オルローズ
「おい、どうしたんだ? おまえ、何か変だぞ?」
ハロルドが私の顔をのぞき込む。
「あ、うん、大丈夫。ちょっとね」
どうしたものか……。
普通に考えて、叔父様に浄化してもらえば問題はないと思うんだけど……。
これだけの大物となると……もし、万が一、叔父様の身に危険があったら……。
ここはもう少し、情報が欲しいわね。
私は眼鏡を外し、ゆっくりと周囲から沼を視て回った。
大蛇は眠っているのか、動く気配はない。
こんな大きな蛇、生きていたらとんでもないことになりそう。
どうして突然、この沼に現れたのか……。
そう考えた時、脳裏に情報が浮かんできた。
・ブラック・オルローズ 二代目ブルゴール王の側室であったクレア・ソレルが所有していた黒い貴石の指輪。所有した者が相次いで死んだことから呪いの指輪と呼ばれ、現在はオルローズ公爵家に家宝として封印されている。
「え……」
なぜ、沼を視てこんな情報が浮かぶのかしら……。
でも、この宝石の話は小さい頃にママから聞いたことがある。
とても強い呪いは、強い加護にもなるんだって……。
かのオルローズ家が、敢えて強力な呪いを取り込むことで他の災いから家を守っているのは、貴族の間では公然の秘密となっている。私も気づいた時には当たり前の事実として知っていた。
なぜ、ここでオルローズ家が……。
沼と宝石……? 駄目だ、何も思いつかない。
「何か見つかったかい?」
「叔父様……。いえ、いまのところは……何も」
「そうか……それにしても、いったい、何が原因なのかさっぱりだね。見たところ沼の水も綺麗だし、水路も問題ないそうだよ」
「そうですか……」
どうしよう、叔父様に沼に触れてもらえば……。
でも、何だか嫌な感じがする……。これで何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
きっと、他に何か手掛かりがあるはず。
旦那さんには悪いけど、少し調べる時間が必要ね。
「叔父様、出直しましょう。ちょっと調べたいことがあります」
「え? あ、ああ、私は構わないが……」
私は叔父様と二人で、ハロルドと旦那さんのところへ戻った。
「あの、ご案内していただいたのに申し訳ないのですが、少し調べたいことがあります」
「あんれ、そうなの? まぁ、俺は構わねぇから、先生方の良いようにしてくだせぇ。種まきのシーズンは終わってるでなぁ。来年までは、どのみち暇だもんよ。ははは」
旦那さんはあっけらかんと笑った。
「ありがとうございます」
私は旦那さんに頭を下げ、叔父様とハロルドに目配せをした。
「じゃあ、さっさと日が暮れないうちに山を降りようぜっと――」
ハロルドが沼に小石を投げる。
一瞬、ヒヤッとしたけど黒い大蛇が動く気配はなかった。
不気味だわ……。なぜ動かないのかしら……。
「フレデリカ? 沼に何かあるのかい?」
「あ、いえ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって……」
「家に帰れば好きなだけできるよ。さ、今はしっかり足下を見て。山で油断は禁物だよ?」
叔父様は微笑み、私の手を取った。