叔父様とハロルド
「名前は?」
「ハ、ハロルドです……」
「出身は?」
「えっと……オーディナルで……」
「オーディナルのどこ?」
「西の方です……」
「年は?」
「18になりました……」
「フレデリカとは、どういう関係だね?」
ぐっと眉間に皺を寄せた叔父様が、ハロルドに顔を近づける。
さすがのハロルドも、叔父様のただならぬ気迫に押され気味だ。
叔父様の事務所にハロルドを連れて来たまでは良かったんだけど……。
予想もしなかった叔父様の過剰反応に、私は少し戸惑っていた。
「あの、叔父様……」
止めようとすると、叔父様が私にバッと手の平を向ける。
「待ってくれ、フレデリカ。これはとても、とても、大切なことなんだ」
「でも……」
叔父様がいつになく真剣な表情で私を見る。
「いいね?」
「う、うん……」
叔父様はハロルドに向き直り、値踏みするように彼を上から下まで観察した。
「な、何だよこの人……俺は何にもしてねぇぞ!」
ハロルドは怖じ気づきながらも反抗してみせる。
だが、叔父様は何ら気にする様子も無く、淡々と台本を読み上げるようにハロルドに告げる。
「今の時点で、君が何もしていないかどうかはわからない。初対面だし、聞けば詐欺まがいのことをしていたらしいじゃないか? 君には、私の口調が失礼に聞こえたのかも知れないが、私の可愛い可愛い、命よりも大切な姪が危険にさらされているかも知れない状況で、君の心情を慮ることなどできない。理解してくれるね?」
「おい、どうなってんだよ! 何かめっちゃ怒ってんだけど!」
ハロルドが声を殺しながら私に耳打ちしてきた。
「近いっ!」
叔父様の良く通る声に、思わずハロルドと同時にビクッとなった。
「離れて」
「あ、はい……」
ハロルドが一歩、私から離れる。
「もう一歩」
さらに一歩、ハロルドが離れた。
あんなに不機嫌そうな叔父様、初めて見たわ……。
何がいけなかったのかしら。
「まったく……フレデリカが優しいからつけ込んでるんじゃないだろうね?」
「はぁっ⁉ 正気かよ⁉ 俺はお宅の姪とやらに無理矢理連れて来られたんだ!」
「あの、叔父様、ハロルドは次の仕事を紹介してもらうために連れて来たんです」
「次の仕事? 私の?」
「いえ、私と叔父様のですわ」
叔父様の顔がパッと明るくなった。
「なるほど、そうだったんだね。でも、フレデリカはそれで良いのかい? 他に何かやりたい仕事とかないのかな?」
「今は叔父様と一緒にお仕事するのが楽しいので」
「ほ、ほぅ……楽しい?」と、口元を手で隠したまま、叔父様が言う。
「ええ、でも何か他にやりたいことが見つかったら、遠慮無く相談するつもりです。だからそれまでは一緒に……いけませんか?」
叔父様が書斎机の後ろにある窓に歩み寄り、私とハロルドに背を向けた。
心なしか小刻みに震えているようにも見える。
「おい、お前の叔父さん大丈夫か?」
「しっ、黙ってて」
不満げな顔のハロルドとふたりで、叔父様が振り返るのを待った。
オホン、とひとつ咳払いをしてから、「うん、良く分かった」と叔父様が顔を向けた。
「私もフレデリカを一人にしておくのは心配だし、一緒に仕事をすることに賛成だよ」
「良かった~、ありがとう、叔父様」
「礼なんていらないよ、フレデリカがとびきり優秀なのは先日の一件でわかっているからね。手伝ってくれるなら、私も助かる」
「またまた、叔父様はお上手なんだから、ほほほ……」
「ふふふ、本当のことを言ったまでさ」
「なあ、俺、もう帰っていいか?」
呆れ顔のハロルドが横から言った。
「あ、ごめんごめん、こっちは終わったから、あの話を叔父様にお願いできる?」
ハロルドが小さく頷き、説明を始めた。
「えっと、すこし前に……ある農家の夫婦から作物が育たないと相談があったんだ」
「あー、すまない、フレデリカ。残念だが……私は農家に指導できるような知識は持ち合わせていないんだ」
「まあまあ、叔父様。最後まで聞いてください」
「え?」
私はハロルドに続けるよう目配せをする。
「……その夫婦が言うには、肥料や天候、苗などには問題はなく、種も知り合いの農家に新しく分けてもらったものを使ったそうなんだ」
「それじゃあ、なおさら私には……」
「旦那の方が、思い当たることがひとつだけあると言っていた」
「原因がわかってるなら問題ないんじゃ?」
「それが……水源である『沼』が呪われたって……」
「ん? 呪い?」
叔父様は目をぱちぱちさせながら、不思議そうな顔で私とハロルドを交互に見た。




