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227.次期ロブール公爵〜ミハイルside

 背中に温かい何かを感じれば、真っ暗な中でザアザアと水の音が聞こえてくる。


 全身が濡れている?

そう思って次に感じたのは体の節々に走る痛み。


 自分の感覚ではない違和感を覚えながら目を開け、呆ける。


 大破した残骸。

これは馬車か?

手綱を付けた馬が向こうに倒れていて、全く動く気配がない。


 馬だけじゃない。

何人かの老若男女の入り混じった幾人もの人が、折り重なるようにして倒れていた。


 魔法師団に混じって訓練していたからわかる。

これはどこか高い所から転落した……遺体。


 遺体もこの体も雨に打たれてずぶ濡れだ。


 だがわからないのは俺が今、その幾人もの遺体の中に座っていて、いつもの自分の視線より低い所からある男を見下ろしている事だ。


『……っ、ど、して……』


 ピンクブロンドの髪は短く切りそろえられ、血濡れている。

この髪色は俺がよく知る色だが、声の主は見覚えがあっても、1度も会った事のない人物。


 平民に多い焦げ茶色の長い髪の、事切れた女性を庇うように抱いて倒れている男。

記憶が確かなら、俺の伯父。

肖像画で何度か見た父の兄で、義妹の血の繋がった父親。


 よく見れば、伯父は腹に木片が刺さり、かなりの量を出血していた。

早く治癒魔法をと思うのに、このいつもより小さな体は動く気配がない。


 藍色の瞳は信じられない物を見るかのように俺を見上げている。


 状況に戸惑いながらも祖母から聞かされていた通り、祖母や実妹と同じ色だと見つめれば、その瞳には俺が初めて会った頃の幼い義妹の姿が映っている事に気づく。


 映った顔は……恐怖に歪んでいた。

よく見れば、体も小刻みに震えている?


『と、父さんが、悪いんだ、から!

私、公女だっ、たのにっ』

『……そうか……僕は……幸せ、だったよ……シエナ。

ごめんね。お前は……ずっと……うらん、で……』


 激しい雨に打ちつけられていても、涙が滲んでいたのがわかる藍色の瞳が閉じる。

祖母や実妹に似た顔は悲哀に染まっていた。


『……っう、ひっく……何で、こんな、ことしちゃっ……と、父さん……かあさっ……』


 小さな手が顔をこすり、しゃくりあげる。


『シエナは悪くないわ』


 唐突に、可愛らしい少女の声が聞こえて優しげな手つきで抱擁された。


 今のラビアンジェやシエナくらいの年の頃だろうか?

両膝をついて抱きしめてくる少女は全身をすっぽりとローブで覆っていて、声や背丈でしか判断できない。


『シエナのお父さんがお母さんと駆け落ちなんかせずにロブール家にいれば、可愛い娘がこんな事しなくても良かったのよ。

お父さんは次期公爵になりたくなくて逃げた、無責任な人。

お母さんはそれを唆したの。

そんな人が両親だったあなたは不幸で可哀想。

だから何も悪くないわ。

だって本来の場所に帰るだけだもの』


 少女はそう言うと、伯父のポケットに……あれはカフスか?

それを入れた。


『でも……』

『大丈夫よ。

シャローナは、あなたの祖母は、昔からそういうところが甘いもの。

元婚約者のせいで甘さが抜けたけれど、()()まで守り抜かれた妻に甘いのがあなたの祖父。

上手くいくわ。

シエナ、私達はずっと親友よ。

ほら、君も怪我をしてるし、今は怪しまれないように眠りなさい』


 そう言うと、形の良い指が額にトン、と触れて視界は再び真っ暗になった。


『後は本物の公女になれるように頑張ってね。

私の可愛い……』


 声は途中で途絶えた。


 左の太もも辺りにも温かさを感じていれば、景色が変わる。


 舞台のスポットライトに照らされて現在()のシエナが両膝をつき、横たわる義姉を手にした短剣でめった刺しにしていた。


「許せない、許さない、父さんみたいに逃げても公女で居続ける、邪魔よ、私は全て捨てて公女になったのに、何も失わずに父さんに似た顔で笑って、せっかく取り返したのに、また奪う……憎い……憎い!」


 心の内に燻り続けた怨嗟で間違いないと何故か確信を持つ。


 俺にも身に覚えのある感覚だ。

それが元で実妹を長らく虐げてきた。


 きっと俺は今、あの魔法呪に取り込まれていると冷静に判断する。

見せられているこれはシエナが体験し、感じてきた事だ。


 昔なら俺は共感し、或いはとっくに魔法呪の一部として同化していたかもしれない。


「すまない、シエナ。

俺は次期ロブール公爵として、お前を切り捨てる」


 静かに宣言した。

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