侵蝕
男は、黒い魔術書を読んでいく。
その魔術書の内容は、夜闇の神が住まうとされている世界について書かれていた。
男は、今までにない早さで頁を捲っていく。
読み終わった時、男は興奮冷めやらぬ表情をしていた。
「凄い……この本は夜闇の世界についてだけでなく、行き方の魔術理論も記述されている……」
男は、もう一度本を開くと、続けて口を開く。
「つまり、この部分をこうすればこうなるはず。問題は……」
更に、三年の年月が流れた。
「何でだ! あと少しなのに……」
男は再び、羊皮紙にカリカリと魔術文字を書き始めた。
男の風貌は、かなり様変わりしていた。
髭と髪は伸びて、後ろ髪を襟足辺りで結んでいる。
男は、ひたすらに何かを書いていた。
ふと、文字を書く音が消える。
「ようやく……完成した。君の仇を取れる……君の暗殺を依頼してきたであろう奴らに……復讐出来る」
男は夜になるのを待った。
灯りで、暗がりの地面を照らしつつ、魔法陣のようなのを広い範囲で描いていく。
かなりの時が掛かった……。ようやく描き終わると、男は、その魔法陣の中央に立つ。
男はゆっくり丁寧に詠唱し始めた。
「我が名は……アルク・ヴェリエッド」
男、アルクが自身の名を口にすると、魔法陣は妖しく紫に光っていく。
「夜闇の世界よ、応えよ。この世界を闇で蝕め……我を捧げん。ゆえに呼応せよ。我が名はアルク・ヴェリエッド」
詠唱を終わると、紫の光が強く輝き、ふと……消えた。
アルクは、表情に不安と緊張感を滲ませる。
「まさか、駄目だと言うのか? 君の……ミーネスの仇を取れると、復讐出来ると思ったのに……」
アルクは前へ崩れるように、膝と手を地面に着けた。
「ぼくは……ぼくは……ミーネス」
その時、彼の身体に異変が起きる。
「これは! 僕の身体が……」
アルクは左手を見ていた。手は、闇の塵となって消えていく。
それだけでは終わらない。アルクの身体は徐々に、塵となって空中に消える。
「ハハハッ、魔術は失敗してなかった。ようやく……」
最後に顔だけが残り、アルクは、「これでミーネスの仇を……」と口にすると、完全に消えてしまった。