406.公女と少女〜国王side
「おなか……すいた……」
食い散らかしたかのような魔獣の残骸の中心で、拙く途切れ気味に言を紡ぐのは、緑の蜥蜴の上に座す、顔中が傷だらけの人間の生首。
良く見れば、生首はルシアナ元ロブール夫人のもの。
物陰に隠れて気配を消す余とは違い、明らかにそれらを見届ける役を担っていると思しき生首の元夫__ライェビスト=ロブールは、余から離れた場所で無言で佇んでいる。
相変わらず無表情……いや?
それとなく事の成り行きに、瞳を煌めかせておらぬか?
あれは間違いなく、魔法馬鹿が発動しておるな。
快も不快もなく、元妻への情動は皆無に違いない。
魔法馬鹿よりも前方に出て、変わり果てた母親と間近に接する、実の娘への気遣いも当然のように見当たらぬ。
それはそれで、どうであろうか……。
「そう。
たくさん食べていたようだけれど、まだ満たされない?」
どす黒い血の痕がこびりつき、見るからにボロボロの巨体と対峙しながら話しかける少女、ラビアンジェ=ロブール公女は、銀の煌めきを纏う白いローブを羽織っている。
一目見るだけで、ローブは特別な仕掛けが施されている魔法具でもあると察する。
鑑定魔法で視てみると、聖属性特有の魔力が内に向かって放たれている。
それは守護の役割でもあり、封印の役割も担う意図を持っているようにも視えた。
そして何よりも目を瞠るのは、その魔力が人のものとは似て非なるものであったという所だ。
悪魔の力が混じりながらも、元は人の魔力である魔法呪に通うような、異なるものと明らかに違う。
若かりし頃の祖母によく似ていると耳にしていた公女。
余の2番目の息子の元婚約者でありながら、まともに顔を合わせ、言葉を交わしたのは婚約を破棄して暫くしてからであったか。
聖獣の契約者は余の叔母となるベルジャンヌ王女の死後、途絶えていた。
その契約者が確かに、密やかに存在しておった。
もう聖獣ヴァミリアはおらぬ故に一時ではあったが、それがそこに静かに佇む公女である。
まさか王家と四公の直系である公女が、聖獣と契約していたとは夢にも思わなんだ。
騎士団長より報告を受け、宰相なぞ興奮して早く公女に登城命令をとしつこく、それはもう四六時中余にまとわりついて、しつこくせっついてきた。
まあ気持ちもわからぬではないが……。
しかし余はかの王女が稀代の悪女となった経緯も、全ての真実も知るからこそ、気が進まなんだ。
故にその情報を最低でも公女と直々に話し、本人の意向を確認するまでは一切開示せず、内々に止めておくようにと下した命令は、正に的確であったな。
後に宰相を慰める事ともなった。
聖獣ヴァミリアが突き抜けた破廉恥小説『大奥乱デ舞』とやらのファン故の契約……さすがの宰相も開示できぬと判断した。
聖獣ヴァミリアも亡くなってしまったし、もう秘匿で良かろう。
下手に噂が立つと……どちらの方面に沈静化すれば良いのか、国王として即位して以来、いや、余の人生で判断できぬ事トップ3くらいの出来事である。
それにしても無才無能で無教養、責任から全力で逃走する四大公爵家の1つ__ロブール公爵家の令嬢と未だに噂がつき纏うが……。
改めて公女を観察する。
変わり果てた姿の母親と対峙しても、決して感情を揺らがず、ただ貴族らしい冷めた微笑みを浮かべている。
取り乱す素振りも見せぬとは……やはり噂はあてにならぬ。
むしろ何かしらを隠して……。
「キャスちゃん」
不意に形の良い唇が、愛称らしき名を呼んだ。
すると白い九尾の小狐が公女の肩に現れ、自身の魔力を華奢な体に纏わせる。
まさか……かの王女の契約聖獣キャスケット?!
思わず目を見開く。
反射的に契約者の瞳の色を模すという、つぶらな瞳を見やった。
やはり余の母達から聞かされ、かの日記にも書かれていた通り、その瞳は瑠璃石のようだ。
藍色に金が散っておる。
「ま、だ……だれも……みたして……くれない……」
「そう。
満たされないのはお腹なの?」
「おなか、すいた……おかあ、さま……だれ、か……」
「そう……いらっしゃい、ルシー」
公女はそう言って両手を母親に向け、母親を呼ぶ。
ルシーとは、愛称であろう。
同時に公女の姿が揺らぎ、黒髪に紫の瞳をした、気の強そうな猫目の少女へと変化した。
公女と同じ年頃に見える。
幻覚魔法か。
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これより5章開始です。
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