REスタート
「拝啓
先日、貴方の夢を見たのです。それはまだ17歳といったところでしょうか、あの頃と何も変わリはしない、貴方の夢でした。断片的な記憶の中、私と貴方が何をしていたのかは分かりません。しかし、一つだけ断言出来るとすれば、私はその瞬間の貴方にまた夢中になっていました。今こうして貴方に向けて手紙を書くのは、詰まるところ艶書です。私はあれからというもの、ずっとあなたに恋をしているのです。もしこれが本当にあなたの元へ届いたのであれば、どうかあなたからのお言葉を聞きたい。返事、お待ちしています」
それは未来の私を名乗る者からの手紙であった。筆圧や字形は限り無く私のものと似ていて、手紙から読み取れる全ての情報が冗談とは思えないほど私自身と一致していた。しかし私はまだ確信を持てないでいた。厨二病を拗らせていた私は、高校に上がった今も相変わらずいじめの対象であった。中学校でいじめ問題がネットニュースなどで頻繁に取り上げられてから、暴力的ないじめは急激に減ったが、その分より狡猾で陰湿ないじめが増えた。この手紙もどうせ私のそういった醜い部分を露わにするための餌なのであろう。しかし、そうは思っていてもやはり私は根っからの厨二病である。もしこれが本当に未来の私から届いているとすれば、そこには現代の空想科学論をひっくり返すほどの美しいロマンがあると言えるだろう。そもそも手紙はおそらく女性が書いたものであって、私は歴然なる男であり、漢でもある。だとすると、ここで考えられる可能性は二つある。一つは未来の私が女性になりすます変態プレイのした可能性で、もう一つは私が性転換をし、女性又はゲイになっている可能性である。しかし前者の可能性はかなり低い。というのも、私は女性を性的な対象としか見られないほどの女好きである。昨年から共学になった元お茶のミク女子高校へ進学を決めたのも、そう言った理由からである。そんな漢が、嘘でも女性のフリなんてできるはずが無い。それでは肝心の性欲が満たされ無いのである。となると、残る可能性は後者であるが、これはかなり無理やり感が否めないが、考えられないことも無い。例えばよくある質問で、
「生まれ変わったら何になりたい?」というのに対して、鳥やペンギンと答えた時に、稀に出会う、
「でもそれって、もし鳥になったら虫が主食になるよ」って言ってくる者がいるが、それは人間だから虫が嫌なだけであって、実際は本当に鳥になってみないと分からないというのが答えであろう。それと同様に、私は現在女好きに生まれた男性であるが、仮に性別が変わってしまったとすれば、いくら女好きの私であっても、男性を好きになる可能性は否めないのである。私はこの一縷の望みにかけて、早速返事を書き始めた。
「性転換をした未来の私へ
ご連絡ありがとうございます。自分が性転換をしたことを肉親に伝えるというのは、さぞ勇気のいる事だったでしょう。よく頑張りました。そして突然の告白、大変驚きました。まさか今後私が性転換をする事を、思春期真っ只中のこのタイミングで告げられるとは。それだけでは無く、そんな未来の私自身から愛の言葉を告げられるとは、いくらSF好きの私だからといって簡単に受け入れられるものではありません。自分自身のことであるので、受け入れたい気持ちは大いにあるのですが、現状私の性的対象は女性であり、例えそれに自分が値する性別となったとしても、自分を勘定に入れてはいません。時空を超えた途方もない距離からの便りは誠に嬉しいのですが、あなたの気持ちにお応えする事はできません。申し訳ございません。末筆ではありますが、女性として今後のご健勝をお祈り申し上げます。漢の中の漢マサル」
予想より早く手紙を書き終えた私は、代わりに考える事を始めた。万が一この手紙が悪戯だった時、残りの学校生活に私の居場所は無いと思っていいだろう。しかし仮に本当に未来の私からの便りであるのならば、返事を返さなければ、彼女は、否、私自身はその後返事を待ち続け永遠に前にも後ろにも進めないだろう。長時間の葛藤の末、私はやはり手紙を返す事を決め、我が家の郵便ポストに差し込んだのであった。そうして数週間が経ったある日、朝刊と一緒にまたもや未来の私からの封筒が届いた。私は急いでアパートの階段を駆け上り自宅へと戻り、中身を開けた。
「こんなこと言うのもあれなんですけど、宛先間違えてました。私、ちゃんとマサルくんに書いたつもりだったんだけど、どうやらちょっぴり風変わりなマサルくんに届いたみたい。ごめんなさい。それにしても、性転換のところは非常にパンチラインでした」
アホか。恋文の宛先なんてものは絶対に間違えてはいけない。まず、本当に好きなのであれば、宛先の住所などは前もって正確に調べておくべきである。解せない。それに送り主の女の名前と私の名前、さらには真の宛先の男性の名前が完全に一致してしまう奇跡も同時に起きた。いったいどれほどの確率であろうか。そもそも女性でマサルの名はあまりにも奇想天外である。この件について悪いのは百パーセント送り主の女であるが、偶然が重なったことにより深読みしすぎた私は、恥ずかしさでいても経ってもいられなくなり、ペンを走らせた。
「ちょっとー。ほんと、勘弁してくださいよー。私本当にびっくりしちゃったんだから。でも良かったわ。これが本当に未来の私から届いてたんなら、私今頃びっくり仰天できっと腰を抜かしてるわよ。それでーー」
ここまで書いたところでインターホンが鳴った。学校で唯一の男友達が遊びにきたのだ。
「ヤッホー。元気?最近学校来やんから様子見に来たったで」
大阪出身でこの独特な喋り口調のせいで私と同様友達がいないのである。
「おはよう。ちょうど今手紙書いてたんだ」
「手紙?誰宛にや。お前にそんなん書く相手おらんやろ」
来て早々痛い所を突かれた僕はこれ以上何も言うべきではないと思い返事を濁した。
「別に、誰だっていいじゃないか」
「そう勿体振らんでええから見せてみいな」
そう言われてまだ作成途中の手紙を無理やり奪われ、音読会が始まったその時だった。
「えぇっと、ちょ、待て。お前なんで女口調なん?」