19話 10歳
リズは飛びながら部屋へ戻る道中、木陰の中で金色に光る物が目に入った。
思わず飛行を止めてそちらに目を向ける。
光ったのはどうやらブロンドの髪のようで、ウィルが木の根元に腰掛けて読書をしていたのだ。
屋敷にはノアがいるため2人で話しているかと思ったが、なぜだかここに1人でいる。
不思議に思いつつ、リズはひとまず、ウィルを見下ろせる木の枝で羽を休める。
そしてリズが視線を上げた時、一瞬だけウィルの姿に惹き付けられた。
なんというか、改めて思い返すと、ウィルの姿をしっかりと見たのは初めてかもしれない。
基本的に会話中もパーティの時だってそんなにまじまじと眺めたりはしなかったし、それに見ていたとしても、普段のリズは敵対心の方が勝っていたため相手の容姿にまで意識が向くことは無かった。
こうして冷静になって、客観的に彼の姿を見れば、確かに周りの女の子が騒ぐのもわかる気がした。
リズだって、絵画や風景を見て綺麗だと思うことはある。
今の彼の姿は一枚絵のようで、揺れる木漏れ日の中、一瞬だけ魅入ってしまったことは確かだった。
そんな彼が本のページを捲りながら、こちらに急に視線を向けてきた時にはドキリとした。
青空を写したような、深い青の瞳が太陽の光に反射してこちらを見つめる。
パチリと瞬いた彼が、なんの戯れかこちらを見つめながら手をかざして、「おいで」と言い出した。
リズはびっくりして固まってしまった。
普通に考えればそんな言葉を鳥が理解するわけが無いのだが、普段鳥と心を通わせることが当たり前のリズにとっては呼ばれて行かないことの方が不自然なように思えて、自然と、引き寄せられるようにウィルの手に止まっていた。
そして視線を向けた先では、宝石のような瞳が不思議そうにこちらを見つめる。
リズは何だか罠にハマった気分だった。
「ずいぶん人懐っこい鳥だね。飼い鳥なのかな?逃げ出したのかい?」
リズはつい、条件反射でプイッとそっぽを向いてしまう。
すると、頭上からウィルのクスッとした笑い声が漏れた。
「似てないかと思ったけど、そういうところは似てるんだ。まあでも、本当に君が彼女の鳥なら、きっとすぐ飛んで逃げてしまうんだろうけどね」
くすくす笑い続けるウィルの顔をリズはじっと見つめる。
いつも達観して、大人びているからこそ、今のウィルの姿は年相応の少年の表情のように思えた。
いつも、このぐらい素直にしてればいいのに。
くすくすと笑っていたウィルが、ふと静かになったかと思うと、小さくため息をこぼした。
「本当、すぐに彼女は飛んで逃げちゃうから、話す暇もなかった」
鳥の姿のリズは首を傾げる。
そんな姿にウィルはくすりと零して、
「……これで最後になるから話したかったんだけど」
ピクリと小さな鳥の姿が反応した。
最後…?
えっ、と驚いてウィルの顔を見上げる。
ウィルは寂しそうに目を伏せていた。
最後っていうのは、それはつまりは、___________もう会えないと言う意味だろうか。
うそ…、とリズは途端、胸の中にスっと穴が空いたように感じられた。
慌てて声を出そうとしたけど、今のリズの言葉はウィルには届かない。
ウィルはただ無言で、リズの頭を優しく指先で撫でた。
「さて、そろそろ帰るかな。いつまでも未練たらしく待ってたって仕方ないよね」
そう言ってウィルは立ち上がる素振りを見せる。
リズは焦った。
このままだともう、会えないのでは無いかと。
(だめ!)
