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第5章


 エリオットはジョルジュとは違い周りの状況をよく把握しているようだった。その彼に詳しく説明をされて、ようやく現在のこの国の現状が見えてきた。

 王太子がこの度結婚することになったのは、王太子が聖女の魅了魔法にかかって国を傾けかけた事実を覆い隠し、何事もないと示すためだった。

 そして何故その結婚相手が元の婚約者の妹なのかというと……

 

 

 自殺をしてしまったために罪に問われはしなかったが、フェオリス侯爵家のシシリアは間違いなく犯罪者だった。

 そんな娘を輩出したフェオリス家は二つほど降格して子爵家にまで落ちた。その不名誉なフェオリス家の娘を何故再び王太子妃にしようとしたのか……

 その理由は至極簡単なことだった。

 

 犯罪を犯していたのは侯爵家の悪女だけではなく、魔女やその魅力魔法にまんまとかかった愚かな王太子やその側近達。

 その中でも周りの者達にいいように利用された王太子を愚か者だと軽蔑する声が多かった。

 そんな王太子と結婚したいと思う、高位貴族の令嬢などがいるはずはなかったのだ。たとえ彼が絶世の美男子と評判で、学園時代には人気者だったとしても。

 

 しかも、その王太子が北の塔に幽閉されていることは、伯爵以上の貴族にとっては公然の秘密だったのだ。もちろんそれを口にすれば即逮捕ものだったので、誰も表に出す者はいなかったのだが。

 そんな王太子との結婚なんて、王家の後継者を産むためだけのもので、将来王妃になれたとしても何の実権もなく、ただのお飾りになるだけだ。

 それがわかっていて娘を嫁がせようとする親などいるはずがにかった。

 そう、フェオリス子爵(元侯爵)くらいしか。

 

 

 ✽✽✽✽✽✽✽

 

 

 このエリオットの話にジョルジュは胸を抉られる思いだった。

 彼は何度もエリオットに忠告を受けていたというのに、彼に甘えて失敗の後始末ばかりさせていた。

 そして、おだててくる連中の甘い誘惑に負けて、ただ流されていた。

 そして何も見ようとしてこなかった結果がこれだ。

 

『国民のことなんて確かに何も考えていなかった。ああ、自分も父や祖父と同じ愚か者だったのだ。

 許して下さい、母上』

 

 ジョルジュはほぞを噛んだ。自分が愚かだったせいで、幼い頃から様々な尻拭いをさせてきた従兄弟に、まさか偽装結婚までさせてしまうとは!

 

「君には想い人はいないのか?」

 

 恐る恐るジョルジュが尋ねると、エリオットはキッと睨みつけてきた。

 

「いますよ。私にだって。

 だから、いくら偽名だといっても彼女以外の女性と神の前で将来を誓うだなんて、耐えられない。

 しかし、我が国の現状は非常に厳しいのです。王家のゴタゴタが他国に知られては、そこをいつ攻め込まれるかわかりません。

 ですから王太子が廃太子となり、王位継承者がいなくなった事実を絶対に外に漏らすわけにはいかないのですよ」

 

「どんな女性なんだい? 君は女性になんか興味がないのかと思っていたよ。浮いた噂一つ聞いたことがなかったし」

 

「年下でとても可愛らしい子ですよ。笑顔がまるで春の陽だまりみたいに素敵なんです。子供の頃からずっとその子だけを見てきたんです。

 でも周りから祝福されるとも思っていなかったので、いずれは弟に爵位を譲って家を出て結婚するつもりでした」

 

「すまない……」

 

「今さらだと言ったでしょう。そんなに萎れなくても大丈夫ですよ。さすがに身代わりなんて何年もするわけではないでしょうから。

 それにこの役目をきちんとやり終えたら、きっと彼女との結婚も認めてくれると思いますよ。

 ただし、子作りまで強要されたら彼女と他国へ逃げますが。

 神を裏切っても、恋人を裏切るのは死んでも嫌ですからね」

 

 エリオットは久しぶりにジョルジュに笑顔を見せた。そしてクルッと背を向けると、足音を響かせながら階段を下りて行った。

 

 その日ジョルジュは己の不甲斐なさに悶え苦しみ、久しぶりに荒れ狂ったのだった。

 

 

 ✽✽✽✽✽✽✽

 

 

「君のその腹の子の父親はエリオットなのか?」

 

「そうですよ」

 

