261.読者と天災
「そうかい。
素晴らしい小説があってね。
巷で人気の小説家なんだが……」
お断りムードが効かないわ。
嬉々として話し始めてしまう。
「庶民から貴族まで、うら若き乙女達からご年配の淑女方まで、幅広い年齢層の女性全般にうけが良いのだよ。
小説の内容も定番の男女物から紳士淑女同士もありの、軽いものから深いあれこれまでと、これまた幅広いジャンルの小説を流布している。
もちろん一部の紳士にもファンがいてね。
ファン層がとにかく多様なのだよ」
なんと?!
そんなオールジャンルにオールマイティな小説家が?!
「それはなかなか幅広くて素敵ですわね」
はっ、気づけば話に乗せられたわ?!
ニルティ家次期当主恐るべし!
「しかもなかなか良い世界観なのだよ。
話の筋道もしっかりしていてブレない」
くっ、でも気になるわ!
そんな小説なら読んでみた……。
「今では自ら並んで買っていてね。
だが不定期刊行で次に刊行されるのがどの作品の続編か、はたまた新作なのかがわからないのが悩ましいのだよ」
あ、あらあら?
何だか私の小説を販売する出版社から聞く言葉みたいな内容……。
「ニルティ家の影たちに総力をあげて次の刊行日とどの小説なのかを探らせているが、これがなかなか尻尾をつかめない。
そこがまたそそるのだがね」
「……」
「そうそう、令嬢におすすめするならやはり【子狐コンコンの道草で縁結び】だろうか。
今より初々しさがあって、少し文字数も少ないから初心者には読了しやすいのだよ」
それは私がキャスちゃんにおねだりされて書いたやつよー!!!!
全年齢向けのサラッとした恋愛のお話!
思い出した!
この人私の小説の読者ね!
以前から何度も販売所で見かけた事があるわ!
もちろん鬘を被って魔法も使って気配も変えているけれど、読者歴の長い人だからさすがに特定してしまったわ!
四公の次期当主が直々にお買い上げに来ていたの?!
それも有り難い事に人気が出て販売規制がかかるようになるまで1人で5冊もお買い上げしていただいた長らくのお得意様?!
こんなところで出会うとは、何てミラクル!
いつもお世話になっております!
思わず両手を合わせて拝みそう!
『どうしたの?
ボンしようか?』
『駄目よ、ディア。
彼は長年私を支え続けてくれているとっても大事な人なの』
『えっ……お、おかあさん……とられ……ちゃ……。
ふ、ふえっ、ふえ〜ん!』
『あらあらあらあら?』
――ゴッ……ゴロゴロ……。
「ん?」
「……あらあら?」
何かが彼の頭にぶつかって……コロコロ私の足元まで転がって……テニスボールサイズの……雹?
「おやおや?」
と思ったら、本人も意味がわからない的な様子でグラリと揺れて公子が倒れてしまっ……。
――ドスッ、ドスッ……コロコロ……。
『ふえぇぇぇ!
ふえぇぇぇ!』
――ドッ、ドッ……ゴロゴロ……
まあまあまあまあ?
泣き声に合わせてちょっとずつ塊が大きくなっているわ!
うまく私達には当たらないように落ちてくる。
『ディア、違うのよ。
泣き止んで?
でないと私が泣いちゃうわ?』
だって長年の読者が1人お亡くなりに……。
「うぅぅ……」
あら、頑丈な石頭だったみたい。
一応2発目以降は当たらないよう直前で風の魔法をぶつけて砕いていたのだけれど、念の為しゃがんでツンツンしてみれば、身じろいでくれたわ。
『ふえぇ……なくのだ、だめぇ。
ディア、なきやむぅ、ぐすっ』
『良い子ね』
もしかしてディアはリアちゃんの力を引き継いだ能力で温度管理ができるようになったのかしら?
家庭用かき氷器があったらちょうど良さそうな大きさの雹ね。
折角だから持って帰ってクラッシュ氷にしてもいい……。
「公女!」
不意に二の腕を掴んで引っ張られ、つられるように立ち上がる。
「まあ、ちょうどよろしいところに」
「何事……いる、のか?」
出現した第1王子がそう言って私の頭の辺りの見えない何かを見ようと目を凝らす。
あらあら、お父様に引き続き王子もディアに気づかれたみたいね。
「ええ。
それよりも季節外れの雹が降ってきてヒットしましたの」
公子を指差して天災を主張してみるわ。