321.薔薇〜ミランダリンダside
「全部、あの出来損ないのせいよ!
いいえ、元を辿れば叔母様が!
そう、叔母様こそが罰を受けるべきなんだわ!」
嫌な気配が膨れ上がっていく。
それと同時に、黒い靄が夫人に絡みつく。
「叔母?」
「祖母の事でしょう。
しかし何故?」
訝しみながら、それとなく視線を交わす2人の眉目秀麗な……ハッとする。
これって……そう!
これがかの小説で、一部読者のコアなニーズを確実に満たすという、衆道シリーズのリアル版!
最近知ったわ。
別のシリーズでは、また違う一部読者のコアなニーズを確実に満たすという、百合シリーズもあるの。
そもそも女色=百合という言葉を流行らせたのも、かの作者だったけれど、百合に対応する言葉で、薔薇という表現もその小説には出てきたわ!
衆道に薔薇って、と思ったし、そもそもそのシリーズには、あまり興味を持っていなかったけれど……今度は衆道、いえ、薔薇シリーズを集めなくっちゃ!
「目がおかしい……妹と同類の臭いが……」
「……まさか……腐?」
何故かしら?
それなりに距離のある私から、薔薇達が更に一歩距離を空けた?
薔薇……こういう使い方もできそう。
王子は隣の公子にも聞こえないだろう小声で、何か……フって何かしら?
加護があると、些細な声も拾ってしまうから、戸惑う。
「それにお義父様が、あなたの祖父が黙っていないわよ!」
全員が、改めて夫人を見やる。
一瞬、存在を忘れてしまっていたわ。
前当主の事は義父、前当主夫人は叔母と呼ぶ夫人の言葉に、一瞬だけど夫人の心の違和感を察知する。
けれど膨れ上がった黒い靄が、まるで夫人を飲みこもうとするかのような光景に、きっと私だけが1人、絶句する。
「祖父は既に当主ではない。
今代の家の事情に介入する事は許されない」
「いいえ!
お義父様は私とロブール家の結びつきを望まれたわ!
そうよ、私を娘として望んでくれたもの!
今度こそ叔母様も、出来損ないも、あんた達全員、罰してくれるわ!」
飲みこまんばかりに膨れ上がった黒い靄が、今度は小さく1つに纏まっていく?
黒さを濃くする靄は、何かを形作る。
「……え」
やがてそれは黒い人の姿へと変貌した。
真っ黒だから顔はわからない。
けれどシルエットは、どこか未熟な少女のよう?
「何故……」
今度こそ黒いそれが見えたのか、夫人の背後から抱きつくように絡む何かに、驚いた声を漏らす。
王子は無言だけど、今まで見た中で1番険しい顔。
2人はそれが誰か、わかったのかしら?
『……ふふ、あは、あはは……』
不快感極まりないブレたような声が生む、小さな嗤い。
『「あはははは!
そうよ!
罰するべきなのよ!」』
顔を歪めた夫人と黒い何かは、嗤いながら空に向かってそう叫んだ。
突如、ゾワリと背筋に悪寒が走る。
本能的に地面に伏せて、腕で顔を隠しながら、その場をゴロンと転がって離れる。
__ジュッ。
すると元いた辺りに水がかかる気配と、焦がし溶かす音が同時に聞こえた。
「コココココココ」
__ドドドド。
それと同時に何かが、まるでニワトリのような鳴き声と地面を蹴り上げる足音を轟かせながら向かってきた。
「ヒィッ」
「バシリスク?!」
悲鳴を上げる私と、魔獣の名前を声に出しながら、水球を私に向かって放ちつつ、公子がこちらへ駆けてくる。
王子も無言で駆けつつ、物理攻撃も精神に作用するような魔法攻撃すらも弾く、魔法障壁より作るのが難しい結界魔法を、キューブ状に展開した。
「コココココココ」
__ドドッ、ドン、ドドドドドド。
途端に何かが近くで跳ね、キューブを飛び越えて着地し、そのまま通り過ぎるのを音と振動で感じ取る。
私達3人の安全が確保された事を感じ取って、顔を上げれば、薔薇に挟まれるようにして座りこむ自分に、こんな時なのにドキリとする。
けれど元いた場所の雑草が、茶色く溶け焦げているのが目に入る。
加護によって、本能的な気配察知能力が敏感になっていなかったら……ゾッとした。
『「あはははは!」』
揺らぎのない透明な壁の外では、未だに嗤い続ける夫人達。
そしてトサカのついた、尻尾と足の指が長い……緑トカゲ?
引きこもり生活も長く、魔獣の事はよく知らない。
けれど恐らく酸を私に向かって吐いたのは、あのトカゲだ。