「エリオットには想い人がいると言っていたが、君が陥落させたのたか? 凄いな。

 ナタリア嬢の替え玉を堂々とできて、俺の前でも素知らぬ顔で使用人の振りをして仕えてこれた悪女だから、それくらいお手の物だったか?」


 ナタリアとはジョルジュの元婚約者、フェリオ侯爵令嬢シシリアの三つ年下の妹のことである。

 しかし生まれた時から病弱で、ずっと領地の方で療養生活を送っていたので、ジョルジュが彼女本人と会ったのは数回だった。

 

 確かにその妹はシシリアのような派手な赤髪碧眼ではなく、今目の前にいる娘と同じ淡い金色の髪と水色の瞳をしていた。

 姉は母親似で妹は父親似なのだな、とその際に思ったことを記憶している。

 

 しかし娘は頭を横に振った。

 

「私は身代わりなんかではないですわ。何故なら私はフェリオス侯爵家の娘ですから」

 

 その言葉にジョルジュは喫驚した。

 

「君がナタリアだったのか?」

 

「いいえ。ナタリアお姉様は今ではすっかりお元気になりましたが、今後絶対に王都には姿を現さないと思います。

 体が弱い娘など利用価値がないと、ナタリアお姉様は領地に放り出されてずっと辛い目に合ってきたのです。

 それなのに今更政略結婚に利用されるのはごめんだと、シシリアお姉様が亡くなった直後に、私だけに手紙を残して出奔してしまったんです。居所は殺されても教えません。誰にも」

 

「それでは君は一体……」

 

「フェリオス侯爵家、いえ今では子爵ですね、そこの三女のセーリアですわ」

 

「三女? フェリオス家は三兄妹ではないのか?」

 

「確かにフェリオス元侯爵夫人がお産みになったのは兄ロバートと姉のシシリアとナタリアの三人ですね。

 ですが、もう一人娘がいたんですよ。父の元侯爵が行儀作法のために見習い侍女をしていた娘に手を出して産ませた子が。それが私です。 

 

 その見習い侍女が平民だったら、あの夫婦のことだから身一つで身重の母を追い出したことでしょう。

 しかし、母は男爵家の娘でした。いくら下位とはいえ貴族の娘を傷物にされた男爵家が黙っているわけがありません。

 そこで母は極秘裏に私を産み落とした後、何もなかったように実家へ帰され、私は養女としてフェリオス侯爵家の籍に入れられたのですよ。

 

 でも養女とは名ばかりで、使用人の子として育てられました。

 しかし後になってその事実を知った男爵家の祖父が腹を立てて侯爵家に怒鳴りこんできたのです。

 その時私は七つでしたが、初めてそのことを知ったんですよ。

 あの恐ろしい旦那様が父親で、意地悪なお坊ちゃまとお嬢様が私の兄と姉だってことをね。

 

 兄アレクサンダーや姉シシリアは私が実の妹だと知りながら、私を使用人の子として扱っていたんですよ。

 すぐ上のナタリア姉さまだけは優しくしてくれていましたが、滅多に会えなくてそれが残念でした。

 それでもあの家で頑張れたのは、姉のナタリアとの手紙のやり取りがあったからです。


 男爵の祖父は私を哀れんで引き取ってくれると言ってくれたのですが、父は成長した私を見て利用価値があると思ったらしくて、手放してはくれませんでした。

 

 シシリアは貴方に私のことを妹とは教えなかったのでしょう? 

 そういう人なんですよ、貴方がさっき唯一愛した女性と言ったシシリアは。

 冤罪をかけられたというけれど、あれは事実だったんですよ。あの聖女を虐めていたというのはね。それに貴方を利用して公金を横領していたことも。

 シシリアと聖女はどっこいどっこいの悪女だったんです。貴方って本当に悪女好きなんですね」

 

 セーリアはそう言ってクスクスと笑った。

 ジョルジュはそんな彼女の顔をじっと見つめた。

 そうだ。シシリアはこの娘のことを使用人の子だと言っていた。

 

「ちょっとかわいがったらいい気になって、パーティーにまで顔を出すようになって、本当に厚かましくて困っているの。年下の子を虐めているようで強く言えないし」

 

 彼女がそう言ったからジョルジュはこの娘に悪感情を抱いたのだ。身の程知らずの図々しい子供だと。

 だがら地面に落ちた菓子でも食わせてやろうぜ、と言った側近達の口車に乗ってしまったのだ。

 

 しかし彼女がシシリアとは母親違いとはいえ、実の妹だったとは。しかも貴族の娘だったなんて。

読んで下さってありがとうございました。


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