646.商会長とデザイナーの訪問〜学園長side
「学園長。
リュンヌォンブル商会会長、デザイナーの月影殿がいらっしゃいました」
「おお、おお。
待っておりましたぞ。
さあさ、そちらにお掛けくだされ」
予定通りの時間に訪れた2人を、笑顔で学園長室へと招き入れる。
テーブルを挟んで儂の向かいに座った2人の用件は、制服製作について報告する事。
月影は先日、隣国リドゥールから帰国したと聞いておる。
リドゥール国以外の諸国も含め、制服のデザインを国家間で摩擦が起きない仕様へと、仕上げてきたはず。
制服は、来期から入学する新入生を対象に、義務としている。
しかし月影は有名なデザイナーで、月影のデザインした服を巡り、貴族と平民で対立がおきる程、人気が高い。
貴族は新しもの好きが多く、身につける物のデザインは、ブランド力を求めがちじゃ。
恐らく在校生達も、我先にと制服を求めるじゃろうな。
そう考えながら、改めて目の前の2人と視線を交わす。
リュンヌォンブル商会会長のユスト。
この男は、かなり厳つい外見をしておる。
体格と顔つきに加え、顔に魔獣の爪でつけられたと思しき傷痕があるからだ。
平民だから、姓はない。
そしてローブを目深に被り、ユストと並んで腰かける月影。
こうして大男と並ぶと、月影の体格がいかにも小さく、華奢だと感じずにはいられんな。
ただし月影の顔は、全くもって奇怪。
いや、顔と言うと語弊がある。
月影が顔に装着している、手作り感溢れる仮面が奇怪なのじゃ。
どうでも良いが、月影は何を思い、そんな仮面を装着しておるのだろう……。
もっと他に……無個性な感じの仮面があるじゃろうが。
仮面は白い顔に、ちょび眉、おちょぼ口。
額の際にセンター分けした黒い前髪が、申し訳程度に描かれている。
初対面の時、少女の声で『伝統的オカメ面でしてよ』とか言っていた。
長らく学園長を務め、たまに他国へ赴く事もあったが、こんな伝統面は初めて見たぞ?
そもそもオカメとは、一体……。
笑っている手描きの目が、ともすると呪ってきそうな気がして、それ以上は聞いておらん。
と言うか、その面に描いておる細目。
穴が空いておらんのだが、見えておるのか?
どうでも良いのじゃが、面は2つあるらしい。
もう1つは、確かヒョットコと呼んでおった。
『ヒョットコは、お客様に怖いと泣かれてしまいましたの。
以来、商会長から強く……それはもう強く、禁止されてしまいましたわ』
儂から聞いたわけでもない。
面が2つあるなど、考えもせん。
なのに何で自分から、カミングアウトなぞする?
見るかと聞かれたが、もちろん拒否。
嫌な予感しかせん。
そんな仮面の主である月影は、厚手のローブを羽織り、面をつける事で、正体を隠しておる。
隠し方について、商会長は何も言わんのかと言いたかった。
ヒョットコの方を阻止するのに、まさか手一杯じゃったとでも?
何が打ち返されるかわからず、言うのは止めたが。
しかし月影の口調と物腰は柔らかい。
茶を飲む所作1つ取っても、品良くマナーを守っておる。
カップに口をつける時、僅かに覗かせた唇は形が良かった。
更に社交界で通用するドレスもデザインしておる。
初対面ながら、すぐに貴族女性だと察せられた。
月影は大商会と呼ばれる、リュンヌォンブル商会の専属デザイナー。
もちろんリュンヌォンブル商会の会長が直々に、月影の身元を保証しておる。
だからとて、この学園に通う学生達は、貴族の子女が大多数。
身元不明の者に、かりにも王立と名のつく学園の制服を、デザインさせるわけにはいかん。
例え大商会の会長に加え、この学園を後ろ盾している国王陛下が直々に、月影の身元を保証したとしても。
そもそも儂は王家であっても、それが王であっても、無条件に信用はせん。
それでも良いならと条件を付けて、先代王妃より直々に頼まれた学園長の役目を引き受けたのじゃから。
「リドゥール国内の三大部族の反応は、いかがでしたかな?」
学園祭で魔獣達が暴れ回る事件があった日。
儂は学園にいなかった。
リドゥール国同様、ロベニア国とは海を挟んだ場所に位置する他国で足止めされておったのじゃ。
学園長である以上、学園祭には間に合うよう、帰国の日程を組んでおった。
しかしロベニア国はベルジャンヌ王女の死後、特に他国との仲が膠着状態。
ベルジャンヌ王女に大恩あるリドゥール国ほどではなくとも、関係は冷え切っておった。
しかし長年説得し続け、ようやく他国からの留学生を堂々と迎え入れる目処が立った。
ある程度、話を詰めてから帰国しよう。
日程的には余裕が数日あるからと、帰国を遅らせたのが悪かった。
その上、いざ帰国当日となった日。
海が荒れてしまったのじゃ。
こうして学園祭当日になり、儂は他国から出港と相なった。
まさか学園祭で、あのような事件が、そして奇跡が起こるなどと思いもせなんだ。




