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開かずの館

「足下に気を付けて」

「ありがとう、叔父様」


 優しくエスコートされながら、私は馬車を降りた。

 ここは、ボナ・ペクーニアの中でも、名だたる大手商会が軒を連ねる『ヘルメス・ストリート』と呼ばれる大通りだ。


 歴史と威厳を感じさせるような立派な建物が立ち並び、それぞれに掲げられた看板には、文体に意匠を凝らした大手商会の名が誇らしげに刻まれている。


「うわぁ……」


 物珍しげに建物を見上げていると、叔父様に声を掛けられた。


「フレデリカ、こっちだよ」

「あ、はい――」


 叔父様に手を引かれ、私は大通りを外れて路地裏に入った。

 どうやら叔父様の商会は大通りにはないらしい。


 まあ、当然と言えば当然。

 大通りに商会を構えるなんて、余程の上位貴族か王族にコネクションを持つ一握りの御用商人に限られている。単に金があるだけでは、決して買うことができない場所なのだ。


「ここが僕のオフィスだよ」と、叔父様が少し照れくさそうに手を向けた。


 入り口には、何の変哲もない小さな木製の看板に『オストラム商会』と書かれている。

 ここまで自己主張の無い看板も珍しい。


「叔父様……よくこれで、お客様がいらっしゃいますね」

「えっ!? そ、そうかなぁ? でも、これ以上忙しくなると困るから……」


 叔父様が眉を下げて笑った。


 不思議だわ。

 どう考えても新規客が来るとは思えない立地なのに……。


 既存客の口コミと考えても、そんなに相談事が続くとも思えないし、叔父様目当ての女性客が押し寄せているわけでもなさそうだ。

 となると……、これも神の寵愛とやらの影響かもしれないわね。


 綺麗な横顔をじっと見つめていると、叔父様が慌てて自分の顔を触った。


「ん? どうしたんだい? 何か付いてる?」

「いえ、別に。早く中が見てみたいなぁって」

「あの、言っておくけど普通のオフィスだから、あまり期待しないでね?」


 叔父様は扉の鍵を開け、「さ、どうぞ」と中へ案内してくれた。


 入った瞬間、なぜか旅行から帰ってきたような気持ちになる。

 懐かしいような、ホッと気持ちが安らぐような……。


「今、お茶を持ってくるよ。どこでも好きに見てていいよ」

「ありがとうございます」


 別室にお茶を取りに行った叔父様を待ちながら、部屋の中を見て回った。


 ここが叔父様のオフィスか……。

 落ち着いたダークブラウンの室内には、書斎机と応接ソファ、緑の綺麗な観葉植物が置かれていた。


 書棚の中には難しそうな本がたくさん並んでいる。叔父様は勉強家のようだ。

 ゆっくりと室内を歩きながら、立派な書斎机の上に指を滑らせた。


 見ると、机の上に書きかけの書類が置いてあり、走り書きで『ボルタン伯爵家』とか、『二百年』、『好立地』などと書かれている。


 例の相談事の件かしら……。


 ボルタン伯爵家といえば、王国建立から続く由緒ある名家。

 もしかして、相談主ってボルタン家の……。


「あっ!?」


 ふと、机に置かれた写真立てが目に入った。

 そこには、お母様と私、そして叔父様の三人が写った写真が飾られていた。


「懐かしい……。ふふっ、お母様も叔父様も若いなぁ」

「いい写真だよね」


 銀のトレイにティーセットを載せて、叔父様が戻ってきた。

 テーブルにティーポットやカップを並べながら、「どんなに辛くても、その写真を見れば勇気が湧いてくるんだ。僕の大切なお守りだよ」と、優しい笑みを浮かべる。


「叔父様……」

「さ、お茶にしよう」


 私はソファに座って、叔父様が入れてくれたお茶のカップに口を付けた。

 湯気と共にかぐわしい香りが鼻に抜ける。


「いい香りですね……落ち着きます」

「良かった。普通の茶葉だけどね、淹れるのに少しコツがあるんだ」

「へぇ、気になります」

