ブルゴール王立図書館
「いやぁ~、フレデリカが読書好きだなんて嬉しいなぁ!」
「大袈裟ですよ……」
道行く人は(特に女性)皆、叔父様の姿に目を奪われている。
こうして一緒に歩くと、いかに叔父様が規格外のルックスなのかを実感できてしまう。
「でも、どうして急に図書館なんだい? 街の古書店も意外と掘り出し物があるよ?」
「それは、ちょっと調べたいことがあったので」
「ふぅん……ま、私は可愛い姪っ子と図書館デートができるだけで嬉しいよ」
「オ、オホン! 叔父様、あまり冗談でもそういうことを仰らないでください」
「えー、冗談じゃないんだけどなぁ……」
「と、とにかく! 早く行きますよ!」
私は早足になり、すぐ先に見えているブルゴール王立図書館へ急いだ。
図書館を利用するには、国が発行した入館証が必要になる。
残念ながら私は持っていないので、叔父様の入館証で一緒に中へ入れてもらうのだ。
緩い坂のような横長の階段を上ると、まるで神殿のような大きな建物が。
「うわぁ……間近で見るのは初めてです。大きいですね……」
「何でも、王国ができる前からある建物を使ってるらしいね」
「へぇ……そうなんですねぇ……」
キョロキョロと周囲を見回していると、叔父様が私の手を引いた。
「さ、行こう。ここは広いからのんびりしてると日が暮れちゃうよ」
「あ、はい、わかりました」
叔父様と並んでエントランスに向かう。
司書の制服を着た男性が、名簿のような物を手に声を掛けてきた。
「こんにちは、入館証を拝見します」
「ええ、どうぞ」
叔父様が司書さんに入館証を手渡した。
司書さんは表裏を確認した後、「ありがとうございます」と入館証を返しながら、「えっと……そちらは……」と叔父様に伺うように、私の方に目線を向ける。
「私の自慢の姪です! ご覧の通り、美しさもさることながら、とてもとても聡明な子でしてね。今日も調べ物があると言って、図書館に行きたいなんて言うものですから、叔父の私が一肌脱ごうと案内役を買って出たのです。あぁ、こんなに可愛いのに賢い上に勤勉だなんて、神様は一体、どれだけこの子を愛しているのかと……」
「オホン! 叔父様、身内びいきは程々にお願いします。司書様がお困りですわ」
「あ、いえいえ、仲が良さそうで何よりです。では、私は仕事がありますので……」
司書さんは苦笑いを浮かべながら、その場を逃げるように去って行った。
「ほら、絶対呆れてましたよ……恥ずかしい」
「そんなことないって、フレデリカは自己評価が低すぎるんだよ。きっと、フレデリカが可愛くて照れたんじゃないかな」
「はあ……もういいですから、早く行きましょう」
私は叔父様を置いて館内に入った。
「わぁ……すごい」
いくつもの大きな書架が等間隔に続いていた。
あまりに広くて先の方がはっきりと見えない。天井は高く、壁一面が書架で埋め尽くされていて、手すりの付いた二階廊下を行き交う人や、階段で座って本を読んでいる人が見える。
「どう? 私も初めて見たときは胸が躍ったなぁ」
「はい、ここに住みたいくらいです……」
叔父様がクスッと笑う。
「何で笑うんですか?」
「いや、私と同じことを言ってるなと思ってね」
「え……」
何だか恥ずかしくて思わず顔が赤くなってしまった。
「歴史書を読みたいんだよね?」
「あ、はい! そうです……」
「じゃあ、こっちだね」
叔父様はかなり詳しいらしく、迷わず歴史関係の書物が集まっている場所に案内してくれた。
「歴史系なら、この辺りが一番あるかな」
「わぁ、ありがとうございます。早速探してみます」
「じゃあ、私はあの柱の辺りにいるからね」
「わかりました、終わったら探しに行きます」
叔父様は小さく手を振って、柱の方へ向かって行った。
何か調べ物があるのかな。さて、私も調べないと……。
オルローズ家、オルローズ家……。
