよ」なんて小言と共に着慣れない制服を着た男女の高校生が姿を見せた。

「おはようございます、大和さん、千恵さん」

朝食を作っていた卯柳はにこりと微笑む。

男の名前は乙和大和おとわやまと

きりりとした目つきはクールよりも恐怖を感じる様相で、がたいもよく雰囲気は怖いが、くしゃっとした笑顔が特徴の男だ。

女の名前は神崎千恵かみさきちえ

黒髪のポニーテールに優しいというよりも頼もしい姉御のような雰囲気と、一般の高校一年生よりは発育のいい体が特徴の女性だ。

二人とも中学校時代からの卯柳の親友である。

「おはよ、うさぎ」

「おあいよふあああ」

元気よく挨拶する千恵とは対照的に大和は壁に肩をぶつけ、返事も曖昧だ。

「ちょっと、うさぎと登校するって張り切ってたのあんたでしょ」

「、、、あと少しだけ、あと少しだけ」

大和はうわごとの様に言うと、荷物をその場に落とし、べたりとソファに横たわった。

千恵は「もー」と言いながらも大和の荷物をソファの近くに運んだ。

「それ、今日から持っていくんですか?」

卯柳はソファに立てかけられたギターケースを見た。

「そうなの、初日からかますぜって意気込んでた」

言うと、二人はクスリと笑った。

「そろそろ姫花を起こしてきてくれませんか」

「はーい」

千恵は返事もそこそこに二階へ向かった。

姫花と書いてある可愛らしいネームプレートがかけられた扉の前に到着すると、ノックをする前に扉が開いた。

「バーン」

そう言いながら扉から現れたのは、丸々と大きな黒目と長いまつげにさらさらとしたロングの黒髪。

まるで天使の生まれ変わりのような少女だった。

少女の名前は新堂姫花しんどうひめか

卯柳の妹である。

「千恵ちゃん、おはよう!」

「姫ちゃん、おはよう。今日も可愛いねえ」

千恵はおじさんのようにデレると、姫花に抱き着いた。

きゃっきゃと騒ぎながら二人はリビングに向かった。

「お兄ちゃん、おはよう!」

「おはよう、姫花」

卯柳に天使のような笑顔を見せたと思いきや、ソファに目をやると小悪魔のような笑顔に変わった。

「大和、おはよーう」

姫花はソファに横たわっている大和の背中に飛び乗り元気よく挨拶をする。

「ぐえ」という潰れたような声と消え入りそうな挨拶が聴こえた。

「そんなダメ男に触ったらダメさが移っちゃいますよ~」

千恵は姫花を抱きかかえて別の場所へ移動させた。

「ご飯できましたよ」

卯柳の言葉に四人は返事をする。

平穏な朝の一幕。

四月五日。

今日は卯柳たちの通う梅園高等学校の入学式の日である。

うららかな春の道を四人は仲良く歩いていると小走りで近づいて来る影が二つ。

「遅いぞ、兄」

「ちょっとちょっと、朝からきついって、、、」

「姫ちゃん!おはよ!」

元気よく挨拶してきたのは東春あずまはる

いつも元気はつらつで、人懐っこい笑顔が特徴の姫花の友人である。

その後ろをとぼとぼと情けない足取りで追いかけるのは東周あずましゅう

妹とは対照的に不健康そうなほど色白で、小さく可愛らしい雰囲気が特徴の卯柳の中学からの友人である。

「小学生の体力無限すぎる」

周は花壇に腰かけた。

「もう、だらしないな~。姫ちゃん先行こ」

周に呆れた春は姫花の手を取った。

「お兄ちゃん。行ってきます」

「気を付けてね。行ってらっしゃい」

「姫ちゃんのことはまかせて!」

心配になるくらいに元気な春の返答に高校生四人組は微笑みながら見送った。

「小学生の体力おそるべし」

「周もまだ高校一年生でしょ」

「体年齢はもう還暦」

「どうせまた遅くまでゲームしてたんだろ」

「その通りだけどなんか大和には言われたくない」

大和の物言いに周はムスっとした。

「お尻汚れちゃいますよ」

「うさぎままー、おこしてー」

いつもの冗談ではあったものの、卯柳は軽々と周の体を持ち上げた。

「ちょちょ、びっくりした」

「さ、行きましょうか」

目を丸くする周ににっこりと笑いかける。

千恵と大和はやれやれといった様子で先を歩き始める。

「うさぎ、今日もメガネ似合ってるね」

