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呪われた沼

 今日はノックスと一緒に、オーディナルの市場へ買い出しに来ていた。


「本当に他の人には見えないのよね?」

『見えないよ』


 私の肩の上で、だらーんと(くつろ)ぐノックスがそっけなく答えた。

 ということは、私ってひとりでブツブツ言ってる変な子に見えるんじゃ……。


「人目もあるし、あんまり外では話さないようにしようかな」

『なら、言葉に出さずに念じればいい』

「そんなのでわかるの⁉」

『わかる』

「……」


 ちょっと信じがたいけど、私は試してみることにした。


『ノックス……聞こえますか……ノックス……』

『聞こえてるよ』と、ため息交じりの声が返ってくる。


『ほんとに通じるんだ……! これ、便利ね!』

『さぁ、オレはどっちでも良いから』

『ねぇ、さっきから何か冷たくない? 本当に主だと思ってる?』

『何だよ、ご機嫌とれってか?』

『へぇー、そういうこと言っちゃうんだ? 良いよ別に、もう夕飯は自分でどうにかしてね』


 シュッと私の目の前にノックスが飛び上がった。


『や、やだなぁ、主。冗談に決まってるじゃないか~』


 慌てた様子のノックスが、宙に浮きながら私の顔の周りをぐるぐると回っている。


 ――白身魚のムニエルが相当気に入ったのね。

 まさか、未来の旦那様よりも先に、精霊の胃袋を掴んでしまうとは……。


『ふふっ、いいわ。仲直りね』


 ――その時だった。

 市場の広場で何やら騒がしい気配を感じた。


「なにかしら……?」


 近くに行くと、一段高い台に乗った青年の周りを大勢の人が囲んでいた。

 あの青年の顔には見覚えがある。


 そうだ、間違いない!あれは結婚詐欺師のハロルドだ――。


「……なのです! 今は王族でさえ、宝石を盗まれる時代です! 何が起きても不思議ではない! そこでっ! 皆様の大切な資産を御守りするために、これまで培ってきた私の経験と知識を活かし、いま密かなブームとなりつつある『ブルゴール王国債券投資』について助言を差し上げたい! そして、少しでも、皆様の生活を豊かにするお手伝いができれば……。これが私の理念ですっ! しかしながら……私は一人しかいません。皆様全員をお救いすることは不可能! ですから、今日、ここでご縁のあった御方だけに、選ばれた錬金術師だけが知る門外不出の秘伝……禁断の投資手法をお教えします! ただ、これはやり過ぎると市場を破壊しかねません! ですので、人数は限定させていただきます! 予めご了承くださいませぇー」


 雄弁に語るハロルド。

 その言葉に乗せられ、皆が熱気を帯びてくる。


『お、俺に教えてくれ!』

『わたしよ、わたし!』

『ワシは儲けの二割を渡すぞ!』

『俺の方が先だった!』

『なによ! 私が一番よ!』


 皆が我先にと、順番を取り合っている。

 そして、その状況を満足げに見下ろすハロルド。


 ったく……懲りてないようね。

 私はハロルドのすぐ側まで行った。


「ずいぶんと調子良さそうじゃない?」

「へへ、入れ食いさ……って、あ、あんたはっ?」


 ハロルドの顔が真っ青になった。


「あなたも懲りないわね、次は何をやるつもり?」

「い、いや……ほら、最近、ブルゴール王国債が流行ってるだろ? だから……みんなに秘密の手法を教えてあげようと思って……。何かと物入りの時期だしさ……善意だよ、善意!」

