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農園の夫婦

 私達三人は、オーディナルの南東にある農村を訪ねた。


「あそこに見えている家だ」


 ハロルドがオレンジ色の屋根の家を指さした。


「さ、叔父様、早く行きましょう」

「う、うん……」


 まだ気が乗らないのか、叔父様の足取りは重い。

 その様子を見てハロルドはやれやれと鼻を鳴らした。


「情けねぇなぁ」

「ほら、ハロルドに笑われちゃいますよ」


 叔父様の背中を押して、半ば強引にオレンジの屋根を目指した。


 家の前に着き、辺りを見回す。

 畑が広がっているが、中に土のままの畑がいくつかあった。


 あれが問題の畑かしら……? とにかく、話を聞いてみないと。

 私は少し開いた戸口から、中に向かって声を掛けた。


「ごめんくださーい、どなたかいらっしゃいませんかー?」


 しばらく待っても返事が無い。

 留守なのだろうか?


「うーん、留守のようだし、これは縁がなかったということで……」

「叔父様」


 キッと視線を向けると叔父様が慌てて口をつぐみ、顔をそらした。


「なぁ、この時間なら畑にいるんじゃないの?」


 家の壁にもたれながら、ハロルドが面倒くさそうに言う。


「そうね、ちょっとその辺りを見てみましょうか」


 畑の方へ行こうとすると、家の裏手から、麦わら帽子を被った人の良さそうなおじさんが顔を出した。


「あんれ? なーにやってんだ、おめえら?」

「どうしたんですか、あなた」


 おじさんの後ろから、同じく麦わら帽子をかぶったおばさんが顔を出す。


「あの、すみません、私たち怪しいものではなくて……」

「ん? 先生……? おい、あれ、先生でねぇか⁉」

「あら先生! 先生だわ! あなた、来てくださったのよ!」


 二人は農具を投げ出し、麦わら帽子を脱いでハロルドに頭を下げた。


「先生! お待ちしておりました! もう、何てお礼を言っていいんだか……」


 私はハロルドに目で促す。


「あ、えー、オホン。いえいえ、礼には及びません。ちょうど仕事が一段落しましてね……様子を見に伺ったんです」

「それはありがたいことですわ、さ、さ、さ、どうぞ中へ。何もございませんが、冷たい茶くらいはお出しできますので……」


 奥さんが腰を低くしながら、家の中へ手を向ける。


「助かります。では、お言葉に甘えて」

「あの先生、そちらの方々は……」

「こらまた、えらいめんこい人達だなぁ~」


 夫婦は感心したように「ほぁ~」と口を丸く開けている。


「お世辞でも光栄です」


 叔父様が胸に手を当てる。

 その凜々しい姿にハロルド以外の全員が「ほぅ」っとなった。

 身内びいきじゃないけど、やっぱり絵になるわね……。


「んんっ! んっ! では、お話も聞かせていただきたいので」


 ハロルドが喉を鳴らすと、夫婦が慌てて中へ通してくれた。



 部屋はとても綺麗に片付いている。

 ちらっと台所を見て、私は奥さんが綺麗好きなんだなとすぐにわかった。


「いまお茶をお持ちしますので、どうぞお掛けになってください」

「ありがとうございます」


 軽く礼を言った後、横長のテーブルに私と叔父様が並んで座り、向かい側にハロルド、上座に旦那さんが座った。


「お口に合わないかもしれませんが、どうぞ」


 お茶を出した後、奥さんはハロルドの隣の席に座る。


「いやぁ、助かります。実は喉がカラカラで……」


 ハロルドは茶を一気に飲み干し、「ぷはぁ~っ」と息を吐いた。


「おやおや、いくらでもありますからどうぞ」


 奥さんが嬉しそうに笑みを浮かべながら、新しいお茶を次ぐ。


「では、そろそろ本題に入りたいのですが、こちらで何か不可思議なことが起こっているとか?」


 私は旦那さんに話を振ってみた。


「ああ、んだ。もう、てんで作物が育たねぇ……。色々と試してみてんだども、だめだぁな……」

「んー、基本的に植物は条件さえ揃えば育つはずですよね?」と、叔父様が尋ねる。


「んだ。だども育たねぇ……。おらは先生方みてぇに頭はよくねぇけども、畑のことならよく知ってる。土はいい。種も問題ねぇ。やっぱり、あとは水しかねぇ」


「水……」

「水源ってやつだな」とハロルド。


 旦那さんが頷く。


「おらんちの畑だけ水が違うんよ。周りの畑は川から引いてるけども、うちのは一段、土地が高い場所にあるもんで、裏山の沼からひっぱっとんよ」

「なるほど……。畑はいつくらいから、おかしくなってきたんです?」


「なぁ、あれいつだっけか?」と、旦那さんが奥さんに尋ねた。

「二年前です。その時からぱったりと芽を出さなくなりました。雑草でさえ生えてきません」

 奥さんが小さくため息をつく。


「そうそう、そんで、近くの知り合いから、悪魔払いさしてる先生がいるって教えてもらって、これはお願いするしかねぇべよって、なぁ?」

「はい」


 夫婦は揃って頷いた。

 ここまでは、ハロルドから事前に聞いていた通りね……。

 とにかく、まずはこの目で沼を見てみないと。


「じゃあ、早速ですけど……その沼に案内していただけませんか?」

「あ、ああ、んだども……」


 旦那さんは少し気まずそうに目線を泳がせる。


「どうかしましたか?」

「……沼には近づかねぇ方がいい。山がおかしんだ、見たこともねぇ毒虫や蛇がいて、おらも何度か様子を見に行ったんだども、蛇に噛まれちまって……ずいぶん痛い目にあったんだ。呪いに違いねぇ……」

「フ、フレデリカ、見に行くのは、やめておいた方がいいんじゃないかな……」


 叔父様が私に耳打ちをした。

 いままでは見なかった虫や蛇……。本当に呪いなのかしら?

 だとすれば、叔父様がいれば問題ないわね。


「ご心配なく。もし、蛇や虫が出るようなら引き返しますから!」


 にっこりと笑って答えると、ハロルドがおでこに手を当て、天を仰いだ。

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