周はにやにやと悪い顔をしながら、ぼっさりと髪を下ろし、似合っていないメガネをかけた卯柳の顔を覗き込んだ。

「悪いこと考えてます?」

「いや、大丈夫大丈夫。そういえば律は?」

「律輝君は新入生代表だから先行ってるって」

「内部進学なのに抜かりねえな律輝は」

「律の登場時に絶対ざわざわするに百円」

「当たり前だろ」

「ちょっと、それじゃ賭けが成立しないじゃん」

「二人とも入学初日から賭けとか物騒な事言うのやめなさいよ」

「え、俺も!?」

軽口をたたきながら四人はこれから通う梅園高等学校の門をくぐった。

新しい生活を想像して抱いた希望とわくわくは、部活勧誘のために溢れかえった在校生たちの喧騒にかき消された。

そんな多くの在校生と新入生の間に低身長ながら懸命に看板をかかげる人影が一つ。

「新入生はこちらでーす」

卯柳たちは矢印を見かけて改めてその先を見る。

「ゲッ、この道通っていくの?」

部活勧誘のために沢山のチラシを携えた在校生と入学式の会場まで連なる新入生の列。

「途方もなさそうですね」

卯柳も参ったなといった様子でそう溢した。

「よし!俺についてこい」

そう言うと大和はギターケースを前に出して周囲をにらみつけるように進み始めた。

「いいぞ大和!にらみつけるだ!」

「しゃー!」

周は大和を盾にぐいぐいと歩みを進めるが、入学式の会場へは一向に到着する気配はない。

「がたい良いね。バスケ部とかどう?」

「サッカー部向いてそうだね」

「野球部部員募集中です」

ギターケースが逆に目立ち、大和の威嚇もむなしく四人はたちまち勧誘に囲まれた。

「ちょっと、押すなよ。このギターケースが目に入らんか」

「大和、先行き過ぎ」

すると突然、校内に設置されたスピーカーから大きな声が聞こえてきた。

「こらーっ、過剰な勧誘は禁止ですよそこー!」

急な注意に全員が足を止めた。

「おらおらー!何部かメモって経費減額するぞー!」

可愛らしい声とは反対に職権乱用も甚だしい内容に勧誘の群れはそそくさと門前に戻っていった。

「何とか助かったな」

「こんなに勧誘が激しいとはね」

「さ、さすがマンモス校」

四人は仕切り直して入学式の会場へ向かった。

なんとか部活勧誘を乗り切り、受付に並ぶ。

「って、お前らはいつまで俺の事つかんでんだ」

大和は振り返って、周と千恵に不満げな顔で言った。

「あっ、ごめん」

言われて千恵は照れながら手を放したが、周はいつまでも離さなかった。

「次の波が来たら、大和を犠牲に逃げるためだ」

どや顔の周を大和は軽くチョップした。

「あいたっ」といって周も手を離した。

「そういや、クラス分けってどうなるんだろ?」

「ここに載ってますよ」

卯柳は受付で渡されたパンフレットを見せる。

表紙にはご入学おめでとうございますと書かれており、中はなにやら難しい挨拶分や部活の紹介にクラスの名簿のようなものが書かれてある。

会場の中は新入生がばらばらと席を埋めていた。

「律輝君出るし前の方行こうよ」

「いいなそれ!律輝の晴れ姿を見届けてやろう」

「写真とか撮ってもいいのかな」

「動画撮ってお姫に見せてやろうぜ」

「それ名案!」

一番前の席を陣取り、数分が経過すると扉が閉まり、先生のマイクテストが始まる。

入学式が始まると会場は一気に静まり返った。

静寂と緊張の中、司会より学長の挨拶が紹介され、高校一年生の平均身長くらいの女性が登壇した。

そこから入学式は先ほど聞いたことのある可愛らしい声から始まった。

「皆さん、ご入学おめでとうございます。学長の加茂扇かもおうぎです。我々梅園高等学校職員一同は入学する皆さんを歓迎します。ここ梅園高等学校は日本で一番自由な高校だという自負があります。社会は自由に溢れかえっています。何を買って、どんな仕事をして、どこに住むか。何も知らない人間は社会に出てもきっと自由に押しつぶされてしまいます。皆さんはここで心ゆくまで自由を謳歌してください。そして自由に苦しんで不自由を愛してください。その意味がわかった時、きっとここで過ごした日々はかけがえのないものだったとそう感じてくれることを楽しみにしています」

