680.私を今世で初めて救ってくれたのは…
「はっ、待って、それはヨーグルトの糠漬け……って、あらあら?」
一瞬、夢現状態で叫ぶも、真っ暗な部屋の中で目を覚ました。
場所はログハウスとは違って、貴族令嬢らしい部屋だと、まず認識してから、ロブール本邸の自室かと合点がいく。
すると私のお腹にモゾリと前世で懐かしの、胎動を感じたわ。
「どんな夢をみてんのさ、ラビ」
まあまあ、胎動じゃなくてキャスちゃんだったのね。
布団を被った私のお腹の上で、丸くなって寝ていたみたい。
真っ白な小狐聖獣のキャスちゃんが、むくりと顔を上げた。
「おはよう、キャスちゃん。
魔力枯渇をおこして、眠っていたのかしら。
夢で食いしん坊の前世の孫が、お野菜を漬け終わった後のヨーグルトに蜂蜜をかけて、食べようとしていたの」
「うわ、美味しくなさそう」
「そうね、水っぽくて塩っぱい、不味いって、孫も言っていたわよ」
当時を思い出して、クスクスと笑う。
「……でもラビは、そんな孫も可愛く思えるんでしょう」
すると視線をツイ、と逸らせたキャスちゃん。
「もちろんよ。
懐かしいし、とっても可愛いわ」
「会いたい?」
おや?
と思いつつ答えれば、キャスちゃんは、どこかしょげた様子で尋ねてくる。
「いいえ……いえ、そうね。
会いたいわ。
ただ……食いしん坊さんなあの子に限らず、皆元気で過ごしているかしら、と思うのは変わらないのよ。
けれど……昔みたいに、どうせ会えないからと、会いたい気持ち自体に蓋をして、目を背けようとは思わなくなったわ」
「前世の旦那さんと会えたから?」
キャスちゃんが影虎の名前を口にするのは、初めてね。
影虎と束の間の会合を果たした事と、私の中の些細な心の機微を、敏感に感じ取っているみたい。
「そうね。
会えないからと、拗ねてしまう気持ちがなくなったのは、影虎のお陰。
けれど……」
両手でそっと、白い体を下からすくうように抱きしめる。
キャスちゃんたら、私の前世の家族達にヤキモチを焼いたのね。
前世から今世まで、私にとってキャスちゃんは、100年以上かけがえのない家族で居続けているのに。
「私がこちらの世界に転生した時、私はまだ胎児だったでしょう。
脳が完全に仕上がってなくて、前世の家族と会えなくなった喪失感だけが、私の心を支配していたわ。
もしキャスちゃんが、私を真っ先に見つけていなかったら、声をかけてくれていなければ、私は絶望して、胎内で魔力暴走を起こしていたはずよ。
胎児だった私は、理性よりも感情に支配されていたもの。
それくらい、強い喪失感だったの。
時に暴れそうになる私の魔力を、安定させてくれたのもキャスちゃんよ」
そう、私の魔力は胎児の頃から多かった。
更に前世と前々世の記憶は持っていたからか、魔力を魔法へと還元する術も持ち合わせていたから、余計に悪かった。
「そして次にラグちゃんが、更に他の聖獣ちゃん達が、次々に私を見つけて、心を預けてくれるようになったから、喪失感が埋められたわ。
家族とも旦那さんとも会えない事に、心の中でこっそり拗ねちゃうくらいで終わっていたのは、キャスちゃん達のお陰よ。
人として、家族としての愛情を与えてくれたのも、会えない喪失感を教えてくれたのも、前世の家族。
けれどそんな喪失感を最小限にしてくれたのは、キャスちゃん達。
そして転生早々に私を救ってくれたのは、キャスちゃんだったのよ」
そっと丸い背中を撫でながら、静かに話す。
「だから初代国王を、自分が危険を侵す方法で助けようと……救おうとしてるの?
ラビがそういう方法を取るのは、アヴォイドへの義理だけじゃないよね?」
「悪魔な彼は、学園祭で私に言ったわ。
私の気持ちを理解してやれるのは、自分だけだと。
言い替えれば、彼の気持ちを理解してあげられるのは、私だけになる」
「僕は納得できない。
ラビが危険を侵して助けなくても、今の僕達聖獣の力を使えば、悪魔を消滅させる事はできるのに……」
プクリと膨らむ白いほっぺた……あ、まずい、たまらん……。
「もう!
ツンツンしないで!」
「ハッ、ついうっかり……」
「僕は真剣に話してるんだよ!」
カプリと人差し指を甘噛みされる。
「はあ~ん、可愛い!
キャスちゃん!
もっと噛んでいいのよぉ~!」
「くっ、失敗した!
ラビにはご褒美だった!」
指先から口を放したキャスちゃんは、なかなかの勢いで後退った。
白いモフモフから感じられた、どことなくしょげた雰囲気が、完全に霧散しているわ。