636.解せない
「呼んでおいて、待たせてしまったな」
「仕方ないわ。
突然、三大部族の内、2つの部族の長が交代したのだもの。
それにお月見は好きなのよ」
月明かりの下、ベルシュリーが静かに尋ねる。
族長の急な交代があり、月影としての仕事は明日からとなった。
先代扱いとなった2人の族長達は退任にゴネ、引き継ぎをしないと言い出した。
けれど実は、既に族長の仕事は息子と孫、それぞれの世代の奥様達によって洗い出しや、根回し終わっていて、引き継ぎは必要なかったのだとか。
準備万端だったのね。
とは言え他の2つの部族と違い、族長を交代しないフィルン族長であるベルシュリーが在任してこそ、可能だったみたい。
なのにベルシュリーまで一緒に交代しようかと言い出し、それはフィルン族も含め、全ての部族から大反対を受けたとか。
姿を消した状態のまま、私と一緒にお月見していたピケルアーラが、魔法を使って情報収集しては、とっても嬉しそうに報告してくれたわ。
小さな子供が親に、とにかく何でも報告してるみたいで、可愛らしかったのよ。
「そう言ってくれると、ありがたい。
それよりピケ。
そこにいるのだろう」
「シュリー、久しぶり!」
ピケルアーラが姿を現し、ベルシュリーにピョンと飛びつき、縦巻きに巻つく。
顔を見合わせる1人と1体の絵面で、あちらの世界の動画で見た、人がアナコングに襲われる映像を思い出したのは秘密よ。
「ピケ、話せるようになったのか。
それにその姿は……」
ベルシュリーは、念話でしか話せなかったピケルアーラの若々しい少女のような声にも、様変わりしたピケルアーラの姿にも驚いたみたい。
それはそうでしょうね。
元は薄っすらと金の光が反射していた、黒蛇そのものの姿をしていたピケルアーラ。
今は父親のラグちゃんと同じ、白銀の鬣に、胴の長い竜の姿になっている。
けれど体の色は、母親であるピヴィエラと同じ白金色。
そしてピヴィエラと同じような、少し蝙蝠に似た一対の翼が生えている。
「その……瞳の色は……聖獣キャスケットと同じ?」
ベルシュリーは、聖獣の瞳の色が、契約者の瞳の色と似るって知っていたのね。
父親のリャイェンか、ベルジャンヌの祖父だったロウビルから聞いていたのかしら?
ベルシュリーは私の瞳をジッと見て、更に驚きから目を瞠り、一言「金環……」と漏らす。
やがて合点がいったかのように……イケオジの慈し笑みがこぼれたわ!
「そうか……そうなのだな。
ピケは、やっと見つけたのか」
「うん!
ずっと会いたかったベルジャンヌに、やっと会えたの!」
ベルシュリーは何かに、いえ、違うわね。
ピケルアーラが私をベルジャンヌと呼んだのに、そこには驚きを見せていないわ。
きっと私がベルジャンヌか、もしくはベルジャンヌに近い存在だと、本能的に理解して受け入れた?
ベルシュリーは順応性に優れたイケオジに違いないわ!
ベルジャンヌからすれば、異父弟!
弟の推し活をする、年下の姉もありね!
お姉ちゃん、推しちゃうわ!
「……何か興奮していないか?」
「大丈夫!
ラビアンジェは推し活中なだけ!」
「……おし、かつ?」
「うん!
契約してるから、わかるよ!
ラビアンジェはシュリーを……」
「いや、ピケ、いい。
何故か嫌な予感がする。
知らないままでいいから、皆まで言うな」
「そう?」
久々に会ったからね。
随分と話が弾んでいるわ。
それにしても、嫌な予感て何かしら?
首を捻りかけて、ハッとする。
私からすれば弟。
とは言え、ベルシュリーからすれば私は部外者ですもの。
感動の再会に嬉し泣きしそうなのに、私が邪魔で集中できないに違いないわ!
遠慮せず、イケオジのイケ泣きを見せてくれても……。
「あー、月影。
いや、今は何と呼べば良いかな」
ベルシュリーだけは、人前で私の名前を呼び分けていた事は気づいていた。
私の滞在先は、ベルシュリーが生まれ育ったと聞いた、この邸。
月影がリドゥール国の敵視している、ロベニア国の公女だった場合を考慮したからかしら?
どこにでも滞在させて、何かしらの危害が加えられると困るもの。
それとも何か話があって?
わざわざ邸の庭に、人目のない時間を狙って呼び出したのだもの。
「ただのラビアンジェで構わないけれど……」
「何故、そのように生温い、年寄りくさい笑みを……」
「お姉ちゃんでも……」
「んんんっ。
ラビアンジェ嬢」
「残念」
残念と思ったのは私の方なのに、盛大な咳払いからの、残念な何かを見るような、盛大にドン引きした顔で私を見たのはベルシュリーの方だった。
解せない。




