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第6章

 この章は少し長いです。

しかも人間関係が複雑です。

 そして、倫理的にどうなの?という話も出てきますが、異世界の話なのでご容赦願います。

 

「すまなかった。本当に君がフェリオス侯爵家のご令嬢だとは気付かなかったのだ」

 

「ええ、そうでしょうね。侯爵夫妻や兄や姉も私の存在を公表しませんでしたからね。

 でもそんなことは関係ないのです。エリオット様だってそのことを知らなかったのに、私に優しくして下さいましたよ。

 エリオット様が私のことを知ったのは、姉のシシリアが亡くなった後ですからね。

 

 昔からあの方は私が使用人の子だからといって、無下な扱いはしませんでした。

 そしていつもちゃんと私の名前を呼んでくれましたよ。『セーリア』と。

 貴方や側近の方々は使用人には名前など必要ないと思っていたのでしょう? 

 貴方方から名前を呼ばれるどころか、名前を尋ねられた覚えもありませんものね」

 

 セーリアという名のこの少女の言葉で、かつてエリオットに言われたことを思い出した。

 

『相手の身分に関係なく、人の尊厳を貶める行為をしてはいけません』

 

 あの時確かにジョルジュはそうエリオットに諭されたのに、その言葉に耳を傾けなかった。

 それどころか空気の読めないつまらない奴だとうんざりしていたのだ。

 

『エリオットが好きな子は年下で、春の陽だまりのようなかわいい子だと言っていた。つまりこの子だということなのか? 

 周りから祝福されないと言っていたのは、この子がフェリオス家の娘だと知らなかったからなのか?』

 

 こうジョルジュが思った時、セーリアが言った。

 

 

「エリオット様は貴方にフェリオス元侯爵家の娘、シシリアの妹と結婚すると言ったのではないですか? 

 ですからそれは嘘ではなかったのです。

 

 新しく当主になった兄は、私が姉のナタリアではなかったと後でわかっても、それは皆が勝手に勘違いしただけだと思うように、わざとミスリードしたのです。

 王太子殿下のお相手にそちらのご令嬢を所望していると言われ、愚かにも兄はそれを復活のチャンスと捉えたのです。

 少し考えれば他家で断られたから持ち込まれたハズレくじだとわかるでしょうに。

 しかも世間で認識されている当主の妹ナタリアは、出奔して行方不明であるにも関わらず。

 

 兄はわざと王家の使者にこう確認したのです。

『我が家の、シシリアの妹で本当によろしいのですね?』

 と。そしてそこでしっかりと言質をとった上で結婚話を進めたのですよ。

 

 使者はフェリオス家にもう一人娘がいることを知らなかったし、そもそも姉の顔を知らなかったのですから、騙されても仕方なかったかもしれません。

 ですが王家の結婚なのに相手をよく調べもしないなんて雑過ぎますよね。それを鑑みてもこの結婚がいかにいい加減なものであることを兄も気付くべきでした。

 つまりまあ、どっちもどっちだったというわけです。

 でもそのおかげで、私達は思いもかけずに幸運を手に入れられました。

 このような適当な結婚話でしたから、私達は挙式当日に初めて結婚相手を知ったのです。

 その時の私達の驚きなんて想像できないでしょうね。二人揃って初めて天に感謝しましたよ。

 

 先程、王太子である貴方との関係を周りに匂わすために、私がこの北の塔に通ったと言いましたが、それは嘘です。

 

 貴方はずっと誰にいつ殺されてもおかしくない状態でした。貴方に恨みを持つ高位貴族や、国王の後継者を狙う者、王政を壊してクーデターを企む軍部……

 

 だから国王陛下は貴方を守るためにこの北の塔に閉じ込めて、最小限の者としか接触できないようにしたのです。

 そして兄に適当な嘘をついて誤魔化して、私にこの役目を依頼してきたのはエリオット様です。

 あの聖女に関わる事件を知る高位貴族の家で、メイドの真似事ができる貴族の娘なんて私くらいでしょう?

 それに彼から私しか信用できる者がいないからと言われたから引き受けたのです。

 私がここでメイドをしていたのを知っていたのは国王陛下とエリオット様と、この塔を守っている方達くらいです。

 

 ですから、私が王太子殿下の身代わりのエリオット様の結婚相手に選ばれたのは本当に偶然なんです。

 私達は身内や国の思惑で、強制的に偽りの結婚式を挙げさせられました。

 そしてそれは本来形だけのものになるはずだったんですよ、彼らにとっては。

 

 でも、私達にとっては真実の結婚だったのです。だから、神殿で誓いをするとき、大司教様の前で本名を名乗り合ったのです。

 その場にいた兄やクライスト侯爵夫妻、そしてスタンレー公爵夫妻は唖然としていましたよ。

 