新入生たちは小さな体からは考えられないほどのエネルギーを感じ、会場には自然と拍手が巻き起こった。

少しの不安と圧倒的な興奮が新たな生活への期待を煽る。

やがて入学式は新入生代表の挨拶の時間を迎える。

四人はニヤニヤと意地の悪い顔で壇上を眺めていた。

「新入生代表、天羽律輝あもうりつき

呼ばれて舞台袖から姿を見せた青年を見た会場の人間全員は息を飲んだ。

スラリとした長身に、ふわりと爽やかな髪型から覗く鋭くも大きな瞳。

見るからに王子様な青年に男も女も関係なく目を奪われた。

最前列の四人を除いて。

「周、カメラちゃんと回してるか」

「ばっちりばっちり」

大和と周は全く違うことに集中していた。

卯柳と千恵はやれやれといった様子で二人を見ている。

「春のいぶきが感じられる今日ーーー」

無難な挨拶をしている最中、カメラに気づいた律輝はニコッと微笑んで挨拶を終えた。

新入生代表の挨拶は律輝の見た目の補正もあり、黄色い声援付きで学長への拍手より大きなものとなった。

「絶対気づいてたよなあれ」

「うん、なんならチラチラこっちの方見てたし」

「周りの女子が勘違いしそうね」

「なんかこの辺の雰囲気緩くない?」

ザワザワとした中、在校生の挨拶と校歌斉唱を通して入学式は終わりを迎えた。

「新入生の皆さんは十時半までに各教室へご移動ください」

四人は入学式が終わったあとも、その場で話していた。

すると、多くの女性の視線と共に律輝が現れた。

「皆、お疲れ」

ネクタイを緩める姿に色気が溢れ出る。

「律輝君、お疲れ様です」

卯柳がいち早く反応すると周りもそれに続く。

「お疲れさん。なかなか居心地悪そうだな」

「勇姿は撮ってるから安心せよ」

「あ、やっぱり?」

律輝はしれっと周の頭に手を乗せた。

「そういえばクラス分け見た?」

「あ、見てないや。げっ、大和と一緒じゃん」

「げってなんだよげって。うさぎと一緒なのは律輝と千恵か」

「凛も一緒だよ」

律輝はもう片方の手でピースを作って大和に見せつける。

「これは何かイケメンの陰謀を感じる」

律輝の手を払い除けながら周はドヤ顔を見せる。

そのドヤ顔に律輝もついつい笑ってしまう。

「いや、これは陰謀というか、、、」

言い淀んだ千恵の代わりに律輝はニヤリと笑って続ける。

「成績だろうね」

呆れる成績上位者三名と律輝に噛み付く成績下位者二名。

いやに目立つ組み合わせはダラダラとおしゃべりを続けながら教室へと向かった。

「律輝、教室であんまりうさぎにからんでやるなよ」

「えー、どうしよっかな」

大和の心配に律輝はいじわるそうに微笑む。

「もう手遅れな感じはありますけどね」

卯柳も仕方ないですね、といった感じに微笑み返す。

「うさぎもだけど、まずは私の方が怖いんだけど」

「たしかに、異性だと妬み嫉みとかやばそう」

「そうなのよね。中学の時も友達だって発覚したときは散々な目にあったもん」

「凛にはガン無視されてたけどね」

「知らない人とは話さないとお父様に言われているの、って言われたんだよね?」

「絶対話さないというりんりんの強い意志を感じる」

「そうそう。あなた誰。って思いっきり睨まれたし。そのおかげで喧嘩中だ元カノだって騒がれて、一部減ったのは助かった」

「うわ、ひでえやつ」

「確かにりんりんがライバルだと諦める人多いだろね」

周の言葉に卯柳と千恵は少し笑った。

「あのっ!天羽君!」

教室に近づくと一人の女子生徒が話しかけてきた。

「先に行ってますね」

四人は何かを察知してそれぞれの教室へ入っていった。

「どうかした?」

律輝は少し気まずそうに問いかける。

