364.取り乱すのは〜教皇side
__バチ。
雷が放電したような音に、我に返る。
「ああ、いけませんね」
得てして穏やかに、独りごちて、荒ぶりかけた魔力を抑える。
姫様がいなくなってから、あの方を取り返す為、様々な禁術と呼ばれる類の魔法に手を染めた。
思っていた通り、かつては国教だったこの教会には、闇の部分が多々あった。
この魔力は、そうした魔法で魔力を高めたもの。
だからか、感情が高ぶると魔力が暴走しやすい。
もちろん幼子のような、少し前に学園で多発した魔力暴走のような状態にまではならない。
元々あった魅了する力以外は。
ただこの力が増してしまったのは、暑苦しい視線を注がれる以外、正直嬉しい誤算だ。
お陰でこの地位に着くのも早まったし、前教皇から多くの禁術を学べた。
姫様を取り返せるかもしれない、そうでなければこの国など滅ぼしてしまおう。
そんな常軌を逸した想いは、決して消える事はなく、深く、色濃く燻らせていき、もう何十年もの時が過ぎた。
姫様を死に追いやった原因が、自業自得で魂ごと消失した事を知ってからも、随分と経ってしまった。
あの女を許す事は永劫ない。
しかしその副産物で姫様を蘇らせる手段を得た事は、素直に嬉しいと感じた。
この希望に縋れたから、これまで仁徳のある教皇として、表向きは振る舞えた。
「もうじきです、姫様」
きっと今の私は、未来の至福の時を想って恍惚とした表情を……。
ふと、あの公女の変た、いや、恍惚とした表情を思い出して、真顔に戻す。
……気をつけよう。
それとなく、どうしようもなく、しょうもない呪いにかかっていないだろうか……何のかは、わからないけれど。
「コホン。
あまり1人で待たせるのも、可哀想ですね」
何となく咳払いをして、誰にともなく一言告げてから、公女のいる地下へと転移する。
ここは私が密かに禁術を学び、試してきた場所。
あの庭園の中の隠した温室からは、直通でここに転移するよう転移陣を仕込んであった。
あくまで私の利便性の為だった。
教皇としての業務と禁術を学ぶ合間に、かつて姫様が興味を示した、手に入れ難く、絶滅したとされる草花を集めて育てる為。
毒草や禍々しい見た目ばかりになったのは、たまたまだ。
もちろん美しい草花も、真の主である姫様の庭園で、神官達に育てさせている。
全ては、姫様がいつか帰ってきた時の為。
絶望した心のまま、帰ってくるかもしれないから、少しでも癒やしとなる事を願って。
そんな事情から温室だけは、誰かが迷いこむだけでなく、誤作動で私以外が転移した場合は、全ての魔法が無効化するよう細工していた。
そんな事にはならないと思いながら。
公女が転移したのは、恐らく王子が魔法で無理矢理干渉しようとした結果だ。
公女を狙う私にとっては、幸運な誤作動。
どうやら天はいよいよ、私に姫様を返してくれる気になったのかもしれない。
1度深く息を吸って、吐く。
いつぶりだろうか。
こんなにも感情が興奮し、歓喜に震えるのは。
目線の高さにある、岩に描いた小さな魔法陣に触れ、重量のある大きな扉を開ける。
「まあまあ、どなた?」
魔法で明かりをしっかり取った室内で、懐かしい藍色の瞳の少女は、私の仮眠用ベッドに腰を下ろしている。
一緒に転移してきたのか、足元に無造作に置かれた鞄。
そしてそこから取り出したのだろう。
本を手に取って腹に見せるように……腹、膨れていないかな?
「えっと……その腹はどうされたのかな?」
「うふふ、もうじき生まれますのよ」
そう言って臨月らしい、膨れた腹を擦る。
その顔は、母性に溢れていて、美し……ではなくて!
「ち、父親はどなたでしょう?」
「さあ?
でも生まれれば、きっと立派に育ちましてよ」
えっと……え?
まさかの展開過ぎて、理解が追いつかない。
「ラビアンジェ=ロブール公女、ですよね?」
「左様でしてよ?」
本人確認してみれば、何を言っているんだコイツ、みたいな顔でコテリと首を傾げている。
どうでもいいけれど、どうしてそっちが落ち着いているんだろう?
取り乱すのは、そちらであるべきじゃないだろうか?




