事実は空想よりも痛い
十代の女の子のためにつくられたであろう少女漫画を読むたびに、わたしは。幼なじみって立場はそんなに美味しいポジションじゃないと考えてしまう。
「わたしは性格が悪いんだろう」
両手で持ち上げていた少女漫画を閉じて、枕もとの近くに乱雑に置いた。今日は、月が出ないようで窓の外は真っ暗でもない。
部屋を暗くして電気スタンドを使っている幼なじみが机に向かっているっぽい。
わたしの気のせいかもしれないが、窓の外からシャープペンシルの先っぽが紙とこすれ合う音が聞こえる。
幼なじみの息づかいさえも。ベッドの上に寝転がったまま首を大きく横に振りカーテンを勢いよく閉めていく。
それでも音は消えてくれない。胸が、心臓の音がやけに鮮明に聞こえていて。
年頃としては普通なのかもしれないけど、とても邪悪な想像をしてしまっている。身体を動かしてないはずなのに、ベッドが軋んでいるような。
両親に聞こえないだろうか? 隣の部屋の弟はもう眠っているはずだけど。
そんなことを考えながらも、指先を唾液でぬらして……わたしは。
「おはよう、アカネ」
別になんの約束をしていたわけでもないのに朝……家から出ると。幼なじみがわたしを待ってくれていた。小さい頃からの習慣なんだろうけど正直やめてほしい。
色々と勘違いをしてしまいそうになる。
「おはよう」
一応、挨拶しながらも半ば幼なじみを無視するように……わたしは早足で学校のほうに向かっていく。
いつものことで幼なじみもわたしの対応を分かっているようで、追いかけて横に並んでいた。
白い息をはきだし話題を振ってきてくれている幼なじみと会話しながら学校まで歩いていく。
なぜか、幼なじみはこんなに寒い日なのに手袋をしていない。確か、昨日はネズミ色のものを身につけていたはず。
「手袋、どうかしたの?」
幼なじみが次の話題を考えている間に……なんとなくそんな質問をしてしまっていた。
少し驚いた顔をしている。多分、わたしのほうから話しかけるのが珍しいからかな。
「へへっ、手袋に穴が空いちゃってさ。ドジだよね」
「ふーん、そうなんだ」
左手だけはポケットの中に入れずに、ぶらぶらとさせている幼なじみ。にまにまと言うのか、そんな感じの表情でこちらを見ている気がする。
「手、つなぐ?」
「アカネが良いならオッケー」
記憶が正しければ、幼なじみのほうが迷惑をかけてて。もう良いや、細かいことは考えないでおこう。
「アカネの手は、もこもこしてるね」
「手袋のおかげかと」
「寒くない?」
「それはわたしが聞くほうが正しいような」
いつもよりもご機嫌なのか……幼なじみの口数が多い。まさか手をつないでいるおかげじゃ。
「おっ。もう良いよ、アカネ」
同じ学校の生徒達が、まばらに見えてきたからか幼なじみが手をはなして、わたしから距離をとっている。
「えっと。ほら、用事を思い出したから先に行かせてもらうね」
長年の付き合いで分かるのではなく、そもそも幼なじみは嘘をつくのが苦手なんだろうな。それはそれで美点ではあるが。
「それじゃあ、昼休みとか?」
「いや。今日は」
「分かった」
「怒った?」
「怒ってない」
表情は変わってないはずだけど、わたしの機微を感じ取っているようで……幼なじみがペンギンみたいな動きをしていた。
視線はわたしじゃなくて、その少し後ろのほうを見ていると思う。
「この埋め合わせは、ちゃんとするからさ。ごめんね、アカネ」
胸の前で合掌し、幼なじみは早足で校門を通り抜けていくのを見送っていると。
「よっ。アカネちゃん、おはよう」
いつの間にか雪が降ってきていたようで、わたしの頭の上に乗っていた雪を払いながら友人であろう男子が話しかけてきた。
「おはようございます」
別に友人の名前を呼ぶつもりはなかったのだが、その顔を見上げていたら。
「カゲミヤだよ、おれの名前は」
忘れっぽいやつだと思われているようで、自己紹介をされた。
「心配をしなくても、ちゃんと覚えていますよ。クロイくん」
雪が激しくなってきたので走りだすと友人も追いかけてきた。確か、彼は陸上部だから本気をだせばもっと速いはずなのにな。
「なにか、わたしに用事でも?」
校舎の中に駆けこんで、下駄箱から上靴を取りだしつつ友人にそんな質問をした。
「可愛いアカネちゃんから、義理チョコでももらえないかな? って思ってね」
「義理チョコ」
そう言えば今日はバレンタインだったな。
なるほど。それで幼なじみも、普段よりもさらに変だったのか。
「あとで、売店でチョココロネを買うので。それで勘弁してもらえると助かります」
「ってことは、一緒に昼飯を食べてくれるんだね」
「はあ……まあ。はい」
菓子パンとは言え、お昼ぐらいに食べたいってことかな。幼なじみもバレンタイン関連で用事があるみたいだし……ま、いっか。
「それじゃあ、アカネちゃん。指切り」
「そんなに心配しなくても、覚えて」
「お願い」
「そこまで言うなら分かりました」
右手の手袋を外して指切りをする。
弟のと違い友人の小指はかたかった。
「チョココロネを一個、いや。やっぱり三個くれませんか?」
昼休み……友人と待ち合わせをした中庭の近くにある、コンビニのイートインスペースみたいなところに行く前に。約束をしていた通り売店でチョココロネを買っていた。
陸上部だし、三個でも物足りないかもしれないけど。廊下なのに、幼なじみがわたしの横を走り抜けていくのが見えた。
でも、遅いな。歩いているわたしにも追いつかれるぐらいだとは。
幼なじみも、中庭のほうに向かっていると思ったが三階に上がっている。
確か……今は大学受験の関係で自由登校になっているから、ほとんど空き教室で。
友人との待ち合わせの場所に行くには一階に下りなければならないのに、わたしの足が勝手に動き……幼なじみを追いかけて階段を上がってしまっている。
わたしはなにがしたいんだろう?
