旅の始まり
朝。
目が覚めると、俺は森の中にいた。
暑いし眩しいし、何だよ!
上体を起こして頭を掻きむしる。そして、ゴツゴツの地面をお尻に感じながら、昨夜の事を思い出した。
あーそういえばそうだったな。
俺達は別の惑星に来てるんだったか。
自分で言ってて違和感しかない。
昨日散々話し合ったのに、未だに現実として受け入れがたい。
「遅いぞ。今何時だと思ってるんだ」
感情のこもってない声が届く。
注意はしたものの、俺のことはどうでもいい、とか思ってるんだろうな。
こいつの名は工藤蓮。
昨日初めて会ったにも関わらず、俺に喧嘩を売りまくるバカヤローである。
「女子は?」
「川の方へ向かった。水で汗を流したいそうだ」
「そうか……」
おっと、なんだこいつ。急に前に立ち塞がりやがって。
「待て。どこに行くつもりだ?」
「女子の護衛だ。森の中では何があるかわからん。女だけでは危険だ」
では失礼して、おっと、また前を塞ぎやがる。
「待て。護衛は不要だ。俺が既に、周辺調査を済ましている」
「そうか……ご苦労」
では失礼して、おっと何だよ!まだ何か言いたげだな。
「待て。今納得したんじゃないのか!?何故川へ向う?」
「貴様……世の中の男を敵に回すつもりか?」
「お前は何を言っているんだ。それに覗きは犯罪だぞ」
「ふぅー、いいか?覗きではない。たまたま目に入るだけだ。そこを履き違えるな」
では失礼して、おっと頑固なやつだな!
「確かに、たまたま見えただけでは犯罪とは言えない。しかし!!見られた女性にとってはどうだ?偶然だろうが、必然だろうが、嫌な気持ちという傷が残る。いずれも辛いものだろ!?」
「馬鹿野郎!!お前は謝罪という言葉を知らないのか!?俺だって女を傷付けるつもりはない!だから謝罪する!
たまたま見えてしまいました。申し訳ございません!これだ!
こうして謝れば女性も傷付かない!」
「はあ!?」
「なぁ、女性の裸が最も美しく映る瞬間を知っているか?それはな、川で水浴びをしてるときだ。※持論です
濡れた裸体は、降り注ぐ太陽の光を惜しみなく吸収し反射する。
曲線に沿って光り輝く姿は、まさに天女。
その姿を見たものは、現世でありながら、現世では無いような、幽玄の世界へと誘われる。
鬱屈とした世界から解放された天女は、ただただ川と戯れており、外の世界など眼中に無い。純粋無垢な姿を曝す事だろう。
そこを目撃するのだ!!
解放された天女が自由を謳歌している様を見ろ!
そしてこう言え!
たまたま見えてしまいました。申し訳ございま……せぶうしぃぃぃー!!」
ゴンッッ!!
「変態!馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
「一条君になら、見られてもよかったんだけどなー」
「覗いてたら、あたちがボコボコにしてたわ」
演説が終わる直前に、櫻井のゲンコツが降ってきた。容赦なく俺を天へと誘う。
「ありがとう工藤君。一条君から守ってくれて」
「俺は必要とあらば、手を汚す事も辞さない。しかし、こんな幼稚な犯罪は許容できん。それだけだ」
「工藤君……」
「ちっ、カッコつけてんじゃねーぞ」
こうして俺達の、異世界生活二日目が始まった。一緒に火を囲み、食事をし、夜を超えただけあって、互いの壁はある程度取り払われていた。少なからず、会ったばかりの不信感はもう感じない。
キャンプ地を片付け、各自、身支度を整える。
「行くぞ」
工藤の合図と共に、俺達は森の出口へと向かった。
もと来た道を辿ると、そこはもう小麦畑だ。
昨日は気付かなかったが、この小麦畑……どこまで続いているんだ?