そう、心の中で強く思った時、ドクンと心臓が強く跳ねた。
それと同時に、ボンッと言う衝撃と共に、リズの見下ろした先にいるウィルがとても驚いていた表情をしていた。
「…...さすがに、これは驚いたかも」
リズも目を瞬かせる。
あれ?っと自分の姿を見下ろす。
視界に写る自分の手は人の手の形をしている。グーパーグーパーしてもそれは変わらない
何故か、魔法が解けたようで、人間のリズの姿に戻っている。
けれども、まだ変身する時間には余裕があったはずだ。
はて、と首を傾げる。
「ええっと、1回ちゃんと話したいから、降りてもらってもいいかな?」
そう言われて目をぱちくりさせながら、もう一度自分の姿を見下ろす。
寝そべったウィルの上にのしかかっている自分の姿を。
「ひ!」と声を上げて、慌ててウィルの上からどくと、思うように動かない身体はそのままストンと地面に尻もちをつく。
ウィルは何だか不本意そうな顔で、頭をかきあげながら起き上がった。
「それで、これはどういう状況なんだい?」
「……」
リズは返す言葉が思いつかずにそっぽを向いてだんまりしてしまう。
「うーん、これも君の魔法なのかい?」
リズはピクリと肩をふるわせた。
恐る恐るウィルの顔を見上げる。
どうして、リズが魔法を使えることを知っているのだろうか。
「な、なんで?」
「話すと長いんだけど、まあそうだね、君が普通とは違うことには気がついていたよ」
ウィルは微笑を浮かべた。
ウィルの表情を見て、あぁこれはもう、誤魔化しても意味が無いなと諦めるように肩を落とす。
「そう、私の魔法。私、動物に変身できるらしいの。わかったのは最近なんだけど、変身したり、動物と話ができたり、とにかくそういう魔法が使えるみたい」
「へえ、それはすごいね」
ウィルが感嘆の声を上げていたが、リズは不機嫌そうにウィルを見上げた。
「いつから気づいてたの?私が魔法を使えるって」
「うーん、最初からかな?」
「え?」
「君が特別な事は初めから気づいていたよ」
何か調子良さげにふざけたことを言うウィルに、リズはムッとした表情を浮かべる。
「適当なこと言わないでよ。それで誤魔化せると思わないで」
ウィルは「心外だな」といって肩をおとす素振りをすると、少し真面目な顔になって口を開く。
「はっきりとそれが魔法だと思ったのは君が屋根から落ちてきた時かな。君は覚えてなかったけど、あの時、君は咄嗟に魔法を使っていたんだよ」
リズは目を瞬かせる。
リズがウィルから逃げるために、屋根に登って隠れていた時、うっかり手を滑らせ落ちてしまった時のこと。
正直、あの時のことはよく覚えていない。
落ちた後は呆然としいて気がついたらベッドの上だったし、その前の記憶は断片的で、微かに覚えている記憶もリズが落ちたと思ったらそこにウィルがいた事ぐらいだ。
「僕が見たのは、落ちてきた君が、僕の上で浮いていたところだったね。でもそれも一瞬だったからまさかと思ったけど、でも普通あんな高さから人が落ちてきたら僕も君もただでは済まないからね、それが見間違いではないことだけはわかったよ」
リズはまた目を瞬かせる。
「どうして、その事すぐに言わなかったの?」
「うーんと、僕は、君が魔法を使えることを隠していると思ったんだ」
リズはその時ふと、最初の時にしたウィルとの会話を思い出した。
『だったら、その時の詳しい事情を知ってるのはぼくだけだろうし』
『でも、それが周りにバレたら大変だろう?』
リズはウィルを白い目で見つめる。
「つまり、それがきょうはく材料になると思ったわけね」
「人聞きが悪いな。交渉材料だよ。だって、そのぐらいしないと君は僕と全く会ってくれそうになかったし」
あっけからんというウィルの様子に、もはやリズは呆れてしまった。
「僕は別に君たちの不利益になりたかったわけじゃないから。それがきっかけになって、仲良くなれればいいなと思ったくらいで」
「その割にはずいぶんと喧嘩腰に言っていたじゃない」
「だって、君にはその方が効果的だろう?」
リズはムッとする。
「私が喧嘩っ早いみたいに言わないで」
「まあ、実際そうだし」
ウィルは悪びれもせずに言う。
リズはさらにムッとした。
「なんですって!」
「まあ、でもこれで晴れて秘密を共有する仲間になった訳だ。僕たちは」
ウィルはニコニコとしながらそう言った。
そんなウィルの態度がますますリズを苛立たせる。
「何が仲間なもんですか。どのみち脅してることには変わりないじゃない」
「だから、不利益になるような事はしないって。そうじゃなくて、僕はリズと仲良くなりたいんだよ」
