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第1章

既に完結させてあるので、順次投稿していきます。

この話は10章です。

読んで頂けると嬉しいのですが、センシティブな事柄も含まれるので、ご注意下さい。微ざまぁ専門家としては、珍しく過激な話も出てきます。

しかしあくまでも異世界の話なので、厳しい突っ込みはご遠慮下さると助かります。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 教会の鐘が鳴り響いた。以前王妃だった母親が亡くなった時にも聞いた特別な鐘の音。

 ああ、父上が亡くなったのか、と王太子のジョルジュは悟った。現在この国の王族は父である国王と王太子である自分しかいないのだから。

 

 父はまだ若い。しかし自分が親不孝をしてしまったためにその寿命を縮めてしまったのだろう。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。

 

 父が死に、自分は幽閉の身となれば、叔父であるマークス=スタンレー公爵が王位に就くのだろうか? 

 一度は王族籍を抜けたとはいえ、血筋は紛れもなく王家のものだ。

 あの見事な銀髪にエメラルドグリーンの瞳を持つものは、自分達親子以外では既に叔父しかいないのだ。

 

 その時コツコツと石の階段を上ってくる足音が聞こえてきて、それが段々大きくなってきた。

 いつもは朝昼晩と決まった時間にしか人は訪れない。一体何事だろう?

 

 もしかして死刑宣告にでも来たのだろうか。父である国王が亡くなったとしたら、自分を生かしておく意味は無いのだから。

 これでようやく楽になれる、そう王太子は思った。しかし、残念ながらそうではなかった。

 

 

 北の塔の最上階にある牢獄に上って来たのは、半年ほど前まで彼の食事を日に三度運んで来ていた娘だった。

 

 以前は地味で平凡な娘だと思っていたのに、今改めてよく見ると、ふんわりとやわらかそうな淡い金髪に、水色の瞳をした清楚系の美少女だ。

 きっと誰かと幸せな結婚をしたからこんなにも綺麗になったのだろう。彼女の腹が膨らんでいるのがわかった。

 

 以前は王宮のお仕着せ姿だったが、今日は裾が膝下あたりまでの、シンプルなワンピース姿だった。しかも濃いグレーの暗い色合いの……

 

「久しぶりだな。突然姿を見せなくなったので心配していたのだが、結婚したので仕事を辞めたんだな。子もできているようで良かったな。

 しかしそんな身重な体で何故こんな高い塔に上ってきたのだ。何かあったら大変ではないか。

 何かメッセージがあるなら、下男にメモでも渡せばよかったのに。

 どうせお前は何も話せないのだから」

 

 その娘が何も言えず、何も聞こえないことを承知で王太子はこう優しく語りかけた。

 北の塔の最上階の牢獄に閉じ込められた直後の彼は、心が荒んで暴れ泣き叫んでいた。

 しかしその娘が何の感情も示さず無反応で、一言も言葉を発さないことに気づいてからは、徐々に彼は大人しくなっていった。

 

 その娘が何も聞こえず、何も話せないのなら、彼女に気を遣う必要はない。

 彼は今まで誰にも言えなかったことを彼女に向かって話すことで、段々と自分の気持ちに整理をつけていき、次第に心を落ち着かせて行ったのだ。

 

 しかし半年ほど前、ジョルジュがあることで久し振りに酷く感情的になって暴れまくった翌日から、彼女は彼の前に姿を見せなくなった。

 怖がらせてしまったのだ……と彼は酷く落ち込んだものだった。

 

 そして、いなくなった彼女の代わりに下品で口汚い下男が食事を運ぶようになって、彼はうんざりしたのだ。

 何故ならそれ以降ジョルジュは、自分の思いを口に出せなくなっただけではなく、聞きたくもない話を聞かされるようになったからだ。それは一種の拷問だと彼は思った。

 今さら何を知らされても、自分にはもはやどうすることもできないのだから。

 

 しかし、久しぶりに娘の元気な姿を見ることができて、彼は少し安堵したのだ。

 たとえ会話がなかったとしても一年半近く時間を共有したのだから、さすがに少しは情が湧いていたのだ。

 

 

 ところがだ!

