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雨映り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほいほーい、こーちゃん質問していい?

 なんで映画館って、暗くして画面を見ないといけないの?

 ほら、テレビの番組だとテロップとか出るじゃん? 「テレビを見る時は、部屋を明るくして離れて見てください」といった感じの。

 なのに、映画館のやっていることはその真逆。近くに行くかどうかは人次第だけど、こんなに暗くしちゃったら逆効果に思えるんだけど、どうなんだろ?


 ――テレビは光を直接見て、映画はスクリーンに映し出された光を見るタイプだから、厳密には違う?

 太陽を直接見るか、間接的に見るかの違いのようなもの?


 うーん、確かに太陽を直接見るな、とはよく注意されることだよね。

 部屋を明るくしろっていうのは?


 ――暗いところだと、目がよく見ようと頑張ってしまうから、テレビの光がよりダメージを与えやすい。映画はプロジェクターで写すこともあって、ダメージは少ないし、なにより暗くしないと見づらいから?


 最後の最後で、身もふたもないオチだね、それ……。

 でも、ダイレクトかインダイレクトかが関わるのは、だいたい分かったよ。間接的な映像を見ているからこそ、映画館ではああして暗くすることができると。


 そう考えると友達から聞いた話も、それに関係があるかもしれないな。

 いや、最近あった友達と飲みに行って、いろいろだべった時に少し耳に挟んだことがあってさ。

 こーちゃんの好きそうな話だし、聞いてみない?


 友達のいとこが、学生のとき体験したって話だよ。

 昼間の校舎って、天気のいい日は明かりをつけないことが多いだろうけど、天気の悪い日は明かりをつけるっしょ? 廊下にせよ教室にせよ。

 その日は朝から雨降りでね。教室に一番乗りしたいとこは、明かりをつけながら、窓際から外を眺めていた。

 ベランダの幅はおよそ1メートル。そこに上の階のベランダが屋根のように張り出していることもあって、風の加護なしに雨が吹き込んでくることは少なかったとか。


 その数少ない、ガラスについてくる雨粒をいとこは歓迎する。

 ガラスにつく雨粒と、そこからガラスを伝って落ちていく雨だれ。それらが作っていく軌跡を追いかけることが、いとこのささやかな楽しみのひとつだったらしい。

 真っすぐ進むか、あちらこちらに頭を向けるか。はたまた、先陣を切っている他の連中の軌跡に合流するのか……その顛末を眺めながら、頭の中で彼らの人生ならぬ、しずく生を想像してみるんだって。

 やがて教室内に生徒が増えてくるも、いとこに声をかけこそすれ、とがめたり、ちょっかいを出してくる奴はいない。これまで何度もやってきていることで、みんなにも理解が行き届いているからだ。

 雨は降りこそすれ、強まる気配は薄くて、いとこはほっとしている。もし大量に吹きつければ、あっという間に窓のキャパシティを超え、水滴たちのしずく生は物量の海に沈む。そうなっては興ざめだった。

 チャイムまであと10分足らず。いよいよ窓の7分目ほどを、しずく生が埋め尽くそうかというタイミングで。


 あたりが暗くなるとともに、窓へ急にでかでかと映るのは、自分の顔。

 誰かが教室の明かりを消したんだ。パッと出口を振り返った時には、もう教室へ光が戻ってくる。

 入り口できまり悪そうに頭をかいている男子がひとり。おそらく彼が明かりのスイッチに触れ、消えてしまったんだろう。教室のみんなの視線も、わずかに入り口を向いたけれど、犯人と直しが明らかになるや、すぐに興味を失って元へ戻っていく。

 対するいとことしては、文字通り水を差された感。一度、途切れた雰囲気の糸はまた結ぶことができず、いったんは席へ戻ったらしいんだ。


 やがてホームルーム、授業と時間が過ぎるも、外は相変わらずの曇り空。

 雨そのものは断続的ながらも、降ってはいる。窓をあらかた雨粒が覆うと止み、ほとんどが落ちたり、乾いたりすると、また吹きつけ出す。

 あまりにもあまりな、いとこ向けの降り具合。さすがに妙だと思いながら、その日は過ごしたらしいよ。

 ところが、そこからしばらく雨降りの日が続く。いとこもはじめはそれを喜んでいたものの、それがはかったように同じ降りの強さであると分かると、じょじょに不審感が増すばかりだ。

 つまり、しょっちゅう吹き込むわけじゃなく、さりとて全く窓を汚さないほど弱いものでもない。その微妙なラインを維持しつつ、何時間も雨が降っているんだ。


 そこに追い打ちをかけるのが、消灯。

 授業中かどうかを問わず、電気がいきなり消えることがしばしば起こった。

 あのときのように、誰かがスイッチに触れたわけでもない。黒板にチョークを書きつけた先生が手を止め、生徒たちもざわつく。そして騒ぎが大きくならない間の、わずか数秒で明かりは勝手に戻ってくるんだ。

