647.学園長の生い立ち〜学園長side
「……まさか三大部族長の内、最もロベニア国を敵視しておった族長2人が……世代交代とはのう」
ユスト商会長と月影が帰った後。
静かになった学園長室で独り言ちる。
「交代せなんだフィルン族長も、新たに族長となった2人程でなくとも、ロベニア国への敵対心は低い。
じゃが……フィルン族長までも月影を……。
いや、ロブール家公女と言うべきじゃろう。
公女を認めたか」
そう、月影の正体はラビアンジェ=ロブール。
あのフィルン族長じゃ。
月影の正体を知っておったはず。
月影と初めて対面した時、儂は怪しさ満載の出で立ちだった彼女が貴族だと確信した。
それ故、月影の正体について尋ねるべく、王太后と先代王妃の元を訪れた。
国王を訪ねたとて、白を切られて答えなど得られるはずもないからな。
ロベニア国の高位貴族は、周辺国に良き影響を与えたベルジャンヌ王女を悪しざまにしてきた故に、嫌われておる。
下手に貴族を、それも高位貴族の雰囲気を放つ者をデザイナーとして採用してみよ。
他国から留学生を招きつつ、開かれた国へと変えていく事が難しくなりかねん。
何より儂は、儂が生きておる内に、ロベニア国内にあるベルジャンヌ王女の汚名をそそぎたい。
それこそが儂に半分流れるアッシェ家の血の贖いであり、王女に救われた者の義務と思っておる。
エビアスが形だけの国王となり、ベリード家とニルティ家から2人の公女がロベニア王家へ嫁いですぐじゃった。
当時のアッシェ公爵とハディクは、ベリード公爵とニルティ公爵により、秘密裏に消された。
そうしてアッシェ家の当主として、仮初めかつ中継ぎの公爵となったのが儂じゃった。
今、騎士団長を務めておるアッシェ公爵。
奴は儂の息子じゃ。
儂は息子に全てを伝えた後、予定通り、表向きは死した事にした。
四大公爵家の当主への未練は、微塵もなかった。
本来ならば、そのまま平民へと戻り、陰ながらベルジャンヌ王女の名誉を回復させるべく陰ながら活動するつもりだった。
その為に色々と計画しておったのだ。
そもそもベルジャンヌ王女自ら、悪女とするのを良しとしたと知らされなければ、儂は四大公爵家当主になったのをこれ幸いとして、王家と四大公爵家の罪を暴くつもりであったのに……。
当主を降り、表向き死した後は、元ニルティ公女であるモニカ先代王妃たっての頼みで、王立学園の学園長となった。
先代王妃こそが、儂の4つ下の異母弟であるハディクから儂の存在を聞き、秘密裏に儂を探し当てた張本人じゃった。
儂は当時のアッシェ公爵が侍女に手を出してできた子供じゃ。
しかし四大公爵家の血が、傍系でもない外の血筋へ漏れる事は、決して許されない。
アッシェ家で働き、何よりもその事を知っていた母は、儂が腹に宿ったと気づいたその日、アッシェ家を去った。
自身と儂を守る為、平民になる事を選んだ。
腹の子の父親を愛していたわけでもなく……かと言って強引ではあったものの、無理矢理というわけでもなく……。
打算だったと母は言っていた。
末端貴族。
それも貧しい準男爵の家。
アッシェ家には下女として入れただけでも、生きる上では幸運だった。
成り行きで当主の手付きとなり、下女からメイドとなれた事で、生活が楽になったのだと笑っておった。
四大公爵家のメイドとなった事で、母は四大公爵家の裏の顔が、そして四大公爵家を取り巻く貴族達が、どれほど恐ろしいかを知った。
このまま当主と関係を続けていれば、自分の命が危うくなると気づいてもいたらしい。
しょせん自身を守る後ろ盾もない、当主が気ままに抱く、替えの利く女止まり。
そろそろ身の程を弁えて、アッシェ家から去ろう。
給金の大半は使わずに取っておいたから、当面は生活に困らない。
そんな風に考え始めた時、儂を妊娠したらしい。
惚れた男ではなかったが、腹の子は愛おしく思えたと言われた時は、どう言えば良いのかわからんかった。
四大公爵家当主を務めた今は……まあ、準男爵とは言え、母も貴族。
冷めた部分があっても……まあ、そんなもんなんじゃろう。
じゃが、そんな母の元に生まれた儂は、幸運じゃったと今でも思う。
そこそこ金を貯めておった母のお陰で、儂は平民でありながら食うに困らず、普通に暮らせておったしの。
あの日、母が亡くなるまでは。