 エリオット様は国のため、国民のため、そして貴方の命を守るために貴方の身代わりを続けました。

 しかし、結婚後にスタンレー公爵を始めとする国の上層部の本当の目的を知ってからは、陰で仲間を作って色々と計画を立て、それを実行に移してきたんです。

 その手始めが貴方に死んで頂くことだったのです。

 私達はただあの人達に利用されるために結婚生活を続けるなんて、絶対に嫌だったんです。」

 

 ✽

 

「エリオットのような男が国王に相応しいのだな」

 

「そうですね」

 

「それなら何故私を殺してしまったのだ。私の存在を殺さず、そのまま王太子として国王の後を継げば良かったじゃないか。

 最初は私の身代わりなんて無理だ、すぐばれると思った。いくら年格好が似ているとはいえ。

 しかし半年経っても下位貴族や他国の者達にもばれなかったのだろう?」

 

「エリオット様は真面目で一本気ですからね、初めから人を欺くのは精神的に無理なことだったんですよ。他人の振りをし続けるだなんて」

 

「では国王の後継者はどうするのだ。叔父上が後を継いでくれる気になったのか?」

 

「いいえ。跡を継ぐのはこの子です。生まれてきたのが男の子でも女の子でも。この国唯一の王子の忘れ形見ですからね」

 

 セーリアは優しく腹を撫でながら言った。

 ようやくジョルジュは今まで自分の存在を高位貴族達が見逃してきたのかを悟った。後継ぎができるまでの時間稼ぎだったのだ。

 そして偽りの王太子妃が安定期に入り、子供が生まれる確率が高くなったので、不必要な王太子の存在を消し去ったのだろう。

 たとえ無事に生まれなかったとしても、王太子妃が子供を身籠ったという事実が大事なのだ。それこそ赤子の身代わりなんてどうにでもなるのだから。

 

「君も相当な悪女だな。姉と遜色ないぞ。

 世間を欺けば天誅が下るぞ」

 

 話を全て聞いた上でジョルジュは再び彼女を悪女と呼んだ。しかしその口調は穏やかなものだった。

 そして悪女と呼ばれたセーリアはわざとらしく小首をかしげた。

 

「私、悪女ですか? 世間を欺くってなんのことですか?」

 

「今さら何をとぼけているんだ。王族でない者の血を王家の子としようとしているのくせに。天罰が下るぞ」

 

 彼女のしようとしてることは、この国の平安を守るためであり、致し方のないことだということは重々わかっていた。彼女も嫌々この国の犠牲になるのだと。

 そしてそもそもその原因は自分にあるということも。

 しかし天を欺けば必ずその報復があるのだ。ジョルジュはそれを恐れた。この娘には幸せになって欲しいから。

 

 ところが誰もが恐怖に震えるであろう天罰という言葉を聞いても、セーリアは平然としていた。そして徐ろにこう言った。

 

「天罰が下るかどうかは正直わかりません。しかし、少なくとも私は天も世間も欺くつもりはないですよ。

 何故ならこのお腹の子は王家の血筋ですからね」

 

「何を言ってる。君の腹の子の父親はエリオットだろう?」

 

「だからですよ。エリオット様には王家の血が流れているんです。ですから全くもって問題はないのです」

 

 セーリアの言葉にジョルジュは限界まで両目と口を開いて固まった。父が母である亡き王妃を二度も裏切っていたというのか?  

 しかもおしどり夫婦として有名なあのクライスト侯爵家の夫人と?

 ジョルジュは信じられない気持ちだった。

 すると彼の疑問を察したらしいセーリアがこう言った。

 

「確かにクライスト侯爵夫妻は夫婦仲がよろしいと評判ですし、それは事実なのでしょう。

 しかし、その仲の良さは夫婦愛ではなく同士としての友愛のようですよ」

 

「友愛? 何だそれは」

 

「クライスト侯爵夫妻がスタンレー公爵夫妻と家族ぐるみのお付き合いをされていることはご存知ですか?」

 

「ああ。もちろん知っているとも。当主同士が幼なじみの同級生で、子供の頃から仲が良かったと聞いている。そして結婚してからは奥方同士も相性が良かったらしく、家族ぐるみで付き合っていると」

 

「両家は家族ぐるみで仲が良いというより、二組の家族で一つの家族だったのですよ。

 スタンレー公爵の恋人だった女性が現クライスト侯爵夫人だったのです。そしてクライスト侯爵の恋人は現スタンレー公爵夫人だったのです」

 

「まさか、それじゃあエリオットは……」

 

「スタンレー公爵とクライスト侯爵夫人アネッサ様のご子息ですよ。貴方とは母方の従兄弟ではなく、父方の従兄弟だったというわけです。

 つまりエリオット様は王弟殿下である第二王子マークス様のお子様なんですよ。だから私のお腹の子は間違いなく王家の血筋です」

 

 その驚愕の事実にジョルジュはただただ呆然するしかなかった。

 読んで下さってありがとうございました。

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