 多い日には4,5回ほど同じことが起き、クラスのみんなも顔を見合わせ始めるけれど、いとこはすでに気がついている。


 窓際の席を持ついとこは、明かりの消えるたび、蛍光灯じゃなく窓へと視線を向けていた。

 暗くなったことで、教室の様子をほぼ映しだす窓の表面。それを乱す雨だれの軌跡たちの中にのみ、映り込むべきでないものが映っていたんだ。

 長い黒髪を持ち、うつむいて立っているチュニック姿の少女。自分たちとそう変わらない年ごろに思えた。もちろん、教室内にこのとき、この姿勢で立っている者など誰もいなかった。

 そのかげが粒ひとつ、雨だれひとすじのそれぞれを無数のレンズのようにして、奥まったところに何人も何人もたたずんでいたんだ。

 ミラーハウスをほうふつとさせたと、いとこは話したらしい。しかもいとこが気を払い始めた当初は、微動だにしなかった少女。それが4日目あたりから、少しずつ近づいてきているというんだ。

 

 消灯一回につき、一歩。

 濡れた窓のレンズの中を、少女が踏み出してくる。それは明かりがつくとともに見えなくなり、再びの消灯まで、彼女はいっさい動いていないように思えたらしいんだ。

 わずか数秒。ほんの一歩。

「だるまさんがころんだ」にしても、慎重極まる彼女の歩み。けれども、遠ざかる気配はみじんもない。

 いとこは誰にもこのことを伝えなかった。自分以外にどれほどの人が気づいていたか分からないけれど、少なくとも学校でこのことが話題にあがることはなかった。


 二週間あまりが経ったその日も、断続的な雨が降っていた。

 すでにあの少女は、粒やすじいっぱいを占める位置にまで迫っている。いまだ顔をあげない彼女は、自分たちと同じデザインの上履きを履いていたものの、名前を書いていただろうつま先のラバー部分は黒く塗りつぶされているのが、分かるほどになっていた。

 クラスのみんなはというと、繰り返す消灯が日常化しているのか、もうさほど反応を見せなくなっている。「またか」と言わんばかりの、倦怠ムードが漂っていた。知らぬがなんとやらだろう。


 授業が始まる。一コマ目、二コマ目と問題なく過ぎていき、いとこが安心しかけた矢先。

 三コマ目は体育の授業で、皆が着替え出すときだ。隣のクラスと合併で行うことになっている。

 ちょっと授業が長引いたいとこのクラスが支度を始めたときには、隣のクラスはもう廊下と教室で、着替える男女が分かれているような気配がしていた。

 

 そのときに、きた。

 明かりでいっぱいの廊下に、教室に、一斉に暗闇のとばりが下りる。クラスメートが手を止めるのは、ほんの一瞬。すぐ手探りで各々の作業へ戻る中、いとこは窓へ目を向ける。

 無数の彼女は、また踏み出した。けれども、これまでのような小さい一歩じゃない。

 大股の歩幅。それも一歩に飽き足らず、二歩先へ出て、脚をそろえて立つ。

 それぞれのレンズいっぱいを、彼女の姿が占める。そして、今回は完全には止まらない。

 くっと、彼女の前髪が揺れる。そのあごがゆっくりと持ち上がり出して、いとこは反射的に顔をそむけてしまったらしい。


 ――見ちゃいけない。


 そう叫ぶ脳からの訴えに、反射的に従ったそうなんだ。


 その日の消灯は、気持ち長かった。そして明かりがよみがえる直前に、いくらかうめき声があがった。教室内じゃない、廊下側からだ。

 隣のクラスの男子数人が、仰向けに倒れている。大の字じゃなく、手足を半ば丸める、赤ん坊のような格好で。

「ひひひ……」と緩み切った表情で浮かべる笑みもまた、実年齢よりもずっと幼いものに思えたらしい。

 最初こそふざけていると思った同級生たちだけど、いくら声をかけても身体を叩いても、ぜんぜん反応を示さないことで、少しずつ戸惑いが広がっていく。

 残らず、保健室で寝かされた彼らが回復したのは、数時間後の掃除近くのことだったらしい。そしてその頃には雨も止んで、空は久しぶりの晴れ間を見せていたそうなんだ。



 あの粒や雨だれに映ったという少女。ひょっとしていとこが見たのは、こーちゃんのいう映画のように、間接的に映し出されたものかもしれない。

 ならば光源ともいうべき、本当の彼女はずっと廊下側にあった、いや「いた」んじゃないかな。そして光源をじかに見てしまった彼らはダイレクトに影響を受けちゃったんだろう。

 周りが暗くなったのも、いとこたちとは他に、あの彼女を「映画」のようにして見ようとした、誰かの仕業だったのかもね。



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