 

 

「先程の鐘の音はこの国の王太子殿下がなくなったので、その追悼のための鐘の音なんですよ。国王陛下はお元気です」

 

 

 娘が突然口を開いた。

 しかも王太子が死んだと言った。

 

 

「何を言ってる。私はこうして生きてるぞ!」

 

 ジョルジュは久方ぶりに怒りの声をあげた。すると娘は自分のお腹を優しく撫でながら言った。

 

「こうして王家の跡取りもできましたから、王太子殿下はもう必要がなくなったんですよ」

 

 ジョルジュは瞠目した。

 

「半年前に私の身代わりのエリオットと結婚式を挙げたのはお前だったのか?」

 

「はい、そうです」

 

「お前が二年前からこの北の塔に通っていたのは、私と関係があると高位貴族達に思わせるためか?」

 

「その通りです」 

  

「悪女め!

 身の程知らずは身を滅ぼす素だぞ! 世間を欺けば天誅が下るぞ!」

 

「それは貴方のようにですか?」

 

「何だと!」

 

 ジョルジュは激昂し、口から泡を汚らしく飛ばしながら叫んだ。この一年でようやく落ち着きを取り戻していたというのに。

 

「昔、貴方は同じようなことをまだ幼い私に言いましたよね。

 人というものは、それぞれその身の丈にあった所で花を咲かすのが一番だと。それが幸せなのだと」

 

「何?」

 

「貴方は平民だと私達を蔑んでいましたが、貴方だって平民の母親から生まれたくせに、よくそんなことが言えましたよね」

 

「何無礼なことを言っている。我が母はスレイン侯爵家の令嬢だった王妃だぞ!」

 

「貴方はスレイン侯爵閣下に可愛がってもらったことがありましたか?」

 

 娘の問にジョルジュは黙った。

 母方の祖父母は彼にお祖父様、お祖母様とは呼ばせなかった。我々は家臣なのだからと、侯爵、夫人呼びを指示してきた。

 そして王宮の催しで母親の王妃と共に挨拶するだけで、侯爵家を訪れたことはなかった。それは祖父が礼儀を重んじていたせいだと思っていた。しかし……

 

「スレイン侯爵ご夫妻にとって貴方は憎くて仕方のない存在だったのですよ。

 だって大切に育てた娘から子を産む機会を奪い、その上夫を奪った平民女の子を実子として育てさせられたのですからね。こんな屈辱的なことはありませんわ」

 

「な、何を言っている。でたらめを言うな! 私は王妃の子だ!」

 

「ええ。今は亡き王妃シルヴィア殿下は、本当に素晴らしい方でした。あの方が貴方を実の子と思って育てておられたことは確かなのでしょう。

 しかし貴方が平民の女から生まれたということは、高位貴族なら誰でも皆知っていることだそうですよ。

 何せ当時王太子であった国王陛下は、貴方同様学園の卒業式で、平民の同級生の女生徒の腰を抱いたまま、婚約者だったスレイン侯爵令嬢に婚約破棄を告げたそうですからね。

 

 もちろんその婚約破棄はすぐさま撤回され、なかったことにされたそうです。

 しかし何せ結婚式とお子様の誕生の日がどう考えても計算が合わなかったのですから、事実は誤魔化しようがなかったのです。

 当然国民への王子誕生の発表は、数か月後になったそうですよ。今の貴方の誕生日にね。

 まあ、箝口令が出されていたので、貴方や貴方の周りの方々は知らされていなかったのでしょうが」

 

「嘘だ、そんなことは……」

 

「貴方が平民を見下して馬鹿している様子を見て、上の方達は笑いを抑えるのが大変だったそうですよ。

 それにしても貴方も父親と同じことをするだなんて、血というものは争えませんね。

 王妃様が貴方の婚約破棄を知らずに天に召されたことは不幸中の幸いだったかも知れません。

 

 身の程知らずは身を滅ぼす素だ、世間を欺けば天誅が下るとさっき貴方はおっしゃっていましたが、それは本当のことでしたね。こうして貴方は今、北の塔に幽閉されているのですから」

 

 半年前まではまるで無垢な少女のように思えていた娘が、まるで悪女のように禍々しい笑顔を浮かべたのだった。

 

 

読んで下さってありがとうございました。

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