ウィルの女の子をときめかせるその優しく綺麗な笑みと言葉に、リズは、スっと胸の辺りが冷めた気がした。
「………嘘つき」
つい、口から出たのはそんな言葉だった。
本当はもっと強く言い返してやるつもりだった。
でも、リズのいつもの調子が引っ込むくらい、ウィルのその言葉が薄っぺらく感じられたのだ。
「嘘はついてないよ。ずっと仲良くなりたいと思って接してきたんだから。そりゃ、少しリズを逆撫でするような卑怯な手も使ったけど、でもそれも僕なりの友好の示し方というか」
「だからどうせめんどくさくなったんでしょ。ずっとこんな調子だもんね。相手をし続けるのなんて、めんどうでしょうね」
「……えーと、そんな事、いや、ごめん。何かだんだん話が見えなくなってきたんだけど」
話していてウィルは何だかリズとの会話が噛み合っていないことにようやく気がついた。
「私の事めんどくさいって思ってるんでしょ?」
「まあ、確かに少しめんどくさいと思ってるけど」
「そうよね、やっぱりそうなんだ」
「……もしかして、リズ、本当に怒ってる?」
下を向いたままのリズがピクリと反応した。
「僕、何かしたかい?まあ、心当たりはあるにはあるというかありすぎるんだけど、今更っていう気もするし」
うーんと悩んでるウィルの隣で、リズは下を向いてだんまりしたままだった。
「でもそうだね、僕に非があるのなら謝るよ。最後にわだかまりを残すっていうのも嫌だからね」
その言葉に、リズはバッと顔を上げた。
ニコニコ微笑んでいたウィルはリズの顔を見てぎょっとする。
「え、ど、どうしたの、リズ?」
ウィルがなぜ慌てているのかも、その理由が自分がボロボロと涙を零していることにも気づいていない。と言うよりもリズはそこまで気が回っていなかった。
だって、
「もう会いたくないんでしょ!嫌いならはっきりそういえば?私だって、わたしだって、」
リズはとうとう大声を上げて泣き出してしまった。
さすがのウィルも、予想外の事態に狼狽えた。
ウィルは口を開くがかける言葉がでずにそのまま閉じる。
今までの人生の中で、人との接し方でそこまで困ることも悩んだこともなかった。相手の欲しい言葉なんて決まっていて、特に女の子はその通りの台詞を読むだけで喜んでいたから。
そうして、今までそつなくこなしてきたはずのウィル・ルバントは、目の前の少女にかける言葉が見つからずに、そのまま固まっていた。そして最終的には困ったようにため息を零してしまった。
自分でも情けないことだとわかっている。
こんなのまるで小さい子供の癇癪だ。
でも、リズ自信にも、どうにもしようがないのことだった。だって、自分自身がなぜ泣いているのか分からないのだから。
そうして泣き続けているリズに対して困り果てたウィルが最終的にした行動は、普通の女の子見たいに優しく肩を寄せる、ではなく抱きしめて小さい子供のように宥めるだった。
よしよし頭を撫でられ、背中をトントン叩かれているとリズの昂った興奮も収まっていく。
「ゆっくりでいいから、どうしたのか話してみて」
リズはしゃくり上げながらも口を開いた。
「ウィ、ウィルが、今日で最後だからって、もう会わないって、」
ぐすんとリズは鼻をすする。
リズの言葉にウィルは抱きしめながらポカーンとした。そして意味を理解して、「ああ」とようやく話が見えたといった表情をした。
そして優しくリズの頭を撫でる。
「なるほどね。リズは、僕がもう君に会いにこないと思ったんだね」
「ち、ちがうの?」
「うん、違うよ。実はね、今年から、王立の学園に通うことが元々決まってはいたんだ。それで、学校にいる間は寮生活になるから、それでしばらく会えないっていう意味で今日話す予定だったんだけど、それで勘違いしたんだね」
「かん、ちがい……」
リズは涙も引っ込んでポカーンとしてしまう。
すると、ウィルは今度、クスクスと笑い声を上げ始めた。
「それにしても、僕と会えなくなることがそんなに寂しかったんだ」
リズはその言葉と勘違いだった事実に一気に顔が赤くなる。
グイッとウィルの体を押し返す。
「だ、誰が寂しいもんですか!」
「ははは、そんなに泣いてたら説得力がないよ」
リズは恥ずかしさから爆発寸前だった。
「まあでもこれで誤解も解けたんだし、無事にこれからも仲良くできるね、リズ」
そして恥ずかしさが頂点に達したリズは、キッと涙目でウィルを睨みつけながら、
「ウィルなんて大っ嫌いよ!!」
と、結局当たり散らしてしまうのだった。




