1話
誰かの怒号と、嫌な叫び声。パチパチと火の粉が舞う。
燃えてる。私の家が。
「っ」
火が当たって、痛い。そう感じなければおかしいくらいだ。
でも何も感じないくらい我武者羅に、
「お父様!!! お父様!!!」
手で瓦礫をかき分け、叫んだ。叫び続けた。
「アザミ、やめなさい。大事な体に傷がついてしまうじゃあないか」
彼女の父親が私を引き止める。でも、そんなの関係なく、自分の父を探す。
「何処に、一体何処にいらっしゃいますか!!! 返事を「アザミ!!!」
後ろに引っ張られたと思ったら、抱き寄せられる。
「辞めなさい。君の体はとっても美しいのだから、ギズ付けるのはやめなさい。価値が落ちてしまうでは無いか」
そう言って彼は、撫で回すように、股、そして胸に手をかける。でも、普段は気持ち悪いと感じる行為も気にならないほど私は叫び続けた。
「離してください叔父様。私は、私は!!!」
「はあ」
突然、地面に叩きつけられる。
「聞き分けのない子供は嫌いなんだ」
そう言われながら脱がされる。魔法の音が聞こえる中炎の中、意識が朦朧としだした。
「だいたい君みたいな立場の人間なんて本来、貴族と一緒にいられるはずないんだよ」
下半身の違和感など気にならないほどに。
「下民は下民らしく、下を這いずり回って生きているべきなんだ。それをなんだお前は!!! ちょっと才能があるからって調子に乗るなよ。何が同士だ。お前が私達と同じはずがないだろ!!!」
無茶苦茶に叫ばれる。何もかも痛い。
絶望の中、今ある痛みを逃げようとした。そんな時、どさりとちっちゃく鳴る音を感じた。
ちょうど目の前だ。
霞む目で見る。
あれは……
あれは!!!
体の中に液体がかかるのと同時に、意識が覚醒する。
「あっ……あぁ……」
見覚えのある服、見覚えのある手、ぐちゃぐちゃの体。それは、見るも無惨な父と後ろに立つ6人の貴族。そして、わたしの……
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「っ」
目が覚める。寝汗が酷い。
えっと……確か今日は、学校に行って帰ってきて、それから今の為に風呂はいって、そっから寝落ちしたのか。しかしね汗が酷い。悪夢を見たからやだとは思うが、こりゃあ入り直しかな? 確か今日の予定は……ああ、あいつは確か綺麗好きだ。汗だらけのこんな状態の私を、抱くはずがない。今日無給なのはさすがに嫌だ。
ああ、やらかした。いや、それにしても
「…………またか」
またあの夢だ。嫌なもの見たな。今から仕事なのに。
それに、
「っ、チッ」
テーブルに置いてある、ナイフを手に持つ。そして、いつもの様に振る。振り回す。切り裂くように。切り裂くように。
現実を、現実を、切り裂くように。
あいつらを。あいつらを!!! あいつらを……
「……辞めよう。虚しいだけよ」
そう言って私は、ナイフを投げ捨てると、風呂場へ向かう。
「……クソっ。何をしてるんだ私は。こんなはずないだろ。こんなはずじゃ」
ごすっと、鏡に拳を当てる。
……クソッタレが。
「ラン・ポーカー様。シロツメ・ノアただいま到着しました」
「ふむ、5秒遅刻だ」
たたかれる。力いっぱいに。壁にめり込むくらいに。
「ッ……」
いつものことだ。最初は血反吐を吐いてしまうくらいに痛かったが、今となっては慣れてしまった。
にやつきながらこっちを見る。私の反応がたいそう気に入っているようだ。だろうな。わざとそうしてるんだ。そうでないと殺されてしまうからな。
「私は忙しいんだ。そこでうずくまってないで早くしたまえ」
じゃあ、こんなとこ来るんじゃねーよ。
心の中では舌打ちしつつも、笑顔で
「わかりました。それでは、ご奉仕いたします」
今日も仕事を全うする。
「はぁ……、はぁっ!!!」
壁に隠れながら、息を整える。もう、3時間は走り回っている。なのに、
「獣人の男は?」
「いたぞ!!!」
「あそこだ!!!」
「ッ、チッ!!!」
急いで走る。さすがに獣人とはいえ持久戦はきつい。たかが人間と思って舐めてたがそうはいかねえみたいだ。
「ッ、クソッ!!! いったい何が入ってんだよこいつには」
あんな大事そうに運んでたから、もしかして? と思ったが、期待はできそうだ。だが、
「どう逃げ切るか……」
その一点に尽きるばかりだ。
携帯の着信音が鳴る。貴族とやらはいいご身分だこと。
「なんだ? なに!? いったい何のために貴様らを雇ったと思っているんだ!!!」
うるっせえな。耳元で声を荒げんじゃねーよ。
「おい、口が止まっているぞ」
はいはい。やりますよ。やればいーんでしょ。
「それで? あれのありかだよ!!! わかった、少ししたら私も、いや今からそっちにむかう」
彼はそそくさと携帯を切り、私の顔をどかす。さっきつけていた服に着替えると、
「報酬はここに置いとくぞ。あれが、他の奴らの手に渡るのはマズイ。急がねば」
そういって、金を地面に投げながら宿屋から出て行った。
宿から人がさる音が聞こえたので、私は緊張を解きながら散らばった数少ない銅貨を拾い始める。
何してるんだろ。こんな安月給で。必死こいてかき集めて。馬鹿みたい。
埃まみれの中集めた、銅貨を袋に詰めるとすぐさま売春宿を出る。
「えっと次の客は……っと、うるさいな。さっきから」
あれは……王国騎士庁の連中も、出動してるじゃんか。あのデブは一体何をしでかしたんだ?