明らかに警戒した様子に女子生徒も焦りを見せる。

「隣のクラスなんですけど、よかったら連絡先交換してくれませんか?」

「あー、連絡先ってRIMEでいいよね。俺あんまり開かないけどいいかな、、、?」

「それでも大丈夫です!」

「それでも大丈夫なのかよ」と思いながら端に追いやった連絡用のアプリを起動する。

「はい、どうぞ」

QRコードを差し出すと女子生徒はすぐさま読み取って、お礼もそこそこに走り去っていった。

これから一ヶ月くらいは続くのだろうなと呆れて卯柳たちの後を追って教室に入っていった。

いやに視線を集めながら律輝は黒板に書かれていた席に着いた。

すぐさまチャイムが鳴り、担任と思わしき男性が教室へと入ってくる。

思わしきというのは、教職員にしてはあまりに無精といった雰囲気を放っていたからだ。

男は教卓に着くなり、すぐ口を開く。

「はーい、今日から一年一組担任の松木永太まつきえいただ。担当は数学。よろしく」

誰もが「それだけ?」と驚いた。

「んー、じゃあまず出席番号順に自己紹介よろしく」

言うが早いか、すぐさま椅子に座りぼけっと黒板を眺める。

出席番号一番の律輝は決まずそうに立ち上がった。

「天羽律輝です。この学校で特に何かするって決めている訳じゃないけど、勉強は頑張りたいなって思ってます。よろしくお願いします」

一番初めの挨拶だが、おそらく一番大きな拍手であろうと卯柳は思った。

永太のぺちぺちと力なくとも拍手をしている姿に律輝は安心して席についた。

それからの自己紹介は、女性は律輝を意識したような、男性はどこかすかしたような自己紹介で幕を閉じた。

「はい、皆お疲れさま。今日のプログラムはこの後、学校をぐるぐると回って教科書とか買って帰ってな。あとどっかのクラスにギターケースしょってるやついたけど、一週間はクラブ活動禁止な。さっさと買ってさっさと帰るように。以上、解散。あ、食堂は使っていいからな」

一瞬あっけにとられた後、クラスの大多数は自然と律輝の席の近くへと寄って行った。

「うさぎ、凜ちゃん、この後どうする?」

千恵が隣の席の卯柳とその前の澤良木凛さわらぎりんに話しかける。

「姫花ちゃんからお祝いしたいと伺っていますが、、、」

さらさらとした黒髪を揺らして凜は振り返った。

キリッとした顔立ちとした顔立ちから発せられる清涼感のある声に卯柳も自然と姿勢を正す。

「来てくれるんですね。よかったら買い出し付き合ってもらえますか?」

「いいですよ。あの男はもう動けなさそうですし、先に行きましょうか」

凛はクラス中の女子に囲まれた律輝を冷ややかな目で見た。

「あ、私は別クラスのバカ二人を連れて行くから先に行っといて。お昼は食べてから行くね」

女性陣のあまりの当たりの強さに卯柳は苦笑いで凜と教室を出た。

「今回はどのようなものをお作りになるんですか?」

「姫花はフルーツとケーキがいいみたいで、フルーツパウンドケーキを考えています。お手伝いお願いしますね」

フルーツとケーキと姫花が言った姿を想像したのか、凜はふふっと微笑んだ。

「太一もお邪魔しても大丈夫ですか?」

「じゃあ、いいコーヒー豆を準備しておかないとですね」

颯爽と学校を後にする二人とあちこち寄り道しながら帰る三人とその場から一歩も動けない一人。

入学式当日の午前の一幕。

午後からは卯柳と凜は凛のお付きの山地太一やまぢたいちを迎えて買い出しを終え、新堂家でケーキ作りを始めていた。

なよなよとはしていないが、身長だけ高く、頼りないスポーツマンといったいでたちの太一は得意のコーヒーを豆を挽くところから作っており、卯柳と凛はさくさくと作業を進めていた。

