20話 10歳
「まあまあ」としばらくウィルになだめられていたが、もはや自分の機嫌が悪いのか何なのか疲れてよく分からなくなっていた。
そんな自分にも混乱してしまって、どうしたら落ち着けるのかがわからなかった。
「でも、素直に嬉しかったよ。まさか僕と離れることが、君にとってそんなにショックな事だとは思わなかったから。君の中で少しは大きな存在になってたって事かな」
リズは全力で否定しようと思ったが、やめた。
ウィルがあまりにも嬉しそうな表情をするから言い返す気が失せたのだ。
そのうえ泣き疲れてぐったりしていて噛み付く気力もない。
「安心してね。次、いつ会いに来れるか分からないけど、必ずまた来るから。でも、そうだね。そんな約束だけじゃ不安だろうし、」
うーんと考える素振りをすると、「そうだ」と言って、「文通でもしようか」といった。
リズは顔を顰める。
「絶対いや」
「手紙のやり取りだけでもきっと楽しいよ。それにまめに書くよ」
「別にいらない」
「必要なら恋人っぽく書こうか」
「絶対に書かない!!」
そんなリズとのやり取りにウィルは笑みを浮かべていたが、少し諦めたように肩の力を抜いた。
「まあ、気が向いた時だけでいいからさ」
リズはチラッとウィルの表情を見上げると、気まずそうな表情を浮かべた。
「……時々、字の練習のついでなら、書くかもしれない」
ウィルは目を瞬かせたが、次第に笑みを浮かべた。
「じゃあ毎日書かないといけないね」
リズは「じゃあってどういう意味よ!私の字が汚いってこと!?」と強く言い返そうとしたけれど、やめた。
だって、あまりにも嬉しそうな表情の浮かべるのだから。
こいつにはどう頑張っても敵う気がしない。
「実は入学の諸々の準備の合間に抜けてきたから、まだやることが残っているんだ。だから今日はこれで失礼するよ」と言ってウィルは帰って行った。
ノアには会わなくて良いのかと聞いたが、また時間を見つけて会いに来るからいいとの事。
それにと、ノアは直接会って話さなくても勘違いはしないだろうと言われた。
その言葉にムッと、「あんたが最後だとか勘違いさせるようなことを言ったんでしょ」と言い返せば、「だってちゃんと説明しようとしたら部屋に君がいなかったから」と言われて結局リズの方が気まずい思いをするだけだった。
リズは自分の部屋へと戻る。
ノアを探しに部屋に戻ってきたのだが、ノアが戻ってきた様子はなかった。
まあ、ウィルが外にいたという事は部屋に出迎える人物が、つまりはノアが部屋にいなかったという事なのだからそんな気がしてはいた。とはいえ、そうなるとリズが思い当たる場所といえば一箇所だけだった。
少しだけ、隙間の開いている部屋の扉を開ける。
リズはほとんどこの部屋を利用することは無い。
ただ、ノアは暇さえあればこの部屋を訪れる。
その度にノアの首根っこを引っ張って外に連れ出していたわけなのだが、とにかくノアがここに居ることは間違いないなかった。
だって現に、目の前には今、床に大量の本を広げながら、リズが来たことにも気づかずに本に没頭するノアの姿があるのだから。
リズは書斎に入りノアの目の前に立つと、いつもするように仁王立ちで両手を腰に当てた姿勢のまま、息を大きく吸い込んで言葉を発しようとした。けれどその瞬間にピタリと止める。
しまった。いつもの調子で声を上げるところだった。
と、リズは気を取り直して声をかける。
「ノア」
いつもは大声を上げないと気が付かないくらい本に集中しているノアだが、今日はすぐに反応して本から顔を上げる。
「あれ、リズ。どうしたの?」
コテンと首を傾げているノアに、リズは拍子抜けしてしまう。
すんでのところで出そうだったため息を飲み込みながら口を開く。
「ウィルが、今日で会いに来るのは最後だって言って帰ったわよ」
じっとノアがリズの顔を見つめる。
「な、なに」
「いや、リズ、泣いたの?」
あ、とすぐにリズは自分の目を隠した
「ちがっ、これはあいつが勘違いするようなことを言うから、驚いて思わず」
そんなリズの言葉にノアは全て合点がいったように頷いた。
「なるほど、ウィルに最後だって言われて思わず大泣きしたけど、それが実はリズの勘違いだったって事か」
「な、な、な」
ノアは何も知らないはずなのに、まるで見ていたように言われてリズは言葉を失った。
「お、大泣きしていたかどうかは分からないでしょ」
「リズがしんみり泣く姿とか想像できないし」
「わ、私だってしんみり、しめやかに泣くことぐらいあるわよ!」
「いや、それはありえな、というかリズが否定するところはそこじゃないでしょ」