まあ、関係ない事だ。
宿のドアを閉めると同時に、次の宿に向かう。こんな端金じゃ、ろくに生活もできないからな。
そう言い聞かせながら、大通りに出る。
人混みの中には、同業者や、客。夢を捨てきれ無いもの。たくさんの事情を抱えた、人間。もしくは上京に失敗してここに流れ着いた者達。沢山いた。
歩きながら、携帯食料を食べようと封を切る。そうしようとしたら、足を掴まれた。私は、それを……
「ありがとうございます」
早歩きでここから去る。いや、子供をどかすのはさすがに気が引けるって。
ああ、やらかした。今日の唯一のご飯だ。やらかしちまったなぁ……おなかすいたなあ。
ドタバタと、後ろで騒がしい音がする。
今日はなんでこんなうるさいんだよ。毒を吐きながら歩くスピードをゆるめる。確か、ここら辺だよな。当たりを見渡す。看板が目印とは言っていたが、だいぶ厄介なところを指定してきたもんだ。全くといっていいほど見当たらない。
こうゆう時に携帯があると便利なんだが……
この生活を続けて何度目かの自身の貧乏を呪った。
てか、さっきからうるさいなぁ。ほんとに。
一体どこの誰が……
そう思いながらうるさい方へ顔を向ける。
その時フードを被った男に、無理やり肩を掴まれて一気に抱き寄せられ、
「お前ら、着いてくんじゃねぇ!!! こいつがどうなってもいいのか!!!」
獣人特有の鋭い爪を押し付けられるのであった。
ああ、今日はツイてない。厄日だ。
そう思いながら絶望する私であった。
おかしい。
「おい女」
「何かしら? 狼男さん」
「俺は、お前を人質にとったはずだ。なのに、なぜ奴らは攻撃をしてくるんだ?」
「私の立場が低いからじゃない? アンタのいた国と違って、この国は貴族社会だからね」
「意味わかんねぇ」
「私は立場が低いから死んで当然だと思われているの。お解り?」
「ああ、そうかい」
クソッ、何でこんなツイてねーんだ。思えばあん時からだ。軍を追い出されたあの日から俺は……、
「浸ってるとこ悪いけど」
「あ?」
「前」
騎士の手から簡易的な魔弾を撃たれる。
「っ」
既のところで路地に駆け込むが、すぐに後悔することになった。
「チッ、行き止まりかよ」
女を抱えながら飛べる距離ではない。それくらいに高い壁だ。
「あーらら。追いかけっこは終わりみたいね。私たち、ここで死んじゃうのだわ」
死ぬ。死ぬのか? こんな所で。
「ふざけんな。死んでたまるかよ」
「あっそ。あんた名前は?」
「あ? 名前だあ? 何馬鹿なこと抜かしてんだ」
「馬鹿はこっちのセリフよ。私はね、あんたに連れ去られた時点でもう諦めなのよ。死にたくないけど、もう無理。助からないの。だから最後にあんたの名前だけでも聞いておこうかと思っただけよ」
……
「ああ、そうかよ……悪かったな。アイラックだ。おまえは?」
「アイラック……獣人……あんた、アイラック・オラン!?」
「そーだよ。うるせーな。てめーは?」
「そんな、敵国の最強がなんで……いや、どうでもいい。そんな事」
「おい、急にどうした。名前答えたんだからそっちも」
「あなた、ほんとに魔王国最強のアイラック・オランなのよね。そうなのよね!!!」
そう言って、女は、興奮したようにこっちに詰め寄る。
「さっきからそーだつってるだろ。それより」
「なら私たち、助かるわ」
「あ?お前、さっきはあんなに諦めていたのに」
「死にたくないんでしょ。生きる理由があるんでしょ。なら」
鼻と鼻がくっつきそうなくらい近づかれると、急に胸ぐらを掴まれて、目線を合わされた。
「私と契約しなさい」
バタバタ、ガチャガチャ。足音鎧の擦れる音とともに騎士の連中がこっちにやってきた。
やっとか。
「おい、女。貴様人質に取られたものだな。獣人はどこに行った?」
「分かりません。逃げ切れないと判断したのか、箱と一緒に置いていきました」
「そうか。ならここで死んでもらおうか」
そう言いながら嫌らしく手を叩く音共に奴が、
ラン・ポーカーがこちらに向かってきた。
「……」
「そう言われて、眉ひとつ動かさない。貴様は実につまらない女だ。なあ、シロツメ・ノア」
そう言いながら、こちらに向かってくる。……木箱か。
「お前はいい女だ。これからもこの街で稼げただろうに。しかし、この箱に関わってしまったのが運の尽きだ。可哀想だが、ここで死ね」
そうやって私に近づいた彼に向かって、私はキスをした。
「!?」
「死ぬのはあんたよ。ラン・ポーカー」
「貴様ァ~~!!!」
一斉に騎士団の杖が私に向けられる。だが問題ない。
「我、アザミ・イエローアップ・キングが命ずる」
だってこいつら、
「コイツらを殺せ」
死ぬんだから。
「アイラック・オラン」
「おい、これでいいんだな?」
「ああ」
血まみれ、
血まみれ。
あたりは1面、
赤、
赤、
赤。
沢山いたであろう騎士団の連中を、彼は、アイラック・オランは、ものの数秒で全員殺し尽くしたのだ。
「……ふふふふふふ、ふはははははははははは。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
笑いが込み上げてきた、
気分が最高に高揚する。
これが、求めていた力。求めていた機会。
ああ、これは私の復讐の話だ。父を殺害し、私をドン底に陥れた、
あいつらに、我が母上に対する復讐の話だ。