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第4章


 半年前、クライスト侯爵家の嫡男であるエリオットが北の塔にやって来た。それは王太子の結婚式の前日のことだった。

 

 北の塔に幽閉されてから王太子ジョルジュが会った者といえば、食事を運んで来る娘と、たまに身の回りの世話をしてくれる下男だけだった。

 それ故に、突然の幼なじみの従兄弟の登場に心底驚いた。 

 

 幽閉されたばかりの頃は、誰も会いに来てくれないことに寂しさを感じ、裏切られ、見捨てられたのだと怒りに震えていた。

 しかし下男との何気ないやり取りをしているうちに、側近達は皆処分されて既に王都にはいないことがわかった。

 そしてかつては真実の相手だと思い込んでいた聖女も、不慮の事故で亡くなったことも。

 

『おそらくあの悪女は密かに抹殺されたのだろう。

 当然だ。聖なる力どころか悪の力である魅了魔法で、王太子である自分や高位貴族の子息ばかり手玉にして、国を好き勝手に操ろうとしたのだから』

 

 とジョルジュは思った。

 

 しかし、王家が認めた聖女がその正反対の魅了持ちの魔女だったとわかったら、王家の威信は地に落ちる。だからそれを知られないように、諸々の事柄が秘密裏に処理されたのだろう。


 王太子を密かに北の塔に幽閉し、側近達もそれぞれに見合う罰を与えて処分したのだろう。

 聖女だけでなく側近達の罪も大きい。王太子を諌めるどころか、聖女と一緒になって率先して国の資金を使い込んだのだから。

 しかし聖女のように密やかに、あるいは適当な罪名を作って処刑することはしなかったようだ。そうした方が簡単だったが、ただ殺しただけでは金は戻らない。

 それぞれの実家から全額弁償させるためには、罪状をはっきりさせなければならなかったからだ。

 彼らの家は二つ降爵となり、しかも一部の領地を没収された。

 そして当人達は貴族の身分を奪われた上で、ある者は鉱山での労働懲罰、ある者は魔物の森での魔物狩り、体力のない者は男性専門の娼館へ売られたようだ。そしてそこで生を終えるまで働くのだ。

 

 幽閉されたばかりの頃のジョルジュは、何の情報も与えられず、毒殺されるのではないかとただ怯えて、食事を全て投げ捨てて暴れた。

 とはいえ結局すぐに空腹に負け、どうにでもなれとやけくそで質素な食事を取るようになった。そのことが一層彼を惨めにさせた。


 しかし徐々に情報が入ってくると、今度は自分だけが何一つ償いもせずに、北の塔でただ書物を読んで過ごしていることに罪悪感を覚えるようになった。自分はただの穀潰しだと。

 そして何度か自死を試みたが、結局自分一人では死ぬことができなかった。

 

 そんなところに初めて、従兄弟であり幼馴染みでもある友人が面会に来てくれたのだ。

 ジョルジュは柵を掴むと、従兄弟に向かって頭を下げ、他の側近達のように自分のことも処分してくれと懇願した。

 

 すると一番信頼する友だと思っていた男はこう言ったのだ。

 

 

「王族の貴方に側近達のような罰を与えられるわけがないでしょう。というより、貴方の罪は世間には知られてはいけないのですから。

 だからといって、そう簡単に殺してあげるはずがないでしょう。実際に貴方は罪を犯したのだから、それに見合う罰を受けなければなりませんし」

 

「それはわかっている。しかし、私はこうして生きていても食べ物を消費するだけで、何の罰もうけていない。だから殺して欲しい。親友だろう?」

 

 王太子の言葉にエリオットは初めて表情を変えた。

 

「親友……私は一度も貴方を親友などと思ったことはありませんよ。もちろん友達だとも。

 貴方はいつもご自分の尻拭いをさせるために私を側においていただけでしょう? 従兄弟だったから」

 

「違う。確かに君には色々助けてもらっていたし頼りにはしていたが、利用しようと思っていたわけじゃない」

 

「頼りにしていたというなら、何故私の忠告をお聞き入れてくださらなかったのですか? 

