669.網の製作者を辿って~国王side
「トビウオ?」
「飛来魚の事だ。
この国の一部の者は、そう呼ぶ」
「そうでしたか」
ライェビストよ。
そなたの言葉を訝しんだカインへ、当然のように答えたな。
そうだな、確かに一部の者はそう呼んでおる。
何も間違っておらぬ。
レジルスと魔法師団長たる者達が口にした、トビウオなる魚肉の正体。
それが飛来魚なる魔獣だったと、余は今更ながらに強く確信しただけよ。
ライェビストの態度も声音も、堂々としておった。
故にカインの耳へ、さも当然とばかりに届いたであろう。
カインも納得したように頷きおった。
これはこれで、ひとまず一安心か。
宰相が余の方へと軽く振り返る。
宰相、余に目配せすると見せかけて、カインと従者の死角に顔を向けただけであろう。
それとなく、安堵の息を吐くでない。
気持ちはわかるが。
宰相が知るロブール公女の裏の顔は、風俗公序が危ぶまれる小説家。
しかしながら故にこそ、亡き聖獣ヴァミリアの契約者であった。
それを昨年の夏、余と共に知った。
更に今は、裏の顔が1つに留まらず、正体不明だったデザイナー月影であった事も知るところとなったが、宰相の中では、些事であろうな。
何故なら、風俗公序が危ぶまれる小説と連動させたかのような小道具を嬉々として作っておるからよ。
その上、己の伝を最大限に活用し、しれっと普及させておる。
正に不穏たる根源。
主には、風俗公序が危ぶまれる意図を持って作られたであろう魔法具が無駄に、いや、別の用途として、何故か魔獣を効率的に狩る魔法具となって、学園祭で起きた事件の公的な報告書に上がってくるなどとは……。
少なくとも起動ワードなど、設定するでない。
もしくは、せめてもう少し……何とかならなかったのか……。
しかし魔法具とは、基本的に製作した魔法具師が登録した図面を、当人の了承なく変える事ができぬ。
何故なら2人の先代王妃達と、先代ロブール公爵とで、法整備を徹底したからだ。
過去、ベルジャンヌ王女は、多くの有益な魔法具を生み出した。
しかし当時の王族達は、それら魔法具をことごとく搾取したばかりか、製作者の栄誉を己のものにしておった。
未だ王女に、何かしらの強い想いを抱くあの3人が、それを良しとするはずもない。
まさか世代を跨ぎ転生したロブール公女が、法整備の恩恵を受けた上で、今の王家に対して度肝を抜く、いや、斜め上方向からブーメランを投げてくるなど、誰が予想できようか。
……ハッ、まさか……今更ながらの復讐!?
いやいや、公女の為人は知っておる。
それはなかろう。
どちらにしても、余は公女が何者か知るが故に、公女が国を滅ぼそうとせぬ限り、全てを受け止めると決めたのだ。
「それで?
この網を何故、余に見せた?
そろそろ本題に入ってはどうだ」
嫌な予感を抱きつつ、カインへ話を進めるよう促す。
「実はスタンピードが発生した場所の真下に、スタンピードの原因と考え得る、大きく成長した飛来魚が沈んでいました。
大きさは大柄な成人男性ほどまでに。
そして大型の飛来魚には、青紫色の網が翼を押さえるように巻きつき、飛べなくしておりました。
この件は、既に冒険者ギルド本部に報告済みです。
そしてギルド本部がお見せした網を調べた結果、ロベニア国で同じタイプの魔法具がつい最近、正式に登録された事を知りました」
カインはそう言いながらライェビストに近寄り、網を返せといった体で、手を差し出す。
「しかしこの網は、広く普及していません。
そもそもこの網に使われる素材も、新種の魔獣と記載されていましたから。
つまり、この魔法具の製作者を調べれば、発生したと言って差し支えない、人間に不利な海上という場所で起きたスタンピードを止めた者にたどり着く。
冒険者ギルド本部としては、スタンピードを止めた者が魔法具だけを使用して止めたとは、考えていない。
ぜひとも止めた者を突き止めるように。
それがギルド本部から、私に依頼された内容です」
なるほど。
つまり今のところ、スタンピードを止めたのがロブール公女だとは思っておらぬ。
そして冒険者ギルド本部は、災害級とも呼ぶべきスタンピードを収めた何者かを探しておる。
もしも災害級の実力を持つ者であった場合、冒険者ギルド本部に取りこむ為に。




