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キレイは痛いんだよ! (バーカバーカ)

作者: 夕焼け

新年明けましておめでとうございます

「そんなに外見が気になるの? キレイにしたっていつかは歳取ってシワだらけになるんだから化粧なんて最低限でよくね? 」


 現在付き合っている男に一緒にいた女は、そう言われた。


「俺のためにキレイになるのは嬉しいけど、そこまでする必要ある? 爪とか清潔に揃えていればいいじゃん。キラキラする意味あるの? つか、こないだとどう違うの?」


 お互い仕事が忙しくて久しぶりに会えたデートで言うことか?


「そんな爪で仕事できるの? 家事とか出来なくね? 」


 食事も終わり、まだ帰りたくないからちょっと飲もうかと、いい雰囲気のバーのカウンターでお洒落なカクテルを飲みながら、もしかしたら今夜は泊まりかな……(期待)とか、ちょっとそわそわ(もちろんお泊まりの準備もしてきた)ドキドキしていたのに、男の言葉で台無し。


「それに俺、ゴテゴテ化粧して盛るよりもスッピンの方がナチュラルで好きなんだよね」


 はあぁぁぁぁ!?

 このトドメの一言で女はキレた。


「さっきから黙って聞いていればベラベラベラベラと、なーにが『どうせ年取ってシワだらけになるから化粧は最低限でいい、爪をキラキラする意味あるの? 』だよ!! あんたにキレイの何が分かるのよ!! あんたは見苦しくない程度に髪を切ってワックスでちょっと整えて髭を剃ればいいくらいで、大したことやってないクセに、私が日々キレイになるために努力して気持ちを上げるためにキラキラ激かわネイルをしてるのを全否定かい! この爪で仕事、家事ができるかって? 普段からやってますぅー!! つか、バルログの鉤爪より全然短いわ!! 」

「バルログ、懐かしいな。俺、リュウ使いだったんだ」

「そんなん聞いてない!! 挙句の果てに『ゴテゴテ化粧で盛るよりスッピンの方がいい』ですって? あんた私のスッピンなんて見たことないでしょ! 」

「え!?」

「一緒にお風呂に入ったこともないし、セックスの後もあんたすぐ寝るから全然私の事なんて見てないし、だいたい部屋入ったら即服脱がせて前戯もそこそこで自分だけ気持ち良くなって終わるじゃないの。私がいつ化粧落としたかなんて見たことないでしょ」


 女の怒りに任せた発言でバーのお客さん達が女と一緒にいる付き合っていた男(既に過去の男として認定)をチラチラと見始めた。


「あ、朝とか! ほら、俺の部屋に泊まった時に! 」

「私の方がいつも早く起きてるし。あんた、朝覚醒するまで時間かかるでしょ」


 バー全体が固唾を呑んで彼女達のことを注目してるなんてこの時女は気づいてなかった。気づいたとしても気に留めなかっただろう。


「だーれーの、スッピンがナチュラルで好きなのかしら? 」

「え? え!? お前じゃなきゃ、誰、だろぅ……? 」


「ふざけんじゃないわよ!! このクズ!!」


 ゴッ!!!