森を出て一番に思ったことは“広すぎる”だ。
太平洋のど真ん中に居る様な感覚に陥る。
地平線の彼方まで広がる小麦畑を見て、俺達は絶句した。
「え?もしや詰んだ?」
「無理ゲーくせーなこれ。ありえねーだろこの広さ」
「森に引き返した方がいいんじゃないかしら……」
「…………」
遭難確定だろこれ。
普通畑って区画とかで区切られてないのか?
どうやってこんなの収穫するんだよ!
「見ろ。あそこに小屋が見える。そこに何か手掛かりがあるかもしれない。行ってみるぞ」
「え!?え!?どこに小屋があるの?」
「私にもさっぱり見えないんだけど……うさちゃん見える?」
「ななみに見えないんだから、あたちに見えるわけないじゃない」
「あー確かにあるな。でかした工藤」
「何で男子二人は見えてるのよ。私も視力良い方なんだけど」
「櫻井さん。この二人は色々とおかしいから、おかしいんだよ」
俺達は、工藤が見つけた小屋を目指す事にした。
人がいるかは分からないが、なんらかの手掛かりが見つかるかもしれないからだ。
しかしここで木下が、一つの問題を投げかけた。
「皆重大なこと忘れてるよ。木のお化けはどうするの?」
完全に頭から抜け落ちてた。
雑魚敵過ぎて、問題にもしてなかったわ。
「それは、少し試したいことがある」
工藤は木下の質問に答えると、一人で小麦畑へ走っていった。
「工藤君!?」
「待て、良く見ろ!」
工藤は小麦畑へ進入するや否や、ゆっくりと慎重に歩き出した。
足元を注意深く観察しながら奥へと進む。
女子二人は固唾をのんで見守っている。
昨日の光景が目に浮かんでいるのだろう。その表情は、かなり心配の面持ちである。
しかし、そんな思いとは裏腹に、工藤は問題なく歩みを進める。
300メートル位は進んだか。
工藤は折り返し、俺達の下に戻ってきた。
「工藤君大丈夫!?もぉ、無茶しすぎよ!」
「試したい事があると言っただろ。そして思った通りだ。木のお化けは音に反応して起動する」
「「おおおおー」」
「工藤でかした!」
「つまり……危ない小麦畑も、皆で渡れば怖くない?」
「赤信号みんなで渡れば怖くない。みたいに言うな。全然意味ちげーだろ」
「恐らく木のお化けは、害獣から小麦畑を守る為に配置されてるんだろう。無理に戦う必要はない。極力戦闘は避けて進むぞ」
「「「おーー!」」」
小麦畑をかきわけ、俺等はひた進む。
木のお化けを起こさないよう、細心の注意を払いながら目的地を目指す。
『木のお化け、さっきから何度も踏んずけてるけど起きないね』
『木下さん、しーー!』
『恐らく、特定の生物を対象としてるんだろう。空からの鳥獣か、もしくは集団で、コミュニケーションを取りながら畑を荒らす動物か』
『お前ら少し静かにしろよ……』
『あ、やっと見えてきたよ。結構大きい小屋だね』
『あたちお腹空いてきたんだけど。だれかレタス持ってない?』
『うさちゃん朝ご飯いっぱい食べたでしょ。そんなに食べたら太るわよ』
『ななみみたいに?』
『あ?』
『俺が思うに、穀物を食い荒らす鳥対策だろう。以前そんな被害があると聞いた事がある』
『わくわくしてきたー』
『待て待て!会話が自由すぎるだろ!誰が誰に話しかけてんだよ!』
『『一条君、しーーー!』』
どう考えても納得いかねー
そうこうしているうちに、俺達は小屋に辿り着いた。道中、木のお化けが起動しなかったのは、奇跡と言っても過言ではない。
それぐらい俺以外の奴らはうるさかった。
それにしても、ぼろぼろだな。
小屋というより倉庫って感じだ。思ったより中は広そうだ。
「朽ちてるわね」
「廃墟っぽいね」
「元々こんな場所に人がいるとは思っていない。手掛かりがあればそれで良い」
