684.金タワシ
「……はぁ……今こそ、このソファの真価を……」
夕方。
ミルティアさんをお見送りしてから、ログハウスに戻った私は、ソファに腰掛け、身悶えながら一点を見つめる。
私の視線は、ヘソ天キャスちゃんにロックオン。
頭の上で眠っていたキャスちゃんは、真っ白ソファで未だに熟睡中。
あどけない小狐顔、たまらん。
こんな機会、今後もあるかわからないわ!
このソファは、ログハウスを改修した後、お兄様にお願いして用意してもらった。
オーダー通りの、真っ白ソファ。
当然だけれど私は、真っ白小狐のキャスちゃんが、今のようにソファでヘソ天した時を妄想し、オーダー直後から虎視眈々と狙っていた。
もちろんキャスちゃんには、保護色で気づかなかった体で謝る気、満々だ。
初めは普通に、うつ伏せで寝かしたのよ?
けれど気持ち良さげに眠るキャスちゃんを見ている内に、うっかりと……本当につい、うっかりとよ?
出来心的に、ヘソ天させてみたの。
「はぁ……もう……もう……いただき……」
「止めよ」
正に今、白モフ天国へ顔を近づけようとした時だったわ。
私の体から白銀の粒子が立ち上った。
粒子は向こうが透けた状態ながらも、ミニチュアマンモスの姿を型取る。
私の視界からキャスちゃんを遮るように移動して、制止を告げた。
「……え、敵?
やっちゃう?」
「普段はどのような悪意も右から左に流すくせに、意味のわからぬタイミングで戦意を露わにするな」
呆れた声を出したのは、アヴォイド。
既に体は朽ち、形在る存在はしていないらしい。
つまりアヴォイドは……幽霊っぽい何かね、きっと。
私の体には、アヴォイドの祝福が宿っている。
だからかアヴォイドは今、私の体に入りこむ事で現世に留まっている。
アヴォイドの魂が、自分の体に入りこんでいるからかしら?
明らかに自分の物とは違う感情が、胸に広がる。
とてつもなく引かれているわ?
ドン引きというやつよ?
どうしてかしら?
思わず首を捻る。
「そんな事より、本当に良いのか?」
「そんな事……」
アヴォイドの物言いに、ショックを受ける。
このソファを設置したのは、半年以上前だったのよ?
なのに絶好の腹吸い機会は、今この時を除けば、1度もなかった。
なのに邪魔をしておきながら……そんな事ですと!?
「はあ……何故あのベルジャンヌが、こうも変態仕様に……」
「え?
何て?」
胸にはアヴォイドのドン引きの他、呆れの感情がジワジワ広がるものの、声が小さくて聞き逃してしまう。
「いや、本心が口を突いただけだ。
ラビアンジェよ、気にするな」
「何だか含みのある言い方ね?
まあ、深く追求はしないけれど」
「……そうか。
それより本当に、お前はこれで良かったのか?」
「ええ、もう準備万端ですもの」
「何故だ?
もちろん私は、今も主人と慕うあの者が救われる事を望んでいる。
ヒュシスの想いを告げ、その上で消滅させる事で、私の願いは叶う。
それはお前もわかっていたはず。
なのにお前は主人に対し、更なる最善を尽くそうとしてくれている」
アヴォイドの感情が揺れている。
恐らくアヴォイドは、少し前まで私を信じきれずにいた。
実際、当初は影虎の魂を人質にしようとしていたもの。
そして今、アヴォイドは私と交渉しようとした自分を責めている。
言い換えるならそれはつまり……。
「嬉しいわ。
私を信用してくれたのね」
思わず微笑みかける。
そっと粒子に向かって両手を差し出せば、アヴォイドが素直に私の方へ来る。
宿主特権で、私は透けた姿のアヴォイドに触れられるわ。
黄金色の脇に手を入れて、抱き上げる。
「……ああ、ようやくな。
すまなかった。
お前が過酷な境遇に立ち続けたのは、我らのせいだ」
我ら……アヴォイドと、初代国王の事を指しているのかしら?
「なのに私は、少し前までお前を信じきれずにいた。
思い返せば、お前はベルジャンヌの頃から、私に誠意を見せてくれていたのに……」
「いいの。
ギリギリだけれど、あなたとお別れする前に、あなたが再び誰かを信じる気持ちを取り戻してくれて、それが私で、嬉しいわ。
それでも申し訳ないと思うなら、最後に一つだけ、いいかしら?」
アヴォイドの姿を目視した時から、どうしても抑えられない好奇心。
「ああ、今の私でできる事なら、何でも言って欲しい……ん?
何故、そのように鼻の下を……まさか……」
「いいのね!
ありがとう、アヴォイド!」
「ちょっ、待て!」
「いいえ、こんな好機は逃せない!
ちょっぴり硬い黄金毛!」
「ヒッ、いや、待っ……」
「いただきます!」
二度目の世界にも、マンモスはいた。
けれど既に絶滅した後よ、月和が転生したの!
宿主権限で私はアヴォイドに触れられるわ!
勢いよくアヴォイドをヘソ天させ、ソファに押しつけ……。
「痛あぁぁぁ?!」
「ひいぃ……え?」
叫ぶ私に、嬉しげな悲鳴の後に戸惑うアヴォイド。
マンモスの黄金毛は、金タワシ並みに硬かった。
つまり私は、勢い良く金タワシに顔をこすりつけた状態となってしまったの……クスン。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
アヴォイドが人間不信だった話は、№624に。
そして今回は、ラビアンジェの天罰回です。
ちなみにマンモスの毛を触った事はないので、あくまで私の予想を元に書いてます。
現実と違っても、そこは異世界マンモスという事で(;・∀・)