 女は椅子から降りてすぐにハンドバッグを掴むと思いっきりフルスイングで男を殴り飛ばした。


「ったぁ! 何するんだよ!」


 殴られた頬を手で押さえながら元恋人(確定)はよろよろと立ち上がり女に近付いてきた。


「浮気男に鉄拳制裁よ」

「浮気なんてしてない!」

「じゃあ、誰のスッピン見たのよ!」

「し、知らねーよ! テレビか何かだろ。

 だいたいキレイになったって大して変わんねーじゃねーか!」

「スッピンとナチュラルメイクも見抜けない男に私のキレイの努力が分かってたまるもんですか! そのスッピン女だってスッピン風メイクしてるに決まってるでしょ!」

「なんだと!! まいちゃんのスッピンは本物だ!!」

「へぇー。スッピン女、まいちゃんって言うんだぁ」

「あっ……」


 こいつ、やっちまったなとバーの誰もが思った瞬間だった。


「お、お前なんて化粧してもしなくても一緒だ!!」

「なんですって!?」


 二度目のフルスイングをしようとバッグを振り上げようとしたところで男は脱兎のように店から出て逃げていった。


「あっ! 逃げた!! なんて男なの、あんな奴だったなんて。こっちがまっぴら御免だわ」


 女は椅子に座り直して残ったカクテルを飲もうとして気づいた。


「あいつ、ここの代金払ってない!! もう一発殴っておけばよかった。くーやーしぃー!!」


 グイッとカクテルを飲み干す。

 むしゃくしゃした気持ちで女がこれから店を出るか、もう一杯飲むかと肘をついて考えていると、彼女の隣に誰かが座った。


「なかなかすごい一発だったね」


 少し掠れた色っぽい声で話しかけてきたのは、見るからに上質なスリーピースのスーツに身を包んだ渋めの男だった。


「冷やかしなら余所へ行って。今、とっっっても機嫌が良くないの」


 女がイラッとしながら男を睨んだ。


「こんなに可愛い子がいるのに浮気とは。彼は見る目がない」

「浮気された寂しい女と思っているなら、あなたにも一発お見舞するけど」

「振り回されるバッグに傷がつくし、その爪が可哀想。そのバーチャルフレンチ、艶が綺麗に出ていいよね。それにメイク、目元はブルーグレーかな?」


 男の言葉に女はハッとして、体を男の方に向けた。


「このネイルはサロンで出た新色なの。ブルーグレーもうっすらとしか入れてないのによく分かったわね」

「そういう業界にいるからね。だから君がキレイの努力を頑張ってるのも分かるよ。キレイは道具でいきなりなるのではなくて日々の積み重ねもあるから」

「そうなのよ! 肌のコンディション、スタイルの維持、メイクの研究と日々の努力がないとダメなの」

「マスター、僕と彼女に一杯ずつお願い。さっき飲んでいたのと同じのでいいかな? 素敵な出会いにここは奢るよ」

「いいの? むしゃくしゃしていたから飲み足りないと思っていたの。ありがとう」


 バーのマスター含め店内の客全員が思った。

「猛者が来た」と。



 女は隣の男が『理解者』と分かり嬉しくなって、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように話まくった。相手も聞き上手で絶妙な合いの手を入れてくれるので、それはもう大いに語った。周りの客が先程の修羅場から引き続き注目してるのも構わず、そしてあまりの語りの長さに客がみんなドン引きしてるのも気づかなかった。


 バーのマスターは思った。もう帰ってくれと。



「それでね、アートメイクだってシミ取りだって永久脱毛だって、レーザーやオゾンで患部を焼くのだからいくら麻酔塗っても痛いのよ。実際カサブタできるから怪我してるし。でも、メイクのノリや体調で眉毛を描くのがいつも必ず同じにはできないからアートメイクで眉毛やアイライン入れるのは楽でもあるし、いつでも同じ完璧な形の眉毛でいられるから常にキレイなの。シミだって、できる限り予防してるけどホクロやソバカスまではどうにもできない。だからシミを焼き切って肌をキレイにする。脱毛もそう。それだって結局数年経てばアートメイクは薄くなるし、シミだって少しは出てくるからメンテは必要。その度に痛い思いをするの。本当はキレイは痛いのよ。物理的にだけじゃなくてもそう。美容にかかるお金とかも安くないし、スタイル維持の為の運動だって毎日やらないと。それをわざわざ人に見せるなんてしないし、したくない。どうせならキレイな私を見てほしい。だいたい男は女がキレイになるのは男のためと思ってるけど、そんなの一ミリだってない!! キレイになるのは全部自分のため。自己満足なの。それの何が悪いの? 誰にも迷惑かけてないし、キレイになるならーー」


 女はバーが閉店するまで語った。




「遅くまで付き合ってくれてありがとう。お陰でとてもスッキリしたわ」

「こちらこそとても楽しい時間だったよ。僕の方こそ遅くまで悪かったね。終電もないけど、これからどうやって帰るのかな?」


 深夜、バーを出てから二人は、とりあえず大通りの方へ歩いた。


「本当なら今頃は彼氏の部屋かホテルへ行って寝てる予定の時間だったけど、クソな彼氏とはお別れしたし。その辺でタクシー拾って帰ろうかと」


 女は道路の方へ視線を向けてタクシーを探した。男はそっと彼女の手を握り自分の方へ引き寄せた。


「出会ったばかりでこんなこと言うのもおかしいのだけど、もし、よかったら僕の部屋に来ない? 君とはもう少し話したいんだ。いろいろと」

「いろいろと?」

「そう。いろいろと」

「それは、肉体言語も含まれる?」

「君が望むなら。いや、それは性急過ぎるから追追ね」

「追追ねぇ」

「実は君の思い切りのいいフルスイングに一目惚れしたんだ。だから少しでもチャンスがあるなら逃したくない」

「それは性急とは言わないの?」

「僕は若くないから時間は一瞬だって無駄にしたくない」


 余裕そうに見えて内心は必死な男に女は喜びを感じた。実は女も男が自分の話を真摯に聞いてくれる様子に惹かれていたのだ。


「行ってもいいけど、その前にあなたの名前を教えて。これから長い時間過ごす相手の名前を知らないままなんて嫌だから」


 女は握られたままの手を握り返した。


「そういえば名乗ってなかったね。僕は海堂三鶴(かいどうみつる)。君には僕と同じ、目的のためなら努力を惜しまない精神を持ってると感じたんだ。これは運命なのかも」

「私は忽滑谷粧子(ぬかりやしょうこ)。運命なんて大袈裟。でも、私もあなたになら全てを晒してもいいと思い始めてる」


 粧子は熱く見つめる三鶴の視線を受けてそっと瞼を伏せた。


 その後、二人は仲良く手を繋いで深夜の街に消えた。







 粧子は知らなかった。

 海堂三鶴という男が裏社会では知らない奴はいないという程に超有名な『ファクティス』という凄腕暗殺者というのを。

 彼が粧子のフルスイングの一撃必殺が仕事で使えると思ってることを。その見事な放物線に見惚れて、身体の筋肉を暴きたいと思ってることを。

 キレイへの強い思いと努力を賞賛し、彼女を支援したいと思ってることを。

 つか、ぶっちゃけ絶対捕まえて逃がさないと決めていることを。


 もう彼女は逃げられない。




 これが後に裏社会の伝説の始末屋コンビとなる二人の馴れ初めであった。

忽滑谷粧子(28)化粧品メーカー、デパートのサロン勤務。キレイへの努力を惜しまない。全て自分のため。キレイになると気分がいい。最近歳上の彼氏ができて毎日幸せ。


海堂三鶴(43)裏社会では知る人ぞ知るスーパー暗殺者。職人気質で完璧主義。独り身が寂しいと思っていたが、最近年下の可愛い恋人ができて、彼女のスッピンが見れてご機嫌。彼女にいろいろ(暗殺技術)仕込むのが楽しいお年頃。


まいちゃん(23)スッピンは誰にも見せたことがない(闇)

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