幸せの感じ方
――オストラム商会・事務所。
応接室には、私と叔父様とハロルド。
そして、正気を取り戻したヨハンと渋々ついてきたベイツがいる。
「しかし驚いた……というか、まだ信じられない。本当に呪いは消えているのか?」
ヨハンは、その知的な眼差しでブラック・オルローズを眺めている。
「はい、間違いないです」
「ふぅん……。まぁ、いくら考えても俺達には調べようもない。後はこちらで調べるとしよう」
「そうしていただけると助かります」
キョロキョロと部屋を見回していたベイツが、
「ちなみに、この部屋には何か幽霊とかいるの?」と、私に聞いてきた。
「えっと……、いません」
眼鏡の位置を直しながら答える。
とっさに、昔から幽霊が見えるって設定にしたけど……まあ、魔眼がバレるよりはいいわよね。
「へー、そっか。しかし、俺もこんな風にのんびり仕事してぇなー」
「ベイツ、何ならこの場で解雇してやろうか?」
「あっ⁉ いや、無し無し! いまのは無しで!」
「ふふっ……」
思わず笑ってしまうと、ヨハンが優雅な笑みを返してくる。
そして、叔父様に目線を移した。
「さて、今回の件は我々の間だけの秘密――ということでいいのかな?」
「はい、もちろん。私達は平穏を望みます」
「……なるほど、わかった。俺達にしてみても、上にはとても報告ができる内容じゃないからな……」
そう言って、ヨハンは苦笑し、
「そうだ、何か礼をしたいのだが……」と私達を順に見た。
「フレデリカ、何かあるかい?」
「いいえ、叔父様。農園のご主人から、たっぷりお野菜を分けていただく約束もしましたし……」
「フッ、そうか。なら、気が変わったら連絡をくれ」
ヨハンがテーブルの上に一枚の名刺を置いた。
『時計修理承ります――ラルフ時計店』
「……時計店?」
「知り合いの店だ、『雨の日用の時計を修理したい』と言ってくれると俺に繋がる」
「え、そんなんだっけ?」
ベイツがきょとんとした顔で言うと、ヨハンは不機嫌そうな顔で一瞥し、そのまま何も言わなかった。
「わかりました。ありがたく頂戴しておきます」
叔父様が名刺を手元に置くと、ヨハンとベイツが立ち上がった。
「見送りはいい。世話になったな――」
二人は私達の言葉を待たずに、そのまま事務所を出て行ってしまった。
「ふぅ~……」
「はぁ~……」
私達は空気が抜けたようにソファにもたれた。
「あのヨハンって奴、ニコニコしてるけどさ……ずっと尋問されてる気分だったぜ……」
ハロルドがやれやれとソファの背に頭を乗せて天井を見上げた。
「確かに、生きた心地がしなかった」
「え? 叔父様は平気そうでしたけど?」
「ううん、やせ我慢だよ。弱いところを見せちゃ駄目な相手だろうからね……」
「なあ、その……ふたりはこの仕事を続けていくのか?」
ハロルドの言葉に私と叔父様は顔を見合わせた。
「そのつもりだけど?」
「なら、オレも一枚噛ませてくれないか? いいだろ? 仕事を見つけて来てやるよ」
「うーん、私としてはもっと普通の仕事を……」
「ヤバそうなのある?」
「あるある! 実はさ、これもエクソシストやってた頃に聞いたんだが、ある港町に幽霊船が出る洞窟があるとか……」
「幽霊船⁉ 何だか凄そうね!」
「ちょ⁉ 駄目だよ駄目! ハロルドくんも変な話を持ち込まないでくれ!」
慌てた叔父様が私達の間に入った。
「へへ、やっとオレの名前を呼んでくれたじゃん」
「これは……決まりってことでいいのかしら、叔父様?」
「ち、ちが……」
「よぅし! そうと決まれば、ネタ集めだな」
ハロルドは茶を飲み干し、「じゃ、また連絡する」と言って、事務所を飛び出していった。
「あぁ……」
叔父様が伸ばした手を引っ込める。
「ふふ、少し賑やかになりそうですね~」
「……そうみたいだね」
観念したようにうなだれる叔父様。
すべてを知って、何も変わらない叔父様もすごいけど、不自然だと思っても自分からは敢えて尋ねてこないハロルドの勘の良さにはちょっと驚いた。
もしかしたら、彼にも話せる日が来るのかもしれない。
「叔父様、紅茶のお代わりはいかがです?」
「うん、じゃあもらおうかな」
「はーい」
ノックスのことも気になるけど、精霊には精霊のタイミングがあるのかも。
まあ、気長に待つことにしましょうか。
今日、こうして叔父様と美味しいお茶が飲める。
それだけで、十分幸せなのだから。
これにて完結となります。
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