木材で組み上げられた倉庫からは歴史を感じる。壁面の木材は腐り、所々穴が空いている。突風が吹いたら、崩れてしまいそうな雰囲気である。
「それじゃ入るか。って重っ!壊れてるじゃねーか」
俺は観音開き扉に手を掛け、無理矢理引っ張る。扉は重いが、地面を擦りながらゆっくりと開いていく。
中は真っ暗だな。
これだけ開ければ皆入れるだろ。
「よし、これなら入れるだろ。おい、いいぞお前ら」
振り返り、皆に合図を送る。
しかし、誰からも反応が返ってこない。それどころか、櫻井と木下は口を開けてポカーンと佇み、工藤に至っては、ピストルの銃口を俺に向けて構えている。
……何かいるな。
背後の気配を探ると、確かに何かいる。
何だこのゾッとする感じ。一体何がいやがる……
俺はゆっくりと体を捻り、背後を振り返った。
真っ暗だと思っていた室内は、実際には目の前にいるそいつの体だった。
身長2メートル程の、ゴリラのような見た目をした生物。全身真っ黒な毛に覆われ、2つの足で地面に立ち、こちらを見下ろしている。
この存在感。
全身から漂う王者の風格。
強者にのみ許される、余裕の態度。
ゴクリッ
俺の喉が唸る。
ははっ、まるでヤンキーの溜まり場だな。
倉庫の内部に視線を向けると、他にも同じ姿をした黒い生物が4匹いた。
座っている者、腕を組んでる者、寝転がってる者、全員が俺の顔を見つめている。
無邪気とも思えるつぶらな瞳は、逆に感情が読み取れず、不気味な雰囲気を醸し出している。
「オイ、人間ダゾ」
って喋れるのかよ!
目の前の毛むくじゃらが、後ろにいる仲間に一言。
そして俺に向き直ると、高速で拳を突き出した。
正直油断していた。
ボーリングの玉を床に落とした様な鈍い音と共に、俺は後ろにぶっ飛ばされていた。
ーーー
俺は小さいときから親父に、“天心傲岸流”の真髄を叩き込まれてきた。
元は中国の古武術から派生した流派らしいが、実際の記録は残っておらず、秘伝のみが脈々と受け継がれてきた。
現在の修得者は親父と俺のみ。一子相伝と言っても過言ではない。
しかし門戸は開いており、決して閉鎖的な訳では無い。来るもの拒まずである。
一条家が壊滅的に営業ができないだけだ。まぁ、修得が難しいというのも一つの理由だが。
この流派は、内功の修得に重きを置き、技術的な要素は、他の拳法からパクってきたものだ。『少林拳』『八卦掌』『形意拳』『太極拳』等から始まり現在に至るまで、武術と呼ばれるもの全て組み込みながら、アップグレードして成長していった。
だが所詮、他の武術などはあくまでおまけだ。結局のところ、内功を高めていくことこそが重要である。
それにより、攻撃力、防御力、敏捷性が爆発的に上がり、全てに応用が生まれるのだ。
内功には段階があり、体内で生み出される気の量が一定量を超えると、『一冠』『二冠』『三冠』……と練度が上がっていく。
俺は現在『四冠』
はっきり言って最強だ。自分で言うのも何だが、俺は目茶苦茶強い。
親父が『五冠』
こいつはもう人間とは言えない。スーパーサ○ヤ人だ。
泰然自若『一冠』の計
磨励自彊『二冠』が苦
志操堅固『三冠』の図
一意専心『四冠』に心底
画竜点睛『五冠』に転ず
説くに。五冠は竜へと至る。
俺が目指している境地だ。
だが先程も述べた様に。四冠でも既に最強。親父以外、俺を倒せるやつなどいない。
どんな生き物が相手でも、だ。
誰にも負けない。それが俺。
罠に嵌めようが、不意打ちしようが、多勢で囲もうが、勝てない相手。それが俺。
ーーー
「一条君!?大丈夫!?」
「一条君死んじゃったの!?」
「やばいよ!やばいよ!あたちこわい!」
「余所見するな!!目の前のこいつに集中しろ!!」
お、立てねぇ。クラクラする。軽い脳震盪を起こしてるな。
しかし凄い衝撃だった。良いの貰っちまった。
パン!パン!パン!
