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第2章


「もう一度お尋ねします。

 人というものは、それぞれその身の丈にあった所で花を咲かすのが一番だ、それが幸せなのだと以前貴方は私におっしゃいました。

 それはそれは天使のような優しげな笑顔で。あれは一体どういう意味だったのでしょう?」

 

 娘は真顔に戻って、じっとジョルジュを顔を見つめてこう尋ねた。

 

 この時ようやくジョルジュは、この娘が元婚約者だったシシリアの実家フェオリス侯爵家にいた、使用人の子供だったことに気が付いた。

 彼はそのことに驚いて声が出なかった。すると娘は言葉を続けた。

 

「フェリオス侯爵家のシシリアお嬢様の元に、殿下を始め、宰相閣下のご子息や騎士団長のご子息、それに辺境伯のご令嬢が集まって、よくガーデンパーティーをなさっていましたよね。

 

 私も皆さんと一緒に遊びたい、お菓子を食べたいと泣いたら、殿下が紙に包んだかわいい金平糖を手渡して下さって、確かにそうおっしゃいましたよね?

 

 あれはどういう意味だったのですか? 

 私なんかが皆さんと同席したいと思うことは身の程を知らずだと釘をさすおつもりだったのですか?

 

 もしそうだったとしたなら、天使様のような笑顔を浮かべて、優しい口調で言っては駄目でしたね。相手に誤解させてしまいますからね。

 

 フェリオス侯爵家当主夫妻やご子息ご令嬢のように厳しく怒鳴りつけなければ、子供には通じません。

 おかげで幼かった私はすっかり殿下を良い人だと勘違いしていましたよ。

 そして、本当に優しかったエリオット様の方を悪い人だと思い込んでしまいました。

 

 だってそうでしょう? せっかく頂いたお菓子を取り上げられたら、誰だってその人を虐めっ子だと思うでしょ? 

 まさかそのお菓子が、一度ごみ箱に捨てられた物だったなんて思わないですものね。

 そのせいで、私は暫く勘違いをしたままエリオット様を嫌っていました。今思い返しても後悔の念で胸が苦しくなります」

 

 娘が少し膨らんだ下腹を優しく撫でながら、切なそうな顔をしながら言葉を続けた。

 

「それでもあの方は陰でずっと私を支え、守って下さっていたのです。

 本当のことを教えてくださらなかったのは、事実を知ったら私が傷付くと思われたのでしょう。

 いつも私は貴方達からゴミを与えられ、偽りの言葉で喜んでいたのですから。

 

 貴方は本当に堕天使でしたよね、王太子殿下。

 でもようやく見せかけの羽根を取り除いてもらえたのですから、貴方も随分と楽になったでしょう? 

 ようございましたね」

 

「確かにあの時は申し訳なかったとは思う。ちょっと悪乗りをしてしまった。そういう年頃だったのだ。大人になった今ならわかるが。

 それに使用人の子なのに王侯貴族を羨み、主の娘と同じ待遇を望むだなんて、無邪気を通り越してなんと浅ましい子供なんだ、お仕置きをしなければいけないとも思ったのだ」

 

「使用人の子供ならゴミを与えてもそれが慈悲や躾だというのですか?

 国民も愚かですね。慈悲深くお優しいと評判の王太子殿下が、本当は平民を犬か猫、いいえ家畜以下くらいにしか思っていなかったなんて」


「違う。私は本当に国民を大切にし、愛している!」

 

「『愛している』と口で言うだけなら誰にでもできますよ。

 けれど、実際の貴方は遊びや色恋に溺れて、この国や国民のための政策など何一つやってこられませんでしたよね。

 それどころか治水工事のための費用を聖女様に貢ぐために使い込んでいましたよね。

 そのせいで昨年の干ばつで、多くの農民が田畑を手放して他国へ逃げ出したり、路頭に迷って命を落としました。

 どの口が愛を語っているのでしょう。それに今のはほんの一例に過ぎないのですよ」

 

「あれはあの聖女、いやあの魔女のせいだ。あいつに魅了魔法を掛けられたせいで、私は真っ当な判断力を失っていたんだ」

 

 ジョルジュは必死で言い募った。

 五十年ぶりに現れた聖女を守るのは王太子の役目だった。

 だから彼女の側にいる時間が長くなって魅了にかかってしまったのだとジョルジュは言った。

 悪いのは元聖女だと。しかし娘は呆れ顔でこう言ったのだった。

 

「魔力除けのブレスレットをお外しになったのは王太子殿下ご自身でしょう? 婚約者がいる身でありながら。

 つまりそれは最初から下心があったからなのでしょう? 

 被害者ぶるのはいい加減止めて、己の罪を認めたらどうなんですか?

 

 それに、大体貴方が国の経費を使い込んでいたのは、聖女が現れる以前からでしょう?

 元婚約者や側近達におねだりされると、貴方は気前よくお金や物を贈っていましたものね。

 あれって殿下のポケットマネーで賄える金額ではないですよね。すぐ側で見ていたからわかります。

 貴方は立派な犯罪人、しかも主犯ですよ。

 あらから二年近く経ったというのに、貴方は何も反省していなかったのですね。呆れました。

 

 貴方の元婚約者のシシリアは貴方にかけられた冤罪で婚約破棄された後、その屈辱に耐えられなくて自らこの世から消えました。

 だから今でも貴族の中からは彼女に同情する声もチラホラ聞こえてきますよ。

 とはいえ、あの時たとえ婚約破棄をされなかったとしても、いずれ彼女は貴方の側近達と同様に横領罪で罰を受けていたでしょうが。

 それに彼女は死んでしまって却って幸いだったかも知れませんよ。

 だって娼館に売られたり、犯罪労働者として鉱山で働かされるより、悪女という冤罪をかけられて婚約破棄された惨めな女だと、死後に同情された方が、まだ少しはマシでしょう?」

 

「自分の主のご令嬢に対してよくもまあそんな酷いことが言えるな! なんて冷たい女なんだ。

 いくら冷遇されていたといっても、あの家に置いてもらえたからこそ今まで生きてこれたのだろう? 使用人としての忠誠心はないのか!」

 

 こう怒鳴った王太子に娘は喫驚した。そして大きな水色の瞳を見開くと、王太子の顔を凝視した。

 

「私が冷たいですって? 何故彼女を死に追いやった貴方にそんなことを言われなければならないのです?」

 

「わ、私は魅了魔法であの魔女に操られていたのだ。私の意思ではなかった。私の愛していた女性はシシリアだけなんだ。妃に望んだのも」

 

「へぇ? 卒業パーティーで元聖女様を真実の愛だととおっしゃったのにそれは偽りだったのですか!

 もしそれが本当だとしたら誠に残念でしたね。あの時婚約破棄をしなければ今頃、シシリアと二人でこの北の塔に居ることができたかもしれませんのにね。

 ただし、それぞれが独房に入れられて、顔を合わせることもできなかったでしょうが」

 

 娘は馬鹿にしたように薄笑いを浮かべた。その表情を見て、王太子は呆気に取られた表情をしたのだった。

 

 

読んで下さってありがとうございました。

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