「飲んでくれる相手を想って、美味しくなるように心を込めるんだよ」

「ぐっ……!?」


 思わず顔が赤くなりそうになる。

 他意がないことはわかってるけど、叔父様の顔で言われると破壊力が高い。


「そうなんですね、参考になりますわ……おほほほ」

「えっと、そうそう、例の館の件だったよね」

「あ、はい」


 叔父様は席を立ち、机の引き出しから書類を取って来た。


「相談者は、あの『ボルタン伯爵家』の執事長でマーカスさんという方だ。依頼の内容は、ボルタン家で所有する館の処分だね。築年数は相当だが、傷みは少ないらしい。場所もロイヤル・ガーデンの一等地で申し分ないんだけど……問題は先日も言った通り、その館が呪われた『開かずの館』だってことかな」

「ボルタン家なら、他にコネクションがあると思うのですが、なぜ叔父様に依頼を持ってきたのでしょうか」


「マーカスさんが言うには、ボルタン卿は、この件を公にしたくないらしい」

「なるほど、まあ、開かずの館なんて聞こえが悪いですものね」


「うん、だから、ウチのような大手商会と繋がりのないところを選んだんだと思う。なんせ、ボルタン家は王族とも親交の深い、由緒ある家柄だからね。色々と僕らにはわからない事情があるんだと思う」

「なるほど……問題の館は、ご覧になりましたか?」


「いや、まだだよ。そもそも、この依頼を請けるかどうかも決めかねていてね。報酬は相場よりも高いけど、何だか不気味というか……祟りとかありそうで。僕はそういうのが一番苦手なんだよ……」


 叔父様は眉根を寄せ、神妙な顔つきになった。

 いやいやいや、叔父様が祟りに遭うなんてあり得ないし、と思わず突っ込みそうになりながら、同時に昔の記憶が蘇る――。


 叔父様は昔から怖がりで、実家に遊びに来ていた時も、暗い部屋や、灯りの点いていない廊下を避けていた。良く、お母様にからかわれていたっけ……。


 当時は、私も一緒になって叔父様をからかっていたけど……でも、私は知っている。

 魔眼を持つ私には()えていたのだ。


 あの纏わり付いてくる不快な黒い靄が、叔父様だけは避けていたということを……。


 そうか、あの時、すでに叔父様は『神の寵愛』を受けていたのね……。

 だから、叔父様が遊びに来た後は黒い(もや)が消えていたんだわ。


「でも、館を見もせずに断るには、相手が悪すぎますね」

「そう! そうなんだよ~、あのボルタン家だからねぇ……。手回しされたらウチなんてあっという間に廃業だし……」


 そうなるとは思えなかったけど、私はその意見に頷く。


「なら、叔父様。私が付いていきます。マーカス様には、助手とでもいっておきましょう」

「いや、フレデリカをそんな危険な場所には……」


「ふふふ、危険なんてありませんわ。それに、叔父様が守ってくださるでしょ?」

「うっ……!? も、もちろんだとも! フレデリカのことは僕がちゃんと守る……よ」


「じゃあ、問題はありませんわよね?」

「……ああ、問題ない」


 叔父様は観念したようにぐったりとなった。


「良かった! それで、次にマーカス様がおいでになるのは、いつ頃ですか?」

「実はこの後、会うことになってる……」


「まあ、それは話が早いですわね。さ、叔父様、支度をしてください」

「う、うん……そうだね、わかったよ」


 憂鬱そうに支度を始める叔父様を眺めながら、私は少し冷めたお茶を味わった。


 あのボルタン家が所有する館を手に入れるチャンスなんて、二度と巡ってこない。

 ロイヤル・ガーデンの中でも、お金じゃ買えない場所のはずよね……。


 叔父様は乗り気じゃないけど……これは、絶対に大儲けするチャンスだわ。

 だって、開かずの館が本当に呪われていたとしても、叔父様がいれば何の問題もないのだから。


「ふふっ、面白くなってきたわね」

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