最初に帰宅したのは周と大和と千恵の三人組だった。

「皆さんおかえりなさい」

次々にただいまの声が上がる。

作業に夢中になっていた凛もその声に顔を上げる。

「おかえりなさい」

「ただいま、、、りんりんのエプロン姿まだ見慣れないなあ」

「似合ってませんか?」

凛はしみじみとつぶやいた周に改めて向き合う。

「あ、、、いや、似合ってる、、、よ?」

女性にあまり慣れていない周は、凛の予想外の返事に赤面しながら解答する。

「ゲームやろうぜー」

後ろからやってきた大和が周の肩をつかんでテレビの前まで押していく。

「ちょっともう、、、ごめんね凛」

「大丈夫ですよ」

気が付かない大和の代わりに千恵が謝り三人でテレビの前のソファに座った。

しばらくすると姫花と春が帰宅した。

「お兄ちゃん、ただいま!」

「おかえり、姫花、春さん。手洗いしてきたら手伝ってくれる?」

「はーい」

二人でどたどたと洗面所に向かい二人で戻ってきた。

「洗ってきた!」

そういって少し湿った手を見せた姫花と春を凜は黙って抱きしめた。

後ろで料理を手伝っていた太一も手を止め、「と、尊い」といって膝をついた。

「姫花、生クリーム作るの手伝ってくれる?よかったら春さんもお手伝いお願いできますか?」

元気な返事と共に二人は準備を始めた。

最後にふらふらと頼りなさげな足どりで律輝も帰宅した。

「ただいま、、、」

消え入りそうな声と共に律輝は倒れこんだ。

周と大和は両肩を掴んで律輝を回収する。

「朝の俺みたいなことしてるな」

「この扉、元気がなくなる何か仕掛けられてるかもね」

「律、重い」

三人で同時にソファに雪崩れ込んだ。

三時半を回るころ「できた―」と姫花と春が声をあげた。

その声に待ってましたとソファでくつろいでいた四人が顔をあげる。

「それでは、生クリームは春ちゃん。いちごは私が盛り付けます!」

そう高らかに宣言して二人は最後の作業に取り掛かった。

全て終わると、「お兄ちゃんと凜さんはあっち」といってエプロンを付けたままの二人はソファの近くに押し出された。

「てーんてーてててーんてーん」

どこかで聞き覚えのある表彰の音楽を二人で歌い出し、たっぷりの生クリームとイチゴが盛り付けられたお皿を二人で運ぶ。

「えー、まずは、お兄ちゃん入学おめでとう!」

「うさぎさん入学おめでとう!」

「ありがとう」

卯柳は感極まったのか、嬉しそうな声音で微笑んだ。

そこから二人は千恵、凛と順番にケーキの乗ったお皿を手渡しをした。

「これってもしかして、順番関係ある?」

「ありそうですね」

先に手渡された千恵と凜は余裕綽々で残りの三人を眺めた。

ちなみに、太一は別枠ということで先に切り分けたものを渡されていた。

順番が関係あると分かった卯柳は残りの三人に向かって少しピリっとした空気を出した。

妹に一番気に入られているのは誰か。

察して、三人は姿勢を正す。

「しゅー入学おめでとう!」

「兄、入学おめでとう」

「ありがとう、、、。でも、うさぎの視線が怖くて見れないんだけど、大丈夫そうかな」

「今は見ない方がいいな」

「今日はもう無事に歩いて帰れないだろうな」

「ちょっと、二人ともやめたげなよ」

呆れる千恵の後ろで凛は微笑ましく周を眺めていた。

続けてケーキを渡されたのは律輝だった。

律輝は極力卯柳の方向を見ずに無言で大和にケーキを見せつけた。

大和は最後にケーキが運ばれた。

「あれ、なんか俺のだけ全体的に少なくない?」

すると、二人は少し気まずそうに顔を逸らした。

大和は太一の手元にあるケーキを見てさらに続ける。

「太一さんのより少なくない!?」

太一は気まずそうに笑っている。

それに合わせて皆も笑った。

ケーキ贈呈式も終わり、一同がケーキに手を付けようとした時。

「ピンポーン」と予定のないインターフォンが鳴り響く。

「ちょっと待っててくださいね」と言い困惑した様子で卯柳が玄関に顔を出す。

しばらくしてリビングまで女性の大きな声が聞こえてきた。

「ここが私とうさぎの新たな愛の巣なのね」

