653.自由〜学園長side
「父上……私は、父上が王立学園の学園長になると聞いた時、先代王妃であるモニカ様に頼まれたからだと思っていました。
そして父上が市井にいた頃の、ベルジャンヌ王女との関係を伺った後は、王女への贖罪からだとばかり……」
父親として初めて、息子に自由を望む気持ちを吐露した儂へ、ダリオが遠慮がちに告げた。
「そうじゃな。
初めも、もちろん今も儂は、ベルへの贖罪の気持ちを忘れた事はない」
そう、儂はベルに助けられ、そしてベルの人柄を知っておった。
王女としてのベルが、どうして死んだのかも、聞かされておった。
じゃが儂はアッシェ家当主として、ベルに悪女の汚名を着せた者の1人。
儂自身が直接そうせずとも、先々代国王であるオルバンスと、先々代のニルティ・ベリード両公爵が着せた汚名を、儂はあえて放置した。
言わば、共犯じゃ。
そしてそう自覚しておるのは、儂とそう時期を違えずに当主となった、他の四大公爵家当主達も、その後に代を代わった当主達も同じ。
まあ今のロブール公爵だけは……魔法馬鹿じゃしな。
興味のない事には、とことん興味がない、あのロブールじゃ。
何十年も前に死んだベルの事など、何も考えてはおらんじゃろう。
「もちろん父上が王女へ抱く気持ちは、疑っておりません。
しかし王族の護衛任務ではなく、父親として、私の長男の入学式で学園長として生きる父上を、初めて正面から見て、更に次男、そして放逐したヘインズと続き、見続けた父上の表情は、少しずつ変わってきていると、お気づきですか?」
「変わった?」
「はい。
父上の目に、徐々に生気が宿り始めたと言うべきでしょうか」
ダリオの息子達__つまり儂の孫じゃが、孫は3人おる。
孫は3人共、良きにしろ悪きにしろ、義理堅い性格に育ったと思う。
上の孫2人は、父親のダリオより、視野が広い。
騎士家系のアッシェ家からはみ出した、どちらかと言えば騎士や政治とは距離を置きたい、芸術家気質とでも言うべきか。
もちろんダリオは上の2人を、どちらが当主となっても困らないだけの教育は、施しておる。
家の存続と内政処理能力について、申し分ない能力を備えておる。
じゃが末の孫である、ヘインズは……。
今は考え方に、随分と柔軟性が出ておるようじゃ。
しかし少なくともヘインズは、4年生の初めまでは、悪い意味での身分社会と王族主義に、思想を支配されておった。
ひとえに、ヘインズの担任を4年間務めた、A組の担任教師も悪い。
教師という職は、ロベニア国においては特殊じゃ。
身分社会に加え、学園が王立である事も一役買い、昔から過剰な選民思想を持つ者が、教師に多かった。
儂が学園長となり、徐々に教師を正していく中、当時は学生だった者達が、教師となって学園に戻る頃。
ようやく学園内の風紀が、儂の思う、良き方へと変わってきた。
そう思っておった矢先に、第2王子と婚約していたロブール公女が入学して、再び風紀が乱れ始めた。
正直、これは計算外の事態じゃった。
レジルス第1王子の卒業までは、開かれた学園へと近づいてきたと思っておったのに……。
それにしても……公女が相手を泳がせて自滅を誘うばかりか、更に相手が自分に噛みついてきた際には、力技でねじ伏せる様。
ベルのようじゃと思った。
もちろんこの事は胸に秘めるに止めたが。
もっとも、ベルは公女と違って、魔力が豊富。
武への実力も年々、上げておった。
他者が噛みついてくれば、言葉そのままの、純然たる力技でねじ伏せるタイプじゃ。
対して公女は、魔力が少なく、ベルのような武力行使は不可能。
公女の方は、ベルよりは使える微々たる権力と、高い知力を合わせた方面での、力技じゃったが。
しかし儂の目に生気が宿っておるようなら、今後は自重せねばならん。
儂が学園の風紀を変える事に囚われ、公女の力技に頼ったせいで、心のどこかでラビアンジェ=ロブールは四大公爵家の公女なのじゃからと、公女としての役目を求めたせいで、下手をすれば年端もいかん公女が、ベルの二の舞いになっておった。
儂が今の学園長という職に生きがいを感じるなど、あってはならん。
これではベルへの贖罪になっておらん。
「父上の気持ちを推し量る事は、私にはできません。
しかしベルジャンヌ王女が亡くなってから、もう何十年と経っている。
私もまた、父上が自由に生きる事を、ベルジャンヌ王女の枷から、父上が自由になる事を…………」
言いかけて、ダリオが口を噤む。
他ならぬ儂が、ダリオの言う枷から自由になる事を望んでおらんと、誰よりも理解しておるからじゃろう。
「いえ、何でもありません。
王女が亡くなる間際に、聖獣キャスケットへ告げた言葉。
戻って来ると言った言葉通り、戻ってきたなら……その時こそ、父上は自由になれますか?」
「そう、じゃな……。
もしもベルが儂にそう望むなら……」
あり得ん話じゃが、もしもベルが儂の前に現れたなら。
もしも儂がベルを悪女にした事を知り、それでも好きに生きろと言ってくれたなら……このまま学園長として生きても、違う道を歩んでも、今より心は軽くなるに違いない。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
中途半端に感じられる方もいるかもしれませんが、これにて学園長視点は終わりです。
迷って何度か書き直しをしていたのですが、現状で学園長側の不完全燃焼感を完全燃焼させるのは、ダラダラ話が続くだけになって、無理があるなと(;^ω^)
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