「は? 舐めてんの?」

「いやいやいや、ほ、ホントもう悪さはしないって!」

「へぇー、ちょうど騎士団に知り合いができそうなの。あなたのこと突き出しても良いんだけど?」

「わっ! ちょ、ちょっと待ってくれよ……、俺はまだ何もしてないだろ?」

「まだ、ね」

「わかった、わかったよ! もう、ここはお開きにするから!」


 慌ててハロルドが皆に向かって声を上げた。


「お集まりの皆様! 申し訳ございませんが、たったいま、定員に達しました! ご清聴ありがとうございます、皆様に幸運が訪れますように! それでは!」


『なんだよ、早いぞ!』

『そうだそうだ!』

『おい、もう帰ろうぜ……』

『聞いて損しちゃったわ!』


 広場は騒然としていた。

 当のハロルドは、笑顔で皆に手を振り、台を降りた瞬間、その場から脱兎の如く逃げだした。


「あっ⁉」


 人混みの中をするすると通り抜け、裏路地に入って行く。

 なんてすばしっこい……。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

『追っかける?』

『うん、逃がさないで!』

『オッケー、主』


 ノックスは、ぴょんぴょんと通行人の頭の上を飛び移りながら、ハロルドを追いかけて行った。

 私も人混みを抜け、裏路地に入る。

 周りを注意深く見ながら、奥へ奥へと進んで行った。


「うわああぁっ!」


 悲鳴の上がった方へ走ってみると、ハロルドが地面に倒れていた。

 その上でノックスがふわふわと浮いている。


「だ、大丈夫?」

『死んではいない。勝手に壁にぶつかっただけさ』


 良かった、とホッとする。

 私はハロルドの顔を覗き込んだ。


「気を失ってるのかな……おーい、おーい」

「ん……んんっ……」


 ハロルドは眉間に皺を寄せ、頭を手で押さえながら上半身を起こした。


「ててて……何だいまの……ひっ?」


 間近に私の顔があって驚いたのだろう。

 ハロルドが慌てて後ずさった。


「わ、わわ……」


 心なしか顔が赤い。

 大丈夫かな……変なところ打ってないといいんだけど。


「大丈夫?」

「あ、う、うん……」


 小さく頷きながら、ハロルドは大きくため息をついて肩を落とした。

 どうやら観念したようだ。


「悪かったよ、もうしないって……」

「ならいいんだけど」


 何だか少し可哀想になってきた。

 まだ若いし、何で詐欺師になんか……。


「ねぇ、何で詐欺なんてしようと思うの?」

「……」


「言いたくないならいいけど、このままじゃ本当に捕まるか、殺されるわよ?」

「……仕方ねぇだろ」


 ボソッとハロルドが呟くと同時に、中年の女性が駆け寄ってきた。


「あぁ! 先生! やっぱり、先生じゃないですか! お元気でしたか?」

「あ……ど、どうも……」


 ハロルドが私の顔を気にしながら引き攣った笑みを浮かべている。


「ずっと御礼を言おうと探してたんですのよ~。ほら、先生に言われた通り、毎朝月明かりに翳しておいた水を飲むようにしてから体調が良くってねぇ! もう、本当に先生のおかげだわぁ~」

「そ、そう、それは良かった……ですね」


 ははぁん、さては他にも悪さをしてるのね……。

 ハロルドを見ても目を合わせようとしない。


「あら先生、こちらの可愛らしいお嬢さんはお客さんかしら?」

「あ、いや……まぁ、あははは」


 笑って誤魔化すハロルド。

 私もこの場は彼に合わせて愛想笑いを浮かべる。


「あなた良かったわねぇ、先生の言うことは間違いないわよ~。わたしが保証するわ、ほほほ!」

「へぇ、それは安心ですねぇ」ちらっとハロルドに目を向ける。

「で、では、そろそろ……私も仕事が詰まってますから、これからも体には気を付けてくださいね」


 ハロルドが話を切り上げようとすると、女性が思い出したように声を上げた。


「あ! そうそう、先生、あの方達、どうなりました? 随分と困ってらっしゃったようだけど……」

「えぇと……あの方とは?」

「ほら、あの農園をされてるご夫婦ですよ、たしか沼が呪われてるとか……」

「ああ、えっとまだ――」


 ――呪い⁉

 私はハロルドの肩を掴んだ。


「実は、たったいま、先生とそちらにお伺いしようかとお話していたんですの~」

「え?」

「ね、先生?」


 ぐっと肩を掴む手に力を込める。


「あがぁっ! そ、そうですそうです! そういうことなので……」

「まぁ良かった! これで安心ですわね。では……」


 何度も頭を下げる女性を見送る。

 二人になってから、ハロルドは困惑した表情で私を見た。


「いったい、どういうことだよ? さ、さっきのは、ちょっとエクソシストかじってた頃の客で、別に詐欺じゃないからな! 結局、1Gも取れなかったし、寝起きが悪いっていうから水飲めって言っただけだ……」

「それはいいわ。沼のことを教えて」

「沼ぁ?」

「ほら、さっきの人が言ってたじゃない、農園を営んでる夫婦が困ってるって」

「ああ、あれね。ハッ、あんなの嘘に決まってる。どうせ不作なのを沼のせいにしてるだけさ。悪魔祓いしてくれってしつこいから逃げたんだ」


 ハロルドはそう言って鼻で笑った。


「ねぇ、その夫婦に連絡は取れる?」

「え? まあ、一応……場所は覚えてるけど」


 呪いの沼か……。

 もし、本当に呪いだとしたらチャンスだわ。

 農園に伝手ができれば、我が家の食卓に新鮮な野菜が並ぶことになるわね。

 ふふふ……。


「ねぇ、私が代わりにお祓いをするから案内してくれる?」

「は? 勘弁してくれよ」

「ちゃんと紹介料も払うわよ?」


 紹介料というワードに、ハロルドが反応した。


「……本当だろうな?」

「嘘なんてつかないわよ、あんたじゃあるまいし」


「ぐっ……。ま、まぁいい。案内するのはいいが、金はちゃんと払ってもらうからな!」

「決まりね、よろしくハロルド」


「ああ、よろ――えっ⁉ 俺の名前……」

「私はフレデリカ・オストラムよ。さ、行きましょ?」

「……わかった」


 不思議そうに首を傾げながら、ハロルドは路地を歩き出す。

 まさか本名を知られてるとは思わなかったのだろう。


 ずっと黙っていたノックスが話しかけてきた。


『主、何をするつもりなんだ?』

『何って、人助けよ』

『ふーん……』

『これが上手く行けば、食卓が豪勢になるわよ~』


 ノックスの耳がピクンと動く。

 先の方で振り返ったハロルドが声を上げた。


「おーい、何してる? 行くんだろ?」

「ごめん! いま行くからー!」

『なら、オレは上から見物してるよ』


 ノックスが空高く舞い上がる。

 空飛ぶ黒猫だなんて……私にしか見えないなんて勿体ないな。

 どこかへ行ってしまったノックスを思いながら、私はハロルドの元へ急いだ。

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