『ブルゴール名家一覧』『ブルゴール王家』『爵位と責務』……中々、オルローズ家を書いた本は見つからない。一応、王族だし公爵ともなれば、誰かしらが纏めてあっても良いと思ったんだけど……。
その時、ふと、一冊の本に目が止まった。
『悲運の妃 クレア・ソレル その生涯』
この名前……。確か、沼で見たあの名前だわ――。
私は本を手に取り、近くの椅子に腰を下ろした。
本を開き、ゆっくりとページをめくっていく。
――クレア・ソレルは二代目ブルゴール王の寵愛を受けた側室である。
当時、内乱の続いていたブルゴール王国では、辺境伯であったディミトリ家が疲弊した王家に代わり、反乱分子の鎮圧にあたっていた。
ブルゴール王はディミトリ家の武力に脅威を感じていたが、内乱を収めるためには、彼等の力を頼る他なかった。
ある時、王都でディミトリ家の将校達を労う晩餐会が開かれた。
そこで辺境伯、アルナー・ディミトリはクレア・ソレルと出会ってしまった。
二人は一目で恋に落ち、その想いは日ごと膨らんでいった。
しかし、クレアは王の側室であり、ディミトリが手を出して良いような相手ではない。
だが、それを承知の上で、ディミトリは内乱を収めた褒美に、クレアが欲しいと王に願い出たのだった。
それを聞いたブルゴール王は激怒し、ディミトリを元の辺境地へと追放した。
すでに恋仲であったディミトリを追い、クレアは王都を密かに抜け出す。
それを知り、怒りと嫉妬で我を失ったブルゴール王は、配下の呪術師に特別な指輪を作らせた。
そして、ブルゴール王は二人を認めると公言し、婚約の祝いとして呪術師に作らせた呪いの指輪を何食わぬ顔で贈ったのだ。
クレアは年の離れたブルゴール王のことを嫌っていたわけではない。
むしろ、父のように慕っていたという、当時の侍女の証言もある。
ディミトリも自らの不義を許したブルゴール王の器の大きさにふれ、人目をはばからずに涙したと言われている。
だが、二人の記録はここで途絶えている。
結婚式の日時は記録されているが、その詳細はどこにも記されていない。
わかっているのは、式の翌日に二人は忽然と姿を消してしまったということ。
そして、ブルゴール王から贈られた指輪だけが式場に残されていたということだけだ。
え……。何なの、この救われない話。
男の嫉妬って怖い……。
まぁ、指輪の背景はわかった。
でも、なぜ沼でこの情報が視えたのか……。
しばらく考えてみたが、何も思いつかなかった。
「手掛かり無しか……」
本を戻し、叔父様のところへ行こうとした、その時――。
『主、ここにいたのか』
「わっ⁉」
本をすり抜けてノックスの顔が目の前に飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと⁉ 驚かさないでよ!」
『主、シ~! 声が大きい』
ノックスは口元に丸っこい手を当てる。
『あ、ごめん……』
私は念話に切り替えて話を続けた。
『あの沼に人間がいたぞ。まったく、人間は不思議なことを考えるもんだ』
『え? どういうこと?』
いないと思ったら、ちゃんと沼まで付いてきてたのか……。
『あそこには……成れの果てが沈んでいる、というか沈められたのだな。呪いを解くために』
『成れの果て……?』
ノックスの言葉がいまいち霧がかかったように理解できない。
『まあ、それはいずれ。簡単に言えば、主の飯の種が沼に沈んでいるってことだ』
『えっ! もしかして……指輪が⁉』
『主は視えていただろう?』
『いや、そこまで考えが至らなかったわ……恐ろしげな大蛇と、指輪の情報が視えただけ』
『ほら、全部視えてる』
そう言って、ノックスはスッとまたどこかへ消えてしまった。
「あっ……ちょっ! もう、いつも急なんだから……」
でも、ノックスのお陰で呪いの正体を確信した。
間違いない。沼に沈んでいるのは、あの『ブラック・オルローズ』だわ。




