679.カイン氏の招待と妹昏倒〜ミハイルside
「ねえ、ラビちゃんは、まだ起きないの?」
「……ここ、ロブール家の執務室なんだが……」
「そうね。
それでね、翻訳機が壊れたから、修理してもらいたいの。
私は楽しかったから、誤変換でも良かったのよ?
翻訳機としての機能がいまいちでも、戦闘中の翻訳だけなら、完璧だったから。
それにしても、どうして日常会話になると、私が思っているのと真逆の翻訳をしちゃうのかしら」
「……」
邸の執務室で書類仕事をしていた俺は、ひょっこり転移で現れたミルティア氏の言葉に、思わず閉口した。
ミルティア氏とカイン氏が邸に滞在し始めて1週間。
ちなみにレジルスは、妹の笑顔にヤられた翌日には、城へ戻っている。
この1週間で、俺達は互いに敬語はなしとした。
ミルティア氏が邸内を、かなり自由奔放神出鬼没的に、遠慮なく歩き回るのにも慣れた。
その為、閉口したのはミルティア氏の行動ではない。
その言葉の方だ。
俺は知っている。
翻訳機が、正しいのだと。
ミルティア氏が、間違っているのだと。
ミルティア氏の手の平にある、翻訳機。
残骸になってるじゃないか。
握り潰したような、歪な手の形で破損している。
どんな握力してるんだよ。
ミルティア氏を背後から見守る竜達は、潤ませた目で俺をみながら、静かに首を振る。
とんでもないアイコンタクトの圧だ。
ミルティア氏、翻訳機の翻訳内容が気に入らなかったんだな。
握り潰したと容易に想像がついてしまうぞ。
そして可愛くて可哀想なミニ2体は、もはや翻訳機の修理を望んでいない。
恐らく製作者である妹により、ミルティア氏が望むような翻訳にするよう、改悪される事に心から恐怖している。
「カインはラビちゃんの亜空間図書館に入ってから出てこないし、つまらないわ。
無理矢理に押し入っても良いけど、許可制を設定した亜空間に許可なく入ると、カインが空間に潰されかねないから、あまりしたくないし」
「……」
いつの間にか、妹はラビちゃん呼びになっていた。
やべえ人間性同士で、意気投合したんだろうか?
妹が交換条件とはいえ、個人的な頼み事をしたくらいだ。
きっと気が合ったんだろう。
俺が預かっていたヒュシスの魔法具。
その使い道を教えられた時は、正直、驚愕した。
しかし……。
つい、ミルティア氏の赤い瞳を見つめてしまう。
ミルティア氏は俺の瞳の力とは違うタイプの、固有スキルのような能力を持ち合わせていた。
その昔、狒々の血を浴びたが故に開花した能力らしいが……。
カイン氏は当初、ミルティア氏が妹と個人的な取り引きをする事へ、難色を示した。
このあたりはS級冒険者としての立場的なものと、冒険者ギルドとの付き合いが関係しているようだ。
しかし妹は、とある方法でカイン氏を黙らせた。
それが……そう、それが……破廉恥本を収納する亜空間に招待する事だった!
カイン氏よ。
俺としては、そんなもんと引き換えにして、本当に良かったのかと問い詰めたい。
よくよく、熟考すべきだと、釘を刺したい。
だが俺は俺で、ある場面を見つけてしまい、黙認した。
カイン氏と同じ穴のなんとやら、だが、同じにされたくないと切に願う。
妹は今、2日間眠り続けている。
しかしそうなる前。
亜空間収納の入り口を出した妹は、カイン氏に箱をプレゼントしているのを見てしまった。
両手で軽く持った程度の大きさの箱から、青紫色の縄がはみ出ていた。
『衣装もランダムに選んで、とりあえず詰めましたのよ。
使い方は、亜空間R18図書館で学んでらして』
とか妹は言っていたが、俺は聞かなかった事にした。
そしてカイン氏は、その箱を受け取ると、迷いのない足取りで亜空間へ。
その時カイン氏が浮かべたのは、巷で流行りの小説に毒された令嬢なら、恋に落ちそうな微笑みだった。
箱には、破廉恥といかがわしさしか詰まっていない。
そう確信しているが、俺は中身についてなど、聞かない。
聞けば負ける。
何にかはわからない。
しかし何かに負ける!
そんな俺の心情など知るはずもなく、カイン氏の微笑みに魅了されるでもなく、妹は図書館とは別の亜空間収納に入っていった。
ややあって、聖獣キャスケットが昏倒し、魔力枯渇に陥った妹を連れ、亜空間から出てきた。
それが2日前の出来事だ。
妹が何をするのか事前に聞いていた俺は、慌てずに本邸の、妹が滅多に使わない自室に寝かせた。
そうして妹が眠りにつき、今日で2日目。
妹の枯渇した魔力は、ほぼ元に戻っている。
常人の何倍も速い回復力だ。
その上、妹は魔力枯渇に陥る人間とは思えない、本来ならあり得ない程、穏やかな顔をして、初めから眠り続けている。
聖獣達の力か?
それとも妹自身の力だろうか?
こんな小さな事にも、自分との差を感じてしまうのだから、嫌になる。
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