第9章
ジョルジュ王太子が流行り病で、まだ結婚したばかりの身重の妃を残して早世した。まだ二十二歳という若さだった。
しかしそれから四か月後、唯一の王位継承者となる王子が生まれて国中が沸き立った。
そして更にその一年後、王太子妃は再婚することになった。彼女はまだ十代の若さだったので、これからの長い一生を未亡人として過ごさせるのはあまりにも気の毒だ、という声が国民から上がったからだ。
結婚当初は、悪女だと名高いシシリアの妹だということで、詳しい事情を知らない下位貴族の中ではセーリアと王太子の結婚を疑問視する者達も多かった。
しかも実家のフェオリス侯爵家自体も、姉シシリアの不始末で子爵と降爵し、後ろ盾にはなり得なかったからだ。
しかし、前国王、現国王とろくでも無い国王が続いていたので、国民は最初から王太子妃に誰がなろうが全く気にしていなかった。
つまり最初から彼女は何も期待されていなかった。だからこそ、この王太子妃が嫁いできてから、国が次々と新しい政策を取り始めて、少しずつ国民の暮らしがマシになってくると、国民の中で王太子妃の人気が急速に高まっていったのだ。
そして後々王太子は国民達からこう言われるようになった。
「王太子殿下がどんなお方だったのかは知らないが、素晴らしいお妃を迎え、立派な跡取りを残したことだけは褒めてやろう!」
と。
そしてその彼女が新たに迎えた夫とは、クライスト侯爵家の長男のエリオットだった。
彼は侯爵家の継承を弟に譲り、王太子の母の婿となった。もちろんその結婚で彼が王族になれるわけではなく、今後彼らに生まれてくる子供にも王位継承権などはない。
彼に与えられたのは王太子とその生母の補佐という立場だけだった。
しかし彼はそのことに不満を述べることもなく、常に妻を立て、彼女と王太子をフォローしながら、夫唱婦随で腐りきった旧態依然の政をどんどん改革していった。そしてそれを国王も支持したのだった。
このことは彼の実家のクライスト侯爵と、彼の実の親のスタンレー公爵にとっては想定外のことで、二人はほぞを噛んだ。
彼らの真の目的は、いずれエリオットの正体を公表し、唯一の正当な王家の後継者として王位に就け、裏から自分達が操ることだったからだ。
真実の愛を貫くためだと称して偽装結婚をした彼らだったが、その偽りの生活の中で偽装の相手だけでなく、次第に真実の相手との愛までも失くしていた。
家庭生活は破綻し、彼らの性格まで歪んでいった。
それでも夫人達は協力し合って、五人の子供達を等しく愛情を持って育てた。いや、正直にいえば、そういう意識で必死に育てたのだ。
しかし夫達は違った。自分達に都合のいいように子供達を利用しようとしたのだ。
息子エリオットが必死に守ろうとしていた王太子を、元婚約者のシシリアや側近達を使って貶めたのも、聖女を近づけさせて公金を使いこませたのも、スタンレー公爵とクライスト侯爵が影で糸を引いていたせいだったのだ。
国王と王太子の権威を失墜させるために。
結局彼らは、かつて軽蔑していた愚かな為政者とまるで同じになっていた。
愚直に息子を愛する現国王の方が、親としてはまだましだろう。
結婚式の後で真実を知らされたエリオットと兄弟達は、父親達の所業に恐れ慄いた。しかしこのまま彼らの好き勝手にさせていてはいけないとそこで奮起した。
彼らは薄々自分達の家庭が異常だということに気付いていた。それ故に歪な家庭の中で肩を寄せ合い力を合わせて暮らしてきた。そのため、その団結力はかなり強力なものだったのだ。
だからこそ彼らは、複雑な家庭で一人奮闘してきたセーリアのことも、すんなりと家族として受け入れたのだった。
もちろん母親二人も子供達側についた。
エリオットとセーリアが幼い頃から愛し合い、苦しい環境の中でも支え合って生きてきた仲だとわかったからだ。
しかも、あやうくこの二人は夫達によって政争の具にされかかったと知って、彼女達の怒りは頂点に達した。
自分達がされたことを今度は自分の子供達にしようとした、そのことが彼女達には信じられなかった。
そしてその真実を知った時、元スレイン侯爵令嬢で現スタンレー公爵夫人は無意識にこう呟いていた。
「本当にシルヴィアお姉様の仰った通りだったわ。
男なんてみんな同じなのね。嘘つきで強欲で、妻や子供を自分の思い通りになる人形だと思っていて。
夫も恋人だと思っていた人も、そして実家の父も大嫌いだわ」
と。
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再婚したエリオットとセーリアの間には三人の子が生まれたが、長男含めて四人の兄弟はみなグリーンの美しい瞳を持っていた。
ただし長男は王族の血筋を表す銀髪で、他の三人は母親譲りの淡い金髪だった。それでも四人の容姿はとてもよく似ていて、彼らは非常に仲がよかった。
エリオットとセーリアは、侯爵家の兄弟や下位貴族、そして身分を越えた多くの優れた仲間達と力を合わせて、徐々に傾きかけたこの国を立て直していった。
慌てず焦らず辛抱強く。
こうして緩やかな改革が進められた後、長きに渡って王座にいた形ばかりだった国王が、まだ若い孫にその座を譲った。
するとその新国王は即位した途端、近い将来王政を廃止して、共和政の国を目指すと宣言して、人々を大いに驚かせたのだった。
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前国王は隠居したその日のうちに、王都の片隅のとある建物へと足を運んだ。
そこは長らくセーリア王太子妃とその夫君を支持してきた革新系の新聞社だった。
そこはまだまだ規模が小さな新聞社ではあったが、改革派の若者に非常に人気の、それなりに社会的な影響力のある新聞を発行していた。
その新聞社の中で、白髪のその老人が前国王だと気付く者は誰もいなかった。若い社員にどちら様ですかと尋ねられ、彼はこう答えた。
「この新聞社の筆頭株主です。社長にお会いしたいのですが」
それを聞いた社員は仰天すると、慌てて彼にソファーを進め、只今参りますので少々お待ち下さいと言って奥へと消えて行った。
彼はゆっくりとそのソファーに腰を下ろした。そして二十五年振りになる、二人の妻達との愛の結晶である息子との再会に、その胸を躍らせたのだった。
次章の登場人物紹介で完結になります。
本文中には描ききれなかったディテールな情報も入っています。
読んで下さってありがとうございました。