347.おなかがすいているから〜ルシアナside
「憎しみから魔法を繰り出せば、その体に憎しみが募り、指輪に宿っていた悪魔に売った魂が、そこから体を侵食していく。
覚えがあるでしょう？
気分がとてつもなく高揚して、憎しみから殺意へと繋がっていたでしょう？
指輪をはめている時、刺すような痛みが無かったかしら？」
確かに度重なる子供達の裏切り行為で、これまでに感じた事がない程の憎しみが胸を黒く焦がした。
そうなる程、指輪から供給される魔力が大きく感じたのは、侵食されていたの?!
あの桃茶色の指輪。
私の体を奪ってこんな仕打ちをしたシエナの髪色と同じだと感じて、あの時は嬉しく思ったのに！
海上でシエナが指輪に吸いこまれるようにして入った時の、指輪が締まったように見えた直後にチクリと痛みを感じたのも、私を油断させて侵食を?!
「そんな状態で制限時間以上に連続使用したり、初級レベルの魔法を使うと、侵食が早まって、君は代償を払う事になる。
だって魔法を発動する時のその魔力は、君の物じゃないから」
どういう事?!
だってワタシの魔力は……。
それより急に、息が楽になった？
まるで体に貯まっていた空気が、循環し始めたような……。
「そう、君の中に魔力はあったけれど、魔法を発動させていたのは指輪にこもった魔力。
使えば使うほど、君の中で封じた君の魔力とそれが混じり合い、やがて魔力を使う主が体の中で交代するように仕組んだのよ。
君の魔力は封じられただけで、消失したわけじゃないからこそ、できた。
そしてその体は、次第に可愛い義娘へと優先権が移っていく。
つまり君自身の体を、代償としてシエナに差し出す事に繋がったわ」
愉快そうに私を見て、クスクスと口元を押さえて嗤う。
「用法用量を守って使うようにって、もっと詳しく忠告しておくべきだったかしら？」
何ですって！
薬の服用みたいな言い方するんじゃないわよ！
やっぱり私をシエナと、あの裏切り者と共謀して、騙したんじゃない!!
私の心の声が聞こえているかのように、まるで嘲笑うかのように、小娘の形の良さげな唇がニヤリと愉悦に歪む。
「ふっふふ……くくく、あははは！
でも結局はお前が俺の言葉を都合良く解釈したんだろう？
守らなかったのは、お前なんだよ！」
突然、弾けたように、下品な口調で醜悪に嗤い始めた。
何なの、こいつ?!
今までと声質も違う。
今はどこかブレた、男のようなだみ声?!
「あははは！
人間とは、本当に愚かだな！
昔も今も、お前みたいな馬鹿が多いから、悪魔はいなくならないんだよ！
なあ、もっと憎悪に染まれよ！
そうしたら、お前の馬鹿らしさにつけこんだシエナのように、俺がチャンスを与えてやれるかもしれねえぞ！
なあ、ルシアナ！
愛なんてもんと無縁の、憐れな人間！」
うるさい！
ふざけるな！
私はロブール公爵夫人なのよ！
何がチャンスよ、偉そうに！
お前なんかに憐れまれる程、堕ちてないわ！
爪が無事な方の手に、力をこめる。
幸い、何故か呼吸しなくとも、楽になった。
私をこんな風にしたのは、お前よ！
誰がお前みたいな薄気味悪いやつに、良いようにされてたまるもんですか！
「あははは！
いいぞ！
ほら、欲しければ取りに来い！
ああ、だけどそろそろ……」
そうよ！
それならお前の体を私に寄越せ！
いや、食わせろ！
「やっぱ魔獣と無理矢理繋げると、そうなるか」
早く食らって、力を取り戻さないと！
ああ、お腹も空いた！
食らいついて、その血肉から魔力を補填……え？
食らうって、何？
今、何を思って……え……え？
「やっぱつまんないな。
人間の方が魔獣よりよっぼど生存本能が弱いから、頭をくっつけても、体の支配力の方が勝るんだ。
あーあ、自我が強そうだったから期待したのに」
こいつは何を言っているの？
言葉はわかるのに、意味が理解できない。
それよりお腹が空いた。
向こうに食料が見えて、いつも通り脚に力を入れて踏み出す。
腕も使って、尖った爪をそちらに伸ばして、突き刺す。
「また魔獣になってしまったわ。
魚を頭からむさぼり食っても、君の体は魔獣だから、お腹は壊さない。
でも口の中は魚の骨で裂けてるのに、気づかないくらい魚が好きになったのね。
四公の夫人の顔をつけた魔獣も……余興にはいいか」
悪魔が何か言ってる？
でも関係ない。
関わらなければ、悪魔は私達に興味を持たない。
ああ、この血の味が、たまらなく美味しい。
人の血の味もするのはどうして？
でも関係ない。
まだおなかがすいているから。
