決別の日
自室に入り鍵を閉めた後、私は大きくため息をついた。
「はぁ……」
震える自分の手を、ぎゅっと握りしめる。
脚も微かに震えていた。
「平気だと思ってたんだけどなぁ……」
いまさら、父に何の期待もしていない。
むしろ、こうなることをずっと望んでいたはずだった。
でも、いざ面と向かってあんな風に言われると悲しくなってしまう。
本当に私ったら、どこまでお人好しなんだろうか……。
気持ちが深く落ち込みそうになって、思いとどまる。
ぶるぶると顔を振り、深呼吸をした。
――違うわ、ちょっと驚いただけよ。
あんな強面に大きな声を出されたら、誰だって怖いもの。
それか、あの黒い靄のせいかも知れないわね……。
そうよ、悩むことなんてない。
これで、この家から離れられるじゃない。
そう思うと、少し肩が軽くなったような気がした。
父に言われるまでもなく、来年18才の成人を迎えたら家を出るつもりだった。
母から相続した洋館を住めるように手直ししたのも、この日のためだ。
鏡台に置き忘れていた魔眼封じの丸眼鏡を掛ける。
裸眼だと見たくないものまで視えてしまって、これがまぁ、とにかく疲れるのだ。
あまり視過ぎると、翌日はベッドの上で過ごすことになってしまう。
「ふふっ、一年も早くここを出られるなんてね」
鏡を見ながら手早くブラシで髪を梳かし、クローゼットに用意してあった旅行鞄を取り出した。
お気に入りの帽子をかぶり、姿見の前で体を捻りながらポーズを決める。
「うん、いい感じ」
忘れ物がないかざっと確認。
廊下に出て、自分の部屋を振り返る。
最後は寂しくなるのかと思ったが、全然そんなことはなかった。
「さようなら――」
誰も居ない部屋に向かって別れを告げる。
外の世界へ向かう足取りは羽のように軽い。
これから、私の新しい人生が始まるのだ――。
希望に胸を膨らませながら玄関を出ようとした時、後ろから父に呼び止められた。
「フレデリカ! お前とは二度と会うこともない。せめてもの情けだ、あの洋館はくれてやろう。フンッ、私の慈悲に感謝するのだな」
振り返ると、父は汚い物でも見るような目で私を見下ろしていた。
もう遠慮することはないわよね――。
「ははっ、ご冗談を……。お忘れですか? あの洋館は母が私に残した物です。法的にも常識的にも、所有者は私以外の誰のものでもありませんわ」
「なっ、なんだ、その口の利き方は!?」
眼鏡を掛けていたので、珍しく狼狽えた父の顔が見えた。
――これで父とも最後ね。
私は帽子を取り、丁寧にスカートを広げて別れの挨拶をする。
「オーエン・ギルマン男爵、今までお世話になりました。これより、私はオストラムを名乗ります」
「フンッ……アレの旧姓か。これ以上家名を汚さ――」
「では、ごきげんよう」
父の言葉に被せ、にっこりと笑みを浮かべた。
そして、踵を返した後、帽子を被りなおし、颯爽と生まれ育ったギルマン家の外へと足を踏み出した。
後ろで父が怒鳴っているが知ったことではない。
もう、二度と会うことは無いのだから。
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