620.=後、→〜ミハイルside
「まだ喋れるんだ」
両足をガクガク震わせるエビアスに、胸ぐらを掴んて立たせている王女が言う。
俺からは背中側しか見えていないが、いつもは平坦な声音がどことなく弾んでいる?
それより王女の髪が、左側だけ短い。
周りの人間の服装も状態も含めて、俺が視た王女の最期と同じ光景で目眩がする。
それに、どうして王女の体に聖印が走っている!?
服から覗く首筋や拳、焼き切れた服の隙間。
他の誰に見えなくとも、俺には視える。
だが王女が亡くなるのは、塔だった。
後夜祭会場じゃない。
だったらまだ間に合う!
とにかく王女をこの場から遠ざけねば。
そう考えて、駆けつけるタイミングを見計らう。
「アガッ」
ゴッ、という音と共に、王女がエビアスの顔面へ拳を叩きこめば、王女の手がエビアスの胸ぐらから外れて床にガクリと両膝を突く。
__ドカッ。
エビアスが前に倒れこむ前に、王女はエビアスの腹を思い切り蹴って、壁へと吹っ飛ばす。
身体強化した一蹴りだ。
「ガッ」
背中から壁に激突したエビアスは、それでも気を失わずに王女へと怨嗟のこもる目で……エビアスの目が漆黒に変わっている?
白目も全てが漆黒。
ニルティ公女は、魔法呪だと言ったが、なるほど。
いつか見たシエナが魔法呪となった状態を思い出す。
臭いがたちどころに消えた上に、あの黒を更に濃い黒でこれでもかと塗り潰したような漆黒色の瞳。
エビアスが、魔法呪となっ……。
「ベルジャンヌ様の笑顔が眩しい」
戸惑いと恐慌状態に支配された、緊張感漂う場の空気。
そんな空気から余裕の逃げきりを果たしている、ただ2人の内の1人が、空気を読まない口調で何か言ったな。
未来の俺の祖母、シャローナだ。
妹の空気を読まない気質は絶対、祖母からの遺伝だろう。
シャローナは、さんさんと輝く太陽でも見ているかのように、王女を見つめてそう呟いた。
そして緊張感そのものを、周囲に撒き散らしていた王女。
もちろん逃げ切りを果たす2人の内の1人だ。
空気を読まない俺の妹の遺伝元が呟いた通りだった。
体の向きを変えた王女の顔が、俺にも見えた。
キラッキラの笑顔を……振り撒いていた。
「ラビアンジェ、お前かっ」
そう呟いてしまう程、いつぞやの妹が、ハリセンを片手に魔法呪をしばいていた時の、キラッキラの笑顔と酷似していた。
その瞬間、ベルジャンヌ=ラビアンジェの図式が頭に浮かぶ。
何となく気づいてはいた。
妹に感じる淑女として不穏な気配は、時折、王女からも感じていた。
それでも、いやいや、まさかと思い直し、気づかない振りをしていたが……。
もう、絶対、アレ、うちの妹だ!
妹、見つけちまったなあ!
胸中でそんな風に絶叫し、何でこんな時に、よりによってこんな所で、自己主張してんだよと、膝から崩れ落ちそうになる。
その時……。
「クックックッ。
あーっはっはっはっ!」
エビアスが高笑いを始めた。
「ああ、やっと……やっと俺の為の餌が完成した。
お前のお陰だよ、ベルジャンヌ。
お前がこの体の劣等感を煽りに煽って、止めを刺した。
強いなあ、ベルジャンヌ。
身体強化と魔力干渉くらいしか、自分の魔力を使っていなかっただろう?」
「君、悪魔だね。
とりあえず、あと何発か殴っておこうか」
どれだけ殴りたいんだよ……。
でも口調が王女だな?
相変わらずキラッキラの笑顔だが、妹じゃないのか?
でもあの笑顔は妹そのもので……。
そう言えば塔で王女が亡くなる時、王女はキャスケットに『戻って来る』と言った。
普通に考えて、肉体を失えば戻って来られない。
なのに嘘を吐かない王女が戻って来ると言ったなら、王女はどうやって戻ってくる……まさか……いや、そうか。
転生だ。
ベルジャンヌ=ラビアンジェの図式が、俺の頭で修正される。
ベルジャンヌ→ラビアンジェか!
魔力の少ない妹が、何で複数の聖獣と契約できるのか、正直、懐疑的だった。
でも王女が転生して、俺の妹として転生したなら、納得もできる。
あれ、じゃあ妹は今、どこにいるんだ?
ここに来て、また妹を見つける課題が浮上する。
まずい……時間が足りない。