幼なじみのことを好きなのは認めるけど。
そんな純粋なものじゃない。こんな風に、普通の女の子みたいに気になっている存在を追いかけるような。
いた。
角から顔だけを出して……廊下の奥の行き止まりで逢い引きをしている幼なじみを。
違う違う。わたしが見たいのは、それじゃない。チョコレートを渡して、うれしそうにしているところを。
涙が出ていた。なにが理由だろう?
幼なじみがキスをしていて……やわらかく大きな胸を触られているからか。
なにかに絶望してしまって、あふれてきている涙を拭きながら、きびすを返すと。ただの友人のクロイくんが立っていた。
「あー、すみません。約束の時間を」
「屋上に行こう。アカネ」
朝とは違って、友人はどこか真剣だ。手を握られ……屋上へと続いている階段を一緒に上がっていく。
屋上につながっている扉には……鍵をかけられていて開かなかったからか、その近くで音が響かないていどに壁ドンをされた。
驚いて、チョココロネを三個とも落としてしまう。そちらに視線を向けて、開いていた口を塞ぐように。
友人がわたしにキスをしてきた。舌がくっつき、なんだかぬるぬるとしている。
わたしの口の中から、舌をゆっくりと引き抜き。
「ごめんね……アカネちゃん。ヨウタにその気持ちを伝えられなくて傷ついているのに」
友人は同情してくれているつもりのようだけど、それは勘違いだった。
わたしが好きだったのは幼なじみのアサヒちゃんだけど。言わないほうが良さそうか。
それにしても男子の趣味は分からないものだな。てっきりアサヒちゃんみたいな明るめの茶髪のほうが多数派だと。
「アカネちゃん、もう一回。キスしても良いかな?」
わたしの地味な黒髪を触りながら、友人が顔を赤くしている。
「さっきは無許可だったような」
「良いかな?」
「あー、はい。どうぞ……オッケーです」
友人が唇を重ねてきた。良い感じだったのに全く舌をからめてこない。
キスをしている時は、目をつぶるのが普通なのかな。友人の真似をするようにまぶたを閉じていく。
いつもと同じように邪悪な想像をする。
いや。今日、頭の中でめちゃくちゃに襲われているのはアサヒちゃんじゃない。絶対にそんな縁はないと思っていた、わたし。
乱暴に制服を破り、下着を剥ぎ取られて、男子しかもっていないものを今はぬれてないところに強引に。
「わたしで良いの?」
薄く目を開け、唇をはなしてしまった友人の顔を見上げる。言葉足らずなので、説明を追加しようと思ったのに。
「むしろ、アカネちゃんじゃないと駄目」
「そうですか」
断る理由もないし……今日みたいに。もしかしたらが起こるかもしれない。
もしかしたら目の前のわたしの彼氏が。
「ふふっ」
「アカネちゃん。今のは反則」
強引に口の中に舌をねじこんで、わたしの制服を半ば乱暴に脱がせた。
「可愛らしい下着だね。アカネ」
あのクロイくんが……まな板の上に置いた死んだアイナメを見下ろす時と同じ目つきになっている。
「両足を広げて」
「はい」
今朝、指切りをした。ごつごつとした小指ではない、ぬれたもっと太くてかたい人差し指や中指がわたしの下半身に近づいてきた。
「痛かったら、ちゃんと言ってね」
「んーん。痛いほうが好き」
「大丈夫なの?」
「へーきへーき」
痛みをやわらげようと気づかってなのか、ゆっくりとねじこんでいる。わたしが頭の中だけで想像していた以上に。
思わず出てしまったわたしの声をかき消すように、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえた。