393.ハッピーバース
「ゲホッ、諦め、られ、るか……」
「やっと、なのね……」
もう立ち上がる力は残っていないのか、這いずって教皇が近づいてくる。
ああ、けれどそんなのどうでも良いの。
心が歓喜に震えているせいか、声も震えてしまった。
するとお腹を突き破ろうとしているかのように、卵の表面が服越しでもわかるくらい、ボコンボコンと動き始めた。
「な、何なん……だ?!
その、腹……ウグッ?!」
卵の殻が柔らか素材でもないのに、不思議。
向かってきた教皇が、その熱意を冷ましてツッコミがてら吐いちゃうくらいには、ちょっと面白ホラーな光景よね。
でも教皇に気を取られてはいられない。
卵から孵化する時が1番魔力を消耗するのだもの。
しっかりと魔力を注ぐ。
「ディアも仕上げしなきゃ!」
天使が頭上からお腹に舞い降り、同じように魔力を、それだけでなく聖獣としてリアちゃんから継いだ力も注ぐ。
__バリン!
「こ、公女……腹、腹が!!
ゲホッ……クチ、バシ?!」
1度大きくグニャリと卵が歪んだ後、乾いた音と共に可愛らしい嘴がちょびっと顔を出せば、教皇がむせながら慌てる。
教皇は何だか元気になった?
あらあら、そういえばロックが中断しているわ。
夫婦揃って固唾を呑んで、孵化を見守っていた。
けれど更なる乾いた音と共に、私の手の平いっぱい程度の嘴が現れた瞬間、歓喜の感情で私の胸はいっぱいよ!
「はぁん、やっと会えた!
可愛いわぁ」
嬉しさを隠しきれるはずもない!
両手を頬に当てて身悶えながら、お腹を見下ろす。
前世で初孫という存在を、初めて抱いた時のよう!!
「母親を飛び越えて……祖母……どう、して……」
あら、教皇は言うだけ言ってガクリと倒れ伏したわ。
でもまだ彼の体の奥には悪魔の力を感じる。
もちろん今はそんなのどうでもいい!
「まあまあ、今回も鳥さんだったのね!
服を突き破ったくらい、どうって事ないのよ。
後で繕えば良いだけですもの。
うふふ、何て可愛い……あら、あんよも出して偉いわねぇ。
やっだぁ、クチバシもあんよも柔らかぁい!」
卵から顔、肩、脚と体を捻りながら頑張って出てきたのは、薄紅色の羽毛。
以前より少し薄めだけれど、光の加減でやっぱり5色に見えるのね。
ディアがヴァミリアから受け継いだ聖獣の力は、どうやら再びこの子に戻ったみたい。
ディアは少し疲れたのか、地面に降りて私の足にもたれている。
お腹で姿は見えないけれど。
「クエェ、クエェ……」
産声ね!
疲れが感じられる声だからか、少し低め。
ところで孵ったこの子に前世の記憶はあるのかしら?
新しい名前を用意すべき?
今回の性別は?
なんて考えていれば、体を更に捻って卵の上まで出て来たこの子の姿に、歓喜のボルテージがググンと跳ねて、限界突破!
「何てこと?!
下半身が動物!!
尻尾?
あ〜ん!
まさかの獅子の後ろのあんよなのね!
鳥の上半身に、獅子!
という事は……」
心臓が、トゥンク、トゥンクと鼓動を速める。
「グリフォンじゃ〜ん!
誕生ベイベー!!
イエェェェ!」
「「「「「ハッピーバース!!」」」」」」
前世で懐かしのハッピーバースデーを、和楽器ロックバージョンでドレッド夫妻が奏でて歌い始めたわ!
生まれたばかりの体に大音量は良くないからと、亜空間にある、予備の耳栓を装着してあげる。
するとグリフォンは何度かバサバサと翼を羽ばたかせてから、卵の殻を蹴って宙を舞った。
自立が早いのは、ディアから受け継ぎ直した聖獣の力のお陰?
なんて思っていたら、うつ伏せの教皇に降り立ち、翼をバサバサやりながら、蹴り始めたわ?!
「は!!
痛い?!
ウグッ、耳が?!
え、赤い……グリフォン?」
教皇は意識を取り戻した途端、大忙しね。
「炎鳥からグリフォン……鳥のフワフワと獅子のモフモフ……決めの気つけの蹴りまでセット。
やるわね!
さすがよ!」
隠しきれないキラキラした眼差しを向けて褒め称えれば、赤みのある体が再び宙を舞って何周か旋回した後、私の顔の前で翼をはためかせながらも静止して目を合わせる。
魔獣の赤い瞳の煌めきに、聖獣ヴァミリアとしての記憶があるのだと察した。