「こいつ!!……M17で倒れない!?」
「工藤君もっと打って!」
「痛そうにしてるから、効いてはいると思う!」
鼻から血が出てる。口の中も切ったか。血の味がする。
親父以外から怪我を負うなんてな……クソが。獣の分際で俺に一撃入れやがって。
手は……動く。足も……動く。頭もクリアになった。良し、復活したぜ。
「きゃああああーー!!来ないで!!」
「櫻井さん!」
「お前ら離れろ!!ぶっ放すぞ!!」
しゃーねー、めんどくせーけど久しぶりに本気だすか。
『四冠』王印の儀。
全開放だバカヤロー。バーストさせてやるぜ!!
体内で生み出された気が膨大過ぎて、体外に放出されるが、それを内で抑え込む。
きたきたきたー!この全能感やべー!いや、全能感ではなく全能そのもの!俺最強!
あぁ、すっげこれ。
久しぶりの感覚に意識を集中させる。
研ぎ澄まされた感覚。
王位晩餐。全ては俺の手中よ。
さて、戦況は……っと。
辺りにたちこめる火薬の匂いが鼻につく。
そう言えば、工藤のやつ発砲してたな。それでも倒れないなんて化け物か。
毛むくじゃらの化け物は、ゆっくりと櫻井に近付いていく。
櫻井は腰を抜かして動けない。うさぎと二人で身を震わせる。
倉庫の中をチラリと覗くと、他の化け物は先ほどと同じ体勢のまま、こちらの様子を見学している。
かなり余裕ぶってるな。全体的にこちらが劣勢か。
工藤はごっつい銃に持ち替えてる様だが、ここは俺に任せて貰おう。
さっきの仮は返す。スター・○ォーズの世界までぶっ飛ばしてやる。
「工藤、後は任せろ。俺がやる」
「お前!?無事だったか。無理はするな!俺がデザートイーグルでやつの頭を吹き飛ばす!」
「まぁ落ち着け。この物騒な拳銃はしまっとけよ」
「お、おい!待て!」
俺は工藤の拳銃に片手を添えて、工藤を抑えるように前に出た。
工藤は静止しようとしたが、俺はさっさと突き進んだ。
「やめて!助けて!まだ死にたくない」
「ななみに手をだすな!」
チュー○ッカもどきは、感情の読み取れない表情のまま、二人に手を伸ばす。
ゴリラの様な大きな体躯に、全身毛むくじゃらの薄汚れた体。そして無表情なその瞳。
総じて、女子二人とうさぎの恐怖を掻き立てる。
そして櫻井が、死を覚悟して目を瞑った瞬間。
「女を泣かすなよ。てめーは死刑だ」
俺の声はそよ風に乗って、この場にいる全員に届いた。
特に反応を示したのはチュー○ッカもどきだ。
勢いよく振り返りながら、背後に立つ俺の頭に向って裏拳を繰り出す。
ドンッッ!!と、まるで爆発音の様な音と共に衝撃が広がる。
先程のパンチとは比べ物にならない程の威力。常人なら頭が木っ端微塵に吹き飛んだ事だろう。
だが、本気モードの俺には全く効いていない。
俺はチュー○ッカもどきの首を右手で掴み、片手で体ごと持ち上げた。
「んだよ。そんな顔も出来るじゃねーか」
恐怖に慄くチュー○ッカもどき。
格下だと思っていた人間が、自分より強いという事実に恐怖する。
「それにしてもくせーなおめーは。死臭がプンプンしやがる。今までに、何人の人間を殺してきたんだ?」
「グゥゥオオオオォォォォォ!!」
「うるせぇよ」
掴んで分かったが、こいつは人殺しだ。体に染み付いた腐臭、血の匂い、そしてこいつの動きもそうだ。俺には分かる。
丸太のように太い首に、指めり込めせながら一層きつく締め上げる。
「ツツツツツ!!」
チュー○ッカもどきは声も出せず、苦しそうにもがき暴れる。
