640.わだかまりを捨てる覚悟〜ベルシュリーside
「王女は、いや、ラビアンジェ嬢は稀代の悪女と呼ぶ、今のロベニア国をどうしたい?」
利己的な考えをしてしまったのは、認めざるを得ない。
しかし王女は、公にしていない儂と王女との関係は……。
儂は親父から族長を継いだ時、儂は王女と儂の母親の関係性を聞かされた。
更に曽祖父のロウからは、本名がロウビル=チェリアで、元々は侯爵から伯爵となった経緯も含めて、王女のロベニア国での扱いについても聞かされていた。
退任した2人の部族長のような、恋い焦がれる想いはもちろんないが、身内の情はある。
だからもしラビアンジェ嬢が王女なら、それに気づいて儂の言う事を聞き入れるのではと、そんな甘えた考えもあったのかもしれない。
そして身内だと思って過ごしたからこそ、少なからず自分の身内を死しても傷つけているロベニア国は、王女だって許さないはずだと思いこんでいた。
死んだ王女がどうしたかったのかなど、死んでいるからこそ考えた事もない。
王女の生まれ変わりがラビアンジェ嬢であったとしても、考えが及んでいなかった。
「どうもしなくていいし、成り行きに任せればいいわ。
ベルジャンヌは、短い時間だけれど、あの時できる最善を尽くした。
それに当時の国王や四大公爵家当主達に、自分を悪者にして丸く収まるなら、それすれば良いと言ったのも、ベルジャンヌ自身よ。
全てが思った通りだった。
当時の彼らがベルジャンヌの甘言にのったからこそ、ベルジャンヌが望む結果が手に入ったのだと、ラビアンジェとなって戻ってきた時、ほくそ笑んだもの」
「ほくそ……んんっ。
そうか……全てが王女の望んだ通り……」
つられそうになった言葉を、咳払いで誤魔化したものの、ラビアンジェ嬢の顔が、ほんの僅かだが寂し気に見えて、口ごもる。
王女の本心は、違っていたのかもしれない。
けれどそれを口に出して、現実を突きつける事はしたくないと思ったのだ。
「それに、どうしてロベニア国が他国からの留学生を積極的に受け入れる決断をしたと思っているの?」
「儂もそれは不思議だった。
ラビアンジェ嬢と会い、ラビアンジェ嬢が聖獣との間に立つ事で、王家と四大公爵家の橋渡しができ、関係が良好なものに変わったからではないかと考えたのだ。
ロベニア国はラビアンジェ嬢の存在を明るみにする事で、これまで内密に受け入れてきた他国からの介入を牽制し、しかし他国からの留学生を積極的に受け入れる事で、周辺国との関係性をロベニア国優位にしようと目論んだのかと」
「他国の人間が学生としてロベニア国へ入国すれば、ベルジャンヌの真実と、王家や四大公爵家が公表したベルジャンヌの嘘との違いが、自然に、けれど大々的に明るみに出る可能性が高いのに?」
「王家や四大公爵家、王女の嘘に便乗した貴族達が主に通う学園だ。
その上、王立学園の学生はまだ貴族としては未熟とされる位置づけ。
もし真実が出回っても、しょせん噂と一蹴されるか、更に嘘を塗り固める腹積もりかのどちらかが起こる可能性が高いと判断していた。
しかし……」
ラビアンジェ嬢と話す事で、そうではないと考えを改めるしかない。
『少なくとも現ロベニア国王であるジルガリムは、ベルジャンヌの意志を見誤ってはいなかった』
ラビアンジェ嬢は、確かにそう言った。
何より、つい今しがた、ラビアンジェ嬢は成り行きに任せると告げている。
しかも……。
『シュリー、もうわかったでしょ?』
念話で伝えてくるピケは、間違いなくラビアンジェ嬢に懐いている。
意識も正常で、強制されたり隷属されて契約を結ばされた様子もない。
だとすればラビアンジェ嬢は本当に、誰も恨んでいない。
もしも王女が何かしら、未消化の想いを遺していたとしても、ラビアンジェ嬢は全て受け止めて、消化してしまっている。
そればかりか、今までのラビアンジェ嬢の発言から、未来を担う世代のロベニア国民に、何かしらの期待すらしていないだろうか?
王女に残酷な仕打ちをした者達の子孫であるのに。
『そうだな、ピケ』
まずは念話でピケに同意する。
「当事者が成り行き任せで良い言うのに、そうでない他国の人間が口を出すのは、そろそろ止めるべきだな」
そう言いながら王女に関わる人間として、ロベニア国に抱き続けたわだかまりを捨てようと覚悟を決め、自分の懐に手をやった。