480.白と桃色
「ごめんなさいね、お祖母様」
「……ラビアンジェ?」
「誰だ?!」
秘密の小部屋で、シャローナへかけていた守護魔法に宿るベルジャンヌの魔力を追えば、学園横に設置してある簡易のテントだった。
テントに認識と視覚阻害の魔法なんてかけていても、私には通じない。
ディアを頭に乗せたまま、お祖母様の目の前へと転移する。
直前にテントの中にいた人達は、眠らせてしまった。
思っていた通りね。
ここの人達が過度な緊張状態にあるのを見越して、隊長の奥さん達にもらった、催眠と入眠に効果抜群の花粉をテント内に充満させたの。
アルラウネ直伝、獲物を誘ってお花に隠したお口でバクンとする為の花粉よ。
なのに私とお祖母様の間に割って入った……雰囲気的には、お祖母様の護衛かしら?
護衛の彼は私の入眠の魔法を跳ね除けたのね。
思わずしげしげと護衛の顔を覗きこみ、本当の瞳の色に気づく。
「その金眼、カルティカちゃんと同じね。
同じ血統なの?」
「な……に……」
「でも今は相手にしてられないわ。
ベルジャンヌの魔力が必要になってしまったから、取りに来ただけよ。
お祖母様には手出ししないから、安心してお眠りなさいな」
「おいっ……うそ、だろ……」
今の私は外見にかけていた魔法も解いて、魔力の制御もしていない。
どうして眠らなかったのかは、彼の金眼と魔力量であらかた察したわ。
それでも魔力量も魔法の質も圧倒的に私が上。
直接的に睡魔の魔法をかければ、抗う事は出来なかったみたい。
何よりよ。
すぐさま、お祖母様にベルジャンヌだった私が生前にかけた守護魔法を解除する。
解除した魔法は魔力に逆還元して、更に白のリコリスへと具現化していく。
「そんな……解除、しているの?
その花……その瞳は……」
「ええ。
お祖母様には、代わりにこれを差し上げるわ」
何十年も前には私の物だった魔力。
干渉するのも解除するのも容易かった。
お祖母様は魔法の解除よりも、白のリコリスと私の瞳の金環の方に驚いたみたい。
それはそうでしょうね。
大多数の人達はベルジャンヌと私の真実を知らないのだから、
最後に今の私の魔力を練り上げて、白のリコリスとは別に、桃色のリコリスを作り出す。
「孫からの初めてのプレゼント。
受け取ってくださいな」
シャローナにとっての姪を殺したベルジャンヌ魔法は、憎まれているかもしれない。
けれどもう何十年もお祖母様を悪魔から守っていた魔法だもの。
これからも守ってくれるはず。
倒れた護衛を跨いで、お祖母様の胸元に桃色のリコリスを当てる。
すると花弁を散らしながら、お祖母様の体へと消えていった。
「あの時と……同じ」
そうね、お祖母様。
ベルジャンヌが守護の魔法を初めてかけた時と、同じ光景だったはず。
「ベルジャンヌ様は最期に……戻ってくると……まさか……ベルジャンヌ様……なの?」
戸惑うお祖母様には申し訳ないけれど、その質問者には答えられない。
今感じている誓約を、これ以上暴れさせるつもりはないから。
こちらに手を伸ばして触れてくるお祖母様の手を取って引き寄せ、抱き締める。
「ベル……ジャンヌ……さ、ま……」
「ロナ……良い夢を」
「ぁ……待っ……」
魔法が馴染むまで、暫くは眠るはず。
亜空間から枕とブランケットを取り出して、寝かせたお祖母様に使う。
「何者だ!
何をしている?!」
その時、警戒したような声が投げかけられた。
背後を振り返れば、記憶よりも白くなった髪と、金緑の瞳の……懐かしい人。
「あらあら、特に何も?
お祖母様を介抱していただけでしてよ」
「……ラビアンジェか?
その花?!
いや、その瞳は?!」
そういえばベルジャンヌの花は、具現化させて浮かせていたわ。
真っ先に目についたのね。
けれどお祖父様は何よりも私の瞳に反応する。
ベルジャンヌと同じ瞳だから?
「リコリスですわ。
お祖母様は自然に起きるまで、このまま寝かせておいて下さいな。
それでは……」
「待ちなさい。
お前はシャローナに何をした?
何故シャローナの中のベルジャンヌ王女の魔力が消えて、その花に魔力が移った?」
よく覚えているわね、と改めて顔を見やれば金緑の瞳が煌めいている。
「それにお前の体の聖紋は何だ?」
まあまあ、油断していたわ。
確かベルジャンヌが死地へ向かった時にも、途中で出くわしたお祖父様は、その金緑の瞳で目ざとく気がついた。