振り払おうと手や足を叩きつけるが、一条は微動だにしない。
「こ、殺すの?」
横から聞こえた声。
櫻井とうさぎは、怯えた顔で心配そうに俺を見つめている。
「……こいつは人を殺しすぎだ。俺には分かるんだ」
「で……でも!喋れるみたいだし……」
「余計にたちがわりーぜ。人の味を覚えた熊は人を襲い続ける。それと一緒だ。こいつは生かしておけない」
時間をかけるつもりはない。
俺は左手をポケットからだし、そのままチュー○ッカもどきの心臓を貫いた。
四本角手(貫手)主軸突貫。
貫いた左腕の根本から血が滲み出る。
非常に静かに行われた一連の動作。
左腕の栓を抜くと、血が滝のように溢れ出た。
俺の左腕は赤く染まり、その“突き”が命に達した事を物語っている。
そしてそのまま右手を離し、地面に捨て落とす。
ドシンッ!と大きな音を立てて、地面に横たわるチュー○ッカもどき。
呼吸を止め、見開いた目は光を失っている。完全に絶命したのだ。
「お前ら大丈夫か?」
俺はすかさず女子の安否確認を行った。
工藤は大丈夫だろ。男のケアはしない。自分でどうにかしろ。
櫻井や木下も理解しているはずだ。
こいつを殺したのは間違いじゃない。正しい判断をしたのだと。
二人と一匹は体を震わせ、恐怖に顔が歪んでいる。
それでもショックは大きいか……
生死のやり取り。
目の前で動物が死ぬところを、見たことがある人は少ない。
ましてや事故でもなく、目の前の同級生が殺したのだから、より一層ショックが大きいかもな。
「まぁ、なんつーかよ。割り切るしかねーぞ。こいつはヤバイ奴だったんだ。仕方ねーよ」
そう言って、俺は二人を慰めようと距離を詰める。
「ひ、ひいいいぃぃぃ!!」
「よ、妖怪!ブルブルブル」
「あたちたちに近づかないで!!」
へ?俺?
「一条!!フリーズ!!ドン・ムーブ!!」
急にアメリカンポリスかと思ったら工藤だった。銃口を俺に向けて何やってんだこいつ。
「よせ。そんなおもちゃ役に立たねーよ。俺と一戦やりたきゃ軍艦でも引っ張ってくるんだな」
デザートイーグルを玩具呼ばわりされたのが相当堪えたのか、戦慄して顔を歪める。
いや、そこツッコむ所だから。
「なぁ、そんな事してる場合じゃないだろ。ほら、中の奴らもいっぱい出てきたぞ」
『死んデルナ』
『人間に殺サレタノカ?』
屋内にいた連中が、ぞろぞろと外の様子を見に来た。
そして倒れている仲間を見て、驚いた表情を見せる。
それにしてもこの巨躯。この迫力。全体的に面積が大きいから、空間がきつきつに感じる。
動物園から動物が逃げただけで大騒ぎするんだ。こんな殺意をもった猛獣が目の前にいたら恐怖だわな。
女子達は腰を抜かして、おしっこチビリそうな程震え上がっている。
「く、工藤君。一条君の言う通り、今は化け物をどうにかしないと……」
「まだこんなに居るの……」
「もうあたちたちはおしまいだ」
泣きそうな女達を他所に、工藤の顔は涼しげなものだった。
そして一言。
「お前ら耳をふさげ」
端的に飛ばされた指示に、女子達は直ぐに耳を塞いだ。
何のことか理解は出来てない。
ただ、工藤の言葉には重みがあった。耳を塞がないとやばい、という重みが。
俺は瞬時に理解した。
工藤の手に握られた物体。その端部には赤いボタンが見える。
流石にやり過ぎだろ。とは思わない。化け物の強さは俺が良く知っているからだ。
次の瞬間、目の前で爆発起きた。
工藤よ、こりゃあ耳を守るだけじゃ足らんて。少なくともこの距離感は危なくねーか?