あまりにも意味不明かつ唐突な物言いに全員が急いで玄関に向かった。

開いた扉をがっつりと足で抑えながら立っていたのは輝くような金髪をたなびかせる美少女。

人形よりも人形のような美しい顔立ちに、誰もがうらやむようなプロポーション。

この世界は自分のためにある、といった雰囲気にですら全員が納得してしまうような容姿。

「夏純姉ちゃん」

そう言って姫花は突然の来訪者である百目鬼夏純どうめきかすみに飛びついた。

「姫花、私がいない間寂しかったでしょう。もう大丈夫よ」

姫花の頭を慣れた手つきで撫でながら、後ろに待機している人たちに荷物を運び入れる指示を出す。

「もう大丈夫ってどういうことですか、、、」

「どういうことって、私今日からここに住むもの」

一同の驚きをよそに、業者は手際よく荷物を新堂家へ運び入れる。

「とりあえず中に入れてもらえる?」

夏純は軽々と姫花を抱きかかえ、呆気にとられる一同の横を何もなかったかのように通り過ぎた。

透き通る肌に吸い寄せられるような大きな瞳。

輝くような金髪を靡かせて歩くその優雅な足どりは謎の説得力を感じるほどだ。

「それでは、ご利用ありがとうございました」

業者の一言で一同は我に返る。

「あれ、うさぎって結婚してたんだっけ」

「日本では十五歳はまだ結婚できないはずですが、、、」

「あれは法律で止められる存在ではないけどな」

卯柳は急いで夏純の後を追いかけると、夏純は先ほどまで卯柳が着ていたエプロンを着ていた。

「あなた、おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも、、、」

言い終わる前に、卯柳はさながら飢えた獣のように夏純を壁際に押しやり、壁に手をついた。

ドラマのワンシーンのようなやり取りに一同は視線と心を奪われた。

「壁ドン、、、」

律輝の声に反応して太一は凛の目を、周は春の目を塞いだ。

すると卯柳は目を丸くする夏純の耳元に顔を寄せ「夏純にはまだ早いでしょ」と小さな声で囁いた。

予期していなかった卯柳の行動に夏純は顔を一面真っ赤にし、こくりと頷いてその場にへたりこんだ。

「ドラマじゃん、、、」

大和の声に反応した凛と春は急いで手をどけた。

「こら、太一!」

「バカバカ、兄のバカ」

夏純が乱した空気を一気にさらった卯柳はパンっと手を叩いて大きな音を出す。

「説明してくれますか?」

ニコッ見せた笑顔はいつもの卯柳でみんなは少し安心した。

「さ、さすが天才子役ね」

夏純は狼狽えるようにして言った。

「夏純さんもね。ほら、立ってください」

卯柳は人形のように夏純の両脇を持って立ち上がらせる。

「太一さん。夏純さんの分のココア入れて貰えますか?僕はケーキを切り分けますので」

「え、あ、はいっ」

卯柳は自分のケーキが乗った皿を手に取り太一と台所へ入っていった。

「俺らも席着こうか」

「そうですね」

律輝と凛が移動したのを皮切りに、一同は夏純を取り囲むようにソファへと戻った。

遅れてココアを持った太一と切り分けたケーキを持った卯柳も加わる。

「初めまして、太一さん?私、百目鬼夏純改め、新堂夏純と申します。女の子二人も初めまして」

「初めましてというか、いつもテレビで拝見させて頂いてます。山本太一と申します」

凛は呆気に取られて突っ込むことすら忘れた太一の小腹を軽く小突いた。

「初めまして。澤良木凛と申します」

「初めまして!近藤千恵です!私もテレビいつも見てます!」

夏純はココアに口をつけ、心を落ち着けてから切り出した。

「今日から二人と一緒に住みます」

「施設はどうしたんですか?」

「二人が出たって聞いたから、急いで追いかけてきたの」

「今、遠方でドラマの撮影されてませんでしたっけ?」

「終わったわ。それで施設に帰ったらもぬけの殻だもの」

次元の違う話し合いに一同は沈黙を破れずにいた。

「佐伯さんは何て言ってました?」

「卯柳君のところなら安心ね、と快く送り出してくれたわ」

すると卯柳は席を外し、廊下で確認の電話を入れる。

