651.儂と元妻〜学園長side
__コンコン。
「開いておる」
過去の記憶に思いを馳せながら帰宅した儂は、予定していた人物を待っておった。
どうやら来たらしい。
「お久しぶりです、父上。
相変わらず、不用心ですね」
入ってきたのは、ダリオ=アッシェ。
儂の実の息子だ。
不用心とは、この邸にいるのが基本的に儂1人だからか、鍵を施錠しておらんかったからかを言いたいのじゃろう。
時折、清掃に人を入れるものの、メイドも特に雇っておらんからな。
鍵はダリオが来るからと、開けておっただけじゃが。
「騎士団長の職を辞す事にしましたので、本日はご報告に」
「……そうか。
まあ、座れ」
前アッシェ公爵である儂は、ダリオに当主を譲る際、モニカ王妃から聞かされた【ベルジャンヌ王女の真実】を話してから、アッシェ家を去った。
儂はベルの事を知ってはいても、王女としてのベルは何も知らなかった。
全ての四大公爵家が代替わりした際、アッシェ家もまた、儂に代を継いだ。
当時の儂は、モニカ王妃の生家であるニルティ家で匿われていた。アッシェ家の直系血族と噂を流したが、正式に公表はしておらん。
あくまで中継ぎの当主として存在を認知された。
存在が不確かとされておった悪魔が実在し、王家も四大公爵家も代替わりするという、不測の事態。
国を維持してきた柱が、大きく揺らぐ事態じゃ。
だからこそロベニア国は、現状を維持しようと、平民も貴族も藪をつついて、蛇を出すのを良しとせず、ただ静観しておった。
当主に就いた後、儂は用意されておったお飾りの妻と、約束通りに子を2人もうける。
妻は子を産んだ後、出産中に命を落とした事にし、事前の誓約通りアッシェ家を去った。
妻はアッシェ家と血が濃い、傍系の男を父に、平民を母に持ち、生まれたらしい。
生まれた子供達の外見からして、嘘はないはずじゃ。
儂と違い、妻は両親に捨てられ、露頭に迷っておったところを、公女だったモニカ王妃が拾い、側付きの侍女として生かされた。
ただし儂と妻が子を得た方法は、従来とは違う。
モニカ王妃が学生時代に研究しておったという、医療魔法を駆使した方法で受胎した。
体外受精と言っておったか。
故に儂ら夫婦は、最後まで体を交える事なく別れた。
この技術は今もなお、公表されておらん。
倫理観と血筋、その他にも問題が山積みで、法整備をするまでにも至っておらん。
妻__元妻は今もモニカ先代王妃の下で、元気に仕えておる。
婚姻中、元妻とは同士のような関係で過ごした。
仲は悪くなかったが、儂らの間に男女の愛が生じる事は、ついぞなかった。
元妻は、主人であるモニカ王妃への敬愛と恩義から、儂との婚姻を了とした。
儂はベルの生い立ちと最期の言葉を聞き、ベルが何一つ見返りを求めずに与えてくれていた恩義に報いる為に、了とした。
ベルがいなくなったと知り、初めて自分が7つも離れたベルを愛しておったと気づいた。
とは言え、それが男女の愛かと問われると……むしろ妻がモニカ王妃に向ける、主人への尋常ならざる敬愛に近かった気がする。
じゃが、それでも儂と元妻が、血を残す事を了とできたのは、体の繋がりを持たずして、血を残せると言われたから。
ダリオは、どのようにして自分が生を受けたかも、母親が生きておるとも知らん。
ダリオに話すつもりもない。
特にあの時代の、四大公爵家の政略結婚じゃ。
ダリオ自身、自分の両親が愛情で結ばれた夫婦とは、思っておらんじゃろうし、知る必要もないと判断しておる。
だからと言って、儂も妻も、生まれた息子達に情がないわけでもない。
ただ、自身の境遇と歪んだ男女の愛に振り回された経験から、どうしても肉体関係を結ぶ事に、抵抗があった。
ダリオと、今は分家の長となっておる次男。
息子達が知ればどう思うか……まあ、そんな事もあるだろう、とか言いそうじゃが、少なくとも儂と元妻は納得しておる。
たとえモニカ王妃が自身の研究を、儂らで試したかったのだとしても。