光、そして爆音、最後に衝撃。その過程が一瞬にして通り抜ける。
指向性地雷。
指定した方向に向って爆発を起こし、爆発の衝撃と共に中の鉄球や鉄屑を叩き込む。極めて危険な爆発物。
入口から現れた4匹の化け物は、もろに被爆した。
工藤……こいつは底が見えない。
サバイバル術、武術、武器知識、武器に関しては知識だけじゃなく、完璧に使いこなしている。
ここまで戦闘に特化した人間が普通いるか?
自分のことを棚に上げるつもりはないが、かなり現実離れしている。
俺はこれまで、数多くの戦闘を経験してきたが、こいつほどすげー奴には出会ったことない。
工藤は爆発後も眉一つ動かさず、全てを見透かすような目で俺を捉えて離さない。
喧嘩慣れしてる。隙がない……いったい日本でどれほどの経験をしてきたんだ。
「……まぁいい。一条、お前は後回しだ」
工藤はそう言うと、武器をナイフに持ち替え、俺の視界から外れた。
既に瀕死の化け物。
体の至る所から血を流し、激痛に顔を歪めている。
そんな中、工藤は手持ちのナイフを使い、一匹づつ喉を掻っ捌く。
レストランのステーキに、ナイフを突き立てるのとはわけが違う。
有象無象なら、化け物の分厚い皮と筋肉に跳ね返されてしまうだろう。それをやすやすと……
※素手で貫いた奴
俺と同じ類いの人間か。
小さいときから学び、研鑽し、実戦してきたんだろう。
そうこう考えてる内に、工藤は四匹全員を絶命させた。
服の袖で汗を拭き上げると、顔は爽やかな笑みを浮かべている。
えらく上機嫌じゃねーか。化け物を殺したのがそんなに嬉しかったのか。
「おーい。全員○したぞー」
工藤は血まみれナイフ片手に、笑顔で俺達に殺しの報告してくれた。
「ひ、ひいいいぃぃぃ!!」
「よ、妖怪!ブルブルブル」
「ああああたち、あたちたちに近づかないで!!」
ーーー
女子達は緊急会議を開くことになった。
議題は『旅の仲間に男子は必要or不要』だ。
「司会進行はあたち、うさちゃんが務めます。きのしたは必要。ななみは不要の立場です。では始めて下さい」
「私からいくよー。やっぱり女子と男子は一緒にいないと駄目だと思う。生物的に子孫を残さないといけないわけだし。男子がいないとセックルもできないよ?」
「ちょっとちょっと!急に何言っちゃってるの!誰も生物的な話しをしたいわけじゃないわよ。そんなの必要に決まってるじゃない。そうじゃなくて!私が言いたいのは、殺人鬼と一緒に旅できますか?って事」
「殺人鬼は言い過ぎだよ。せめて妖怪にして。でもそうだなー、その妖怪がいい奴なら別に良くない?」
「私は見たわよ。工藤君と一条君があの化け物の殺した時、笑ってたの。とっても嬉しそうに!猟奇的で怖すぎるわ。きっと人殺しを楽しむタイプよ」
「人って恐怖心を紛らわす為に笑うことだってあるんだよ?そこだけを切り取って、二人を不要とするのは短絡的だね。そんな一瞬の出来事にフォーカスせず、普段の行動を評価したほうがいいんじゃない?助けられた事の方が多いでしょ?」
「今は良くても、この先どうなるか分からないじゃない。私達襲われるかもよ?その可能性が少しでもある限り、一緒に行動したくないわ」
「襲われたっていいじゃん!私が二人を相手するから大丈夫だよ!櫻井さんは指でも咥えて、自分を慰めてるといいよ」
「一人でオ○ニーしとけってか」
「好きでしょ?」
「喧嘩売ってる?」
「私は事実を言ったまでだよ。ほら、ノートにもメモしてるもん。櫻井さんはオ○ニーが好きって」
「その喧嘩買った!」
