212.青春の象徴
「あいつ、やっぱり殺しちゃっていい?」
ん?!
うちの可愛らしい聖獣ちゃんが不穏ね?!
「まあまあ、キャスちゃん?
いきなり何の殺害予告?」
何だかこんなやり取り、前にもしたような?
「余計な事言った」
ポン、と現れて私の頭にダイブした白いモフモフのお狐様はイライラした様子で私の後頭部に9本の尻尾を打ちつけているわ。
狐は猫科ではなかったように思うのだけれど?
もちろんふわふわな尻尾だから痛くないわ。
「そうねえ。
でも誓約を弛めたのは私だもの」
そう、学園内の空気が妙に殺伐とした雰囲気だったから、まずは索敵魔法で様子を探ってみたの。
そうしたら学校中で魔力を暴走させかけては抜き取る現象が連鎖していたわ。
その後はワンコ君とシエナが同じ場所にいるのを察しつつ、彼の誓約紋を通じて魔力の流れ方を探っていたら、どうにもよろしくない状況に気づいたの。
何より彼の体に紋が刻まれていたのに驚いたわ。
きっと倒れた人達皆がマーキングされていて、その紋から魔力を奪っていたのね。
ワンコ君の気配がブレているように感じたのはそのせいみたい。
しかも赤いリコリスなんて、随分と洒落ているわ。
そうしたら彼の魔力があまりにも急速に吸い取られ始めるし、誓約紋が妙な干渉を受けてあの激痛を彼に与えてしまったの。
痛みは過ぎればショック死に繋がるし、そうでなくとも何故か彼だけは吸い取り方に殺意を感じたわ。
それで私の方の誓約力を弛めた上で、赤いリコリスを消して、力を元に戻したの。
その一瞬の隙をついてポロリしちゃうなんて困ったワンコよね。
マーキング紋は解析してつけ直しておいたわ。
彼だけ消えてると怪しまれるし、それは後々必要になりそうだもの。
「むぅ……見捨てれば良かったのに」
「そんなにむくれないで。
何故か彼だけ様子が違ったし、若い子を見捨てるのもね。
でもお陰でこうして良い物を見つけたわ」
今、私達はワンコ君の寮のお部屋に不法侵入しているの。
彼から分離していった魔力の残滓を追いかけてみたら……ふふふ。
若い男子だもの。
青春のエロ本くらい隠し持っていると思っていたのだけれど、とっても素敵な薄いノートを見つけてしまったわ。
興味本位にベッドの下をのぞいてみれば、隠し場所は定番ね。
「それに最後に極上の痛みが加わったじゃない。
あれはあれで少しお気の毒よ」
「それであの馬鹿娘もいつも通り放っておくのかい」
「ちょっと、乗っからないでくれるかな」
バササ、と羽音と共にパッと現れたのは赤い小鳥ちゃんね。
頭に少しばかり重みが加わったわ。
縦に縦列駐車するのは良いのだけれど、私の頭が視覚的にも賑やかになっていない?
キャスちゃんとリアちゃんで紅白もふもふ合戦が始まりそう。
下敷きにされたキャスちゃんはとっても不機嫌。
でも私の頭からどこかにダイブし直すつもりはないみたい。
「あらあら、リアちゃん。
馬鹿で終わるだけの話なら、いつも通りにスルーするなり、少しだけ助けても良いのよ?
だって仮にもシャローナ……お祖母様の孫だもの。
お母様のように二度と魔法が使えないようにすれば、悪さの程度もいくらか落ち着くわ。
魔法が使えなくなった貴族はアイデンティティを失ったかのように大人しくなるから。
お母様だって対外的には大人しくなったでしょう?」
「代わりに弁慶とやらが私の愛し子に内面攻撃しようと躍起になったけどね」
「リアちゃんたら上手いこと言うのね」
「内弁慶だけにね」
「「んふふふふ」」
女子2人で笑っていれば、キャスちゃんは尻尾を後頭部にパシンパシンするわ。
「ちょっと、鳥!
冴えない親父ギャグを僕の愛し子にこれ以上遺伝させないでくれるかな」
「これ以上だなんて、酷いわ。
いつも冴えわたっているのに。
おかしいわね、リアちゃん?」
「この崇高な言葉のかけ合いがお子ちゃま狐にはわからないんだよ」
「何だと〜!」
「やんのかい!」
まあまあ、本当に紅白合戦が始まりそう。
危険ね。
主に私の頭が。
「待って、お話が脱線しているわ。
でも何のお話だったかしら?」
「鳥、重いから退いて。
あの愚か者の話だよ」
キャスちゃんが体をわざとブルブルしたわ。