 貴方は愚か者の甘言にばかり耳を貸し、私を疎まれていましたよね? 

 こんな事態になることを危惧して色々意見を述べさせて頂いたのに、結局全て無駄でした。無力感しかありません」

 

「すまない。私が愚かだった。君の言葉に耳を傾けていたらこんなことにはならなかったのに」

 

「全て今さらです。

 そして貴方を制御できなかったという咎で、私はこの一年半事あるごとに貴方のふりをさせられてきたんですよ。

 しかも、今度は貴方の身代わりで結婚までさせられるんです」

 

「身代わりだと? なんだそれは!」

 

 ジョルジュはエリオットから話を聞くと怒りまくった。

 なんとエリオットがジョルジュの身代わりとなって、明日フェリオス侯爵家の令嬢、つまり元婚約者のシシリアの妹と結婚式を挙げるというのだ。

 

 本来ジョルジュが廃嫡されれば王弟であるマークス=スタンレー公爵が王位を継ぐべきであろう。彼しかもう王族の血を引く者はいないのだから。

 しかし、公爵はそれを頑なに拒否し続けているらしい。

 普通ならそんな我儘が通じるわけがないのだが、そもそも彼から王位継承権を奪って臣下に下らせたのは前国王と現国王なのだ。

 既に王位継承権がないのだから、彼には国王になる義務などはない。彼に拒否されてしまえば、誰も何も言えなかったのだ。

 

 ジョルジュが殺されずに北の塔に幽閉されたのには、後継者問題があったからだった。エリオットの正体がいつばれるかわからなかったからだ。

 もしばれそうになったら、ジョルジュを薬漬けにして、操り人形のように使うつもりだったらしい。

 エリオットは口にはしなかったが、国のためだけではなく自分のためにも必死で王太子の振りをしていたのだと、さすがにジョルジュも気が付いて、申し訳なさで一杯になった。

 

「でも何故それほどに叔父上は国王になるのを嫌がるのだろう。

 叔父上は優秀な方で立派に仕事をこなせる。叔父上が国王になれば、エリオットに身代わりなどさせなくてもいいだろうに」

 

「嫌がらせでしょう。国王陛下に対しての……」

 

「嫌がらせ? 何故?」

 

 ジョルジュはエリオットの言葉に瞠目した。

 

「何故って。ご存知ないのですか? スタンレー公爵閣下は前国王と現国王陛下によって無理やり恋人と引き離されて、別の女性、つまり現公爵夫人のアネッサ様と結婚させられたのですよ。

 その上反抗的だという理由で、殿下がお生まれになった直後に王族籍を剥奪されたのです。これで現国王を恨まないわけがないでしょう。

 スタンレー公爵は幼少期から非常に優秀でね、そうでなかった父親や兄から妬まれて疎まれてきたんですよ。

 

 国のことを真剣に考えている者を虐げて、己のことしか考えていない王族に、スタンレー閣下は嫌気がさしているのでしょう。

 

 公爵閣下は王族などは廃止して共和制にしたいとでも思っていらっしゃるのではないですかね。

 亡き王妃の実家でもある宰相の孫も、辺境伯の娘も、騎士団長の息子も、そして貴方の元婚約者……多くの実力者の家の子弟が問題を起こし、そのために、どの家も力を失くしました。

 公爵閣下は、丁度よい機会だと思っていらっしゃるのではないですか?

 

 もっとも一足飛びにそれを実行に移せば内乱が起こり、他国に弱味を見せることになります。

 それ故に傀儡政権を作って時間稼ぎをしようというお考えなのでは?

 

 スタンレー公爵ご自身は王位には就かず、宰相になって実権を握るおつもりなのかも知れませんね」

 

 自分がその傀儡政権に利用されようとしているというのに、スタンレー公爵に恨み言を言うわけでもなく、エリオットは淡々とこう語ったのだった。

 

読んで下さってありがとうございました。


次は17時頃投稿予定てす。

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