「ふたりとも!話が脱線してるよ!あたちを困らせないで!」
「もういーんじゃない?櫻井さんも本当は分かってるって。男子の力は絶対に必要だよ」
「……そうね。そうだよね。何かモヤモヤしちゃってさ。人ならざる力を持ってるから、どうしても信用出来なくて」
「それについては私も同意見だよ!説明して貰おう!納得するまで!」
「木下さん。私に付き合ってくれてありがとう」
「いいって事よ。男子を丸裸にしちゃうよ。物理的に」
「物理的に?」
堅い握手を交わす二人。
話し合いは、二人の距離を少しだけ近づけた。
そして舞台は変わり、女子二人は男子二人を指差しながら“上がってこい”と促した。
これまで蚊帳の外だった俺と工藤が、無理矢理壇上へと上げられたのだ。
クソめんどくせーけど、誤解与えたままってのも気持ち悪いからな。
「それでは一般質問を始めて下さい。櫻井議員」
「うさちゃんはさっきから何をしとるん?」
「まーたこいつ変な知識詰め込んでるな。詰め込むのは綿だけにしとけ」
「木下議員と一条市長は私語を慎むように。発言を許可してませんよ」
「なんやねん市長って。腹立つ顔してるなー」
どんなにどっしりとした態度を取ったとしても、所詮うさぎのぬいぐるみ。
そこに威厳など存在しない。
「えーでは……一条市長は以前の定例会で、自身が武術の達人であると仰ってました。達人とは一体なんなんでしょう?私の知ってる達人とはかけ離れている気がします。そこのところ説明をお願いします」
「答弁を求めます。一条市長。え、反問権?今?分かりました。えー、一条市長から反問権が出ましたので、これを認めます。一条市長」
「うーん、一般人の物差しで考えられてもなー。あなた方の知ってる武術はエンタメなの。専門家の俺に質問する前に、もう少し勉強してからにして下さい。“気”って知ってますか?“内功”って知ってますか?はいかいいえでお答え下さい」
「櫻井議員」
「一般人がエンタメ武術しか知り得ないのであれば、市長が言う勉強して下さいとは少し意地悪じゃないですか?答えは勿論いいえです」
「反問権お終い?もう大丈夫ですか?はい。えーでは戻しまして。答弁を求めます。一条市長」
「何故、世に広まっている達人と、俺の言う達人の強さが違うのか。根底として、習得の難しさが影響していると思います。先ほどご質問した“気”や“内功”といったものは習得が大変難しく、努力だけでどうにかなるものではありません。それだけに、圧倒的に母数が少ないことが認識の違いに現れていると考えられます」
「櫻井議員」
「母数が少ないと逆に目を惹きませんか?メディアなどがこぞって群がり、寧ろ放っておかないと思いますが。そこのところお願いします」
「答弁を求めます。一条市長」
「知るか。俺に聞くな。メディアなんて俺の下に来たことねーわ」
「一条市長。言葉使いはもう少し丁寧に。ここは議会の場ですから」
「でしたら議長が納めて下さい。そんなのいち市長である俺に聞くことではないでしょう。メディアに聞いたらいいんじゃないですか?」
『議長になんて口を聞くんだ。これだから脳筋は』
『野蛮な猿族のオスめ』
「おい、誰だ今文句言ったやつ。議長!しっかり注意して下さい!」
「休憩?暫時休憩と致します」
「何よその態度は!もう少しリスペクトを持って話しなさい!」
「櫻井議員。勝手な発言は控えて!休憩です!」
「工藤君もその内功とか使えるの?」
「少しだけなら使える」
「休憩です!皆さん休憩して下さい!」
「もうええて!」