少しの言い合いのような後、暗そうな顔で元の位置に戻った。

「後で姫花と三人で話しましょう。、、、仕切り直して、皆さんケーキ食べましょっか」

「食べよー!」

姫花の一言で場は一気に和んだ。

「ドラマってもしかして今やってる朝ドラのやつ?」

「そうよ。見てる?」

朝起きれない大和と周は黙り込んだ。

「「見てます!」」

女性陣は目を輝かせながら、すぐさま反応した。

「あら、ありがとう。野郎共は相変わらず見ていないみたいね」

大和と周は気まずそうに顔を逸らす。

「大和と周は面識あるんだっけ」

「律輝もあるわ、ね?」

「姫花の先生組は何回か遊んでる。うさぎ呼びも夏純からだし」

「その節はどうも」

夏純の改まった態度に律輝は余裕の王子様スマイルで返す。

「やっぱうさぎ、すごかったな」

「ね!ほんとにドラマ見てる気持ちになった」

「私も見たかったです」

「お嬢様、すみません」

「春も見たかった!」

「春にはまだ早い!!!」

太一と周の焦りに一同は笑った。

「てか、うさぎはいつ結婚したの?」

「そうよ!二人ってそういう関係だったの!?」

「そういう関係がどういう関係かはわかりませんが、僕たちは同じ施設で暮らしてただけですよ」

「そうね、同棲ってことでテンション上がっただけよ。まあ将来的には結婚するけどね」

あまりにもストレートな物言いに女性陣はたじろいだ。

「昔から言ってるから一々驚かない方がいいよ」

「俺らも最初聞いた時は驚いたけどな」

「そうかなあ、天才子役同士の結婚ってなんか夢ない?」

「まあ夢はあるな」

「任せなさい。夢じゃなくて現実よ」

またも魅せる謎の説得力に一同は魅了された。

混乱と緩和の午後の一幕。

晩御飯の時間になると卯柳から解散が告げられ、やり取りの続きを見たかった一同は仕方なくそれぞれの帰路に着いた。

「お話ですが、料理しながらになるんですがいいですか?」

「もちろんよ。何をお話しよっか、姫花」

「うーん、何にしよう」

「姫花は三人で暮らすのは問題ない?」

「うん!夏純姉ちゃんなら大丈夫!」

「今更施設に追い返す訳にもいきませんし、姫花がいいって言うなら歓迎します」

夏純は待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せて姫花とハイタッチした。

「何持ってきました?」

「衣類だけ」

「じゃあとりあえずお布団はお貸しするので、金曜日までベッドは我慢してください。姫花、金曜日まで夏純さんと一緒の部屋でも大丈夫?」

「大丈夫!」

「私としてはうさぎの部屋でも問題ないのだけど」

「問題しかないです」

「そういえば、なぜ金曜日までなの?」

「土曜日に買い出しに出かけるので、その時に一気に買います」

「デートね。任せなさい」

「土曜日はお仕事はないんですか?」

「活動休止宣言してきた」

「、、、え?」

一瞬、料理をしている手が止まる。

「うさぎと同じ学校通うからね」

「入学おめでとー!」

お祝いする姫花をよそに、卯柳は理解できずにいた。

「、、、え?」

壊れた人形のように疑問を繰り返す。

「お兄ちゃんも一緒に、おめでとー!」

「お、おめでとうございます」

妃花の催促に言われるがまま同じ言葉を発する。

平穏な学生生活を送りたい卯柳。

どうやら波乱の幕開けのようである。

新堂家のルール


その一

姫花の言うことはちゃんと聞く事。 (叶えられるものに限る)

その二

挨拶はちゃんとする事。

その三

名前もしくはあだ名で呼び合う事。

その四

ご飯を食べる時は事前に連絡する事。

その五

リビングの電気は消さない事。

その六

家を出る時、入る時はちゃんと鍵を閉める事。

その七

ノックをする事。

その八

二週間に一回の買い出しは順番で行う事。

その九

平日はお泊まりしない事。

その十

喧嘩は決してしない事。

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