245.投球フォームに全員無言〜ミハイルside
「違う!
俺はシエナのせいで……」
「黙れ。
お前の見解などどうでも良い」
父親の言葉に息子であるヘインズはグッと口を硬く結んでうつむいた。
「それで、必要なら愚息の方は消すが、元養女の体の方はどうすんだ?」
「……っ」
「おい、何度も言わせんなよ。
次は問答無用で首を刎ねる」
再び顔を上げるも、父親からの殺気に二の句が告げられず、最後通告に震え上がって再びうつむいた。
「シエナ」
「ぁ……おとう、さま。
……たすけて……くるしい、の」
父はアッシェ親子のやり取りを冷めた目で見やり、やがてシエナへ声をかける。
シエナは上手く話せなくなっているのか、相変わらずたどたどしい言葉使いで元養父へと這いずり、助けを求める。
その顔には助けてもらえるという安堵が見られたが、既に切り捨てられている事にはまだ気づいていないようだ。
「お前は生きたいか?」
父は冷めた目で元養女を見て転がっている体を起こした。
「……え?
……わたし、からだ……え、え?
う、そ……うそよ……こんな……」
自らの体に起きた変化を目の当たりにしたシエナは、絶望と悲壮感に顔を歪ませた。
それはそうだろう。
体は干からび、髪の艶も無くなって打ち捨てられた老婆のようだ。
何よりも顔が爛れて醜く歪んでいる。
これが魔法呪の依り代となった者の末路なのか?
ヘインズが小さく「また、これか……」と呟いたのが聞こえた。
どういう意味かは推察するしかないが、以前にも何かしらの選択を迫る場面を経験したのかもしれない。
「あ……そんな……うそ、うそ……ぁ……た、たすけ……ジャ、ジャビ……ジャ……」
何の前触れもなく突然姿がかき消えた。
「はっ」
と思った瞬間、父の元にあるシエナの体が目覚めた。
「い、嫌……どうしてこんな体……ジャビ!
ジャビ!いるんでしょう!」
唐突にはっきり話し始めたが、声は見た目に準じたかのように嗄れている。
しきりにジャビと呼ぶが、人の名前なのか?
「もう、シエナったら。
何があっても秘密だって約束していたのに、悪い子。
でも君とは短くも人の人生においては長い付き合いだもの。
助けてあげたわ」
すると唐突に頭上から声が聞こえた。
視界の端で帯剣の柄に手をかける騎士団長を捉えつつ、見上げる。
人が浮かんでいた。
「助ける?
これが?」
「そうよ。
体に戻れて、死にかけた体もあと何年かは生きられるようにしてあげたわ。
ほら、君の体は一気に老いてしまったから」
そう言いながらゆっくりと降り立てば、シエナが詰め寄ろうと先ほどのように這う。
恐らく歩けないのだろう。
「ち、がう、違う、違うわ!!
こんなの助けたうちに入らない!
こんな体になるくらいなら死んだ方がマシじゃない!」
その意図を汲んだのか、何者かはシエナに近づいて目線を合わせるようにしゃがんだ。
「そうなの?
生きたいのかと思ったのに。
なら、死ねばいいわ」
「……は?
え、まっ、待って、やだ、どうして体が……」
言い終わるが早いか、ジャビと呼ばれた何者かは指をパチリと鳴らす。
するとシエナは両手で自分の側頭部を挟む。
「望みは叶えてあげる」
「あ、あ、あ……た、助けて、おにい……」
何が起こっているのか分からぬままに走り寄ろうとして、恐怖に支配された目が合う。
そのまま、恐らく本人の意志と関係なく首を捻り自害してしまうと直感した。
団長達も、王子も静観するんだろうという事も肌で感じ、それが正しいと頭ではわかっていた。
それでも駆け寄らずにはいられなくて……。
__ゴッ。
鈍い音がして、シエナが転がる。
…………あれ?
白灰色のボールも転がってないか?
「ギャ」
短く蚊の鳴くような声がボールからしたよな。
見間違いじゃないよな。
それ、死にかけのアルマジロだよな。
あ、ボールがひっくり返った亀みたいになった。
ふり返れば妹のラビアンジェが、明らかに投球フォームだとわかるそれからゆっくりと体を起こしていた。
「「「「「……」」」」」
全員が無言だ。
もちろんローブの何者かも。
淑女らしい微笑みを浮かべ、淑女らしからぬハリセンを片手に携えてるが……色々嫌な予感しかしない。