と、ノアは遠い目をして言った。
「まあでも、つまりはしばらくウィルは会いに来れないってことなんでしょ?」
「そ、そうだけど、………普通、今日で最後だって言われたらもう二度と会いにこないって思わないの?」
「いや、それはないね」
「どうして?」
「いや、それはだって、」
ノアがリズの顔を見やれば、本当に分からないといった困惑の表情を浮かべていた。
「あぁ、や、うん。そのうちわかるよ、きっと」
目を逸らしながら言うノアにリズは首を傾げた。
「なんなの……、というかノア、こんなとこに引きこもって何を調べてたの?」
ノアが何かしら調べものをしていたということは床に散らばっている本を見ていて分かった。
というのも、本は全て動物に関するものばかりでノアの目の前にある本は色々な動物について書かれている図鑑だった。
「いや、考えてみたんだけど、相性っていうのは自分に近しい存在、ということなんじゃないかと思って」
「……何の話?」
「……いや、魔法についての話だけど、」
「ああ」とリズが思い出したという反応をするとノアは項垂れた。
「まあいいや。だから、自分と似た動物になら変身できるんじゃないかと思って調べていたんだよ」
「調べてたって、何をどう調べるの?」
「動物って言っても色んな種類がいるでしょ?僕たちが知っている動物なんてほんのひと握りでしかないんだから、そもそも調べてみないことには自分と相性の良い動物なんてのは分からないと思ったんだ」
リズは目を瞬かせた。
「……もしかしてノアも動物に変身したかったの?」
そう聞くとノア目を瞬かせて困ったような呆れたような顔をした。
「当たり前でしょ。リズばっかり楽しんでたけど、僕だって魔法を使ってみたかったんだから。リズはすぐ鳥の姿に変身ができたけど、僕はいまだに魔法の使い方が分からないし、リズみたいに空から飛び降りようなんて発想、というか度胸なんて無いから、リズとは違った方法で探すしかないんだよ」
リズは座り込んでいるノアと高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。
そして少しだけしゅんとした顔で口を開く。
「……ごめん、ノア。私ひとりで盛り上がってて、ちゃんとノアの気持ち考えてなかった。ごめんなさい」
今思い返してみれば、ノアの気がたっていたのはそのせいだったのかもしれない。
ノアはいつも、リズの後ろを追いかけているイメージだった。でも、最終的には何だかんだで2人とも同じ歩幅で進んでいる。ノアは器用で、難しいこともそつ無くこなすからすぐにリズに追いつくし、逆にリズができなくて立ち止まってしまえば一緒に立ち止まって待っていてくれたから。
だから、リズは気づけなかった。いつも2人のバランスを取っていたのはノアで、そのノアが先を行くリズにおいていかれていたことを悩んでいたことに。
「ノア」と言ってリズはノアの手を握った。
「何でリズが寂しそうな顔するの」
ノアは苦笑いをする。
「別にそこまで気にしなくてもいい、というか、いつもそんな事気にもとめないくせに、こんな時だけ、まったく」
ノアはリズの手をギュッと握り返した。
「別にリズが思ってるほどは落ち込んでないよ。それに、すぐにリズにはおいつけるんだからね」
ノアが笑えばつられてリズも笑う。
「うん、知ってる」
リズは足元に散らばっている資料に視線を向けた。
「よし!私もノアのお手伝いするね。えーと、」
そう言ってリズが目を向けたのは、ノアが今さっきまで見ていたページのようだった。
「なになに、その特徴は、毛が茶色で顔が赤くしっぽが長いことで知られている。知能が高く、非常に狡猾で俊敏。木登りが得意で、ほとんどを木の上で生活する動物…………」
リズは一旦そこで止めてノアの顔を見上げる。
ノアはサッと目を逸らした。
「どうしてこのページが開いてあるの?」
リズがニコッと微笑むと、ノアは目を逸らしたまま引きつった笑みを浮かべた。
「ねえ、ノアと似ているからっていう理由ではないんでしょ?」
「いや、その、やっぱり何かを調べる上で、最初に立ち返って考えるのが大切って言うでしょ?ほら、原点に立ち戻るというか、」
「原始まで立ち戻る必要ないでしょうが!」
「いや、遺伝子学的にも近しい存在だし……」
「でもそれで相性がいいということにはならないでしょ?」
「いや、リズは結構相性良いと、」
「は?」
「何でもない」
これ以上口を開くと余計なことしか口にしそうになかったノアにとって、黙るというのは懸命な判断であった。




