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9話 膝に○○を受けてしまって……

 彼女は終始気持ちよさげに俺に髪を洗われた。


 かゆいところがないかと訊けば「そ、そこいいです! もっと……ん……あふぅ」と変な声を出したりもして、俺のマジックワンドに誤解を与えてくるのである。


 が、高潔なる精神と鋼の理性をもってして、この難局を乗り切った。


 風呂から上がってしまえば、あとはもう朝までぐっすり眠るだけだ。


 備え付けのバスローブに身を包んだクレスが、長い桃色の髪を温風の出る魔導器で一気に乾かした。


「これ便利ですね!」


 魔導器を俺の顔に向けて温風を照射する。勢いのある乾いた砂漠の熱風が吹き付けられた。


「熱ッ! こらこら矛先を向けるな。明日に向けてそろそろ休むぞ」


「ええぇ! もっと遊びましょうよ。夜はまだまだこれからですし」


「遊ぶより寝ろ。俺はソファーを使うから、ベッドは好きにしていいぞ」


「一緒に寝ないんですか? 大きなベッドだしマクラも二つ並んでるのに。これ多分、二人用のベッドですよ?」


 少女は魔導器を放り出してベッドの上に飛び乗ると、アヒル座りをしてその場で上下に揺らした。


 バスローブに包まれたまま、たっぷんたっぷんと彼女の水蜜桃も上下運動だ。


「意味解って言ってんのか」


「はい?」


 上下運動を一時停止してクレスはきょとんとした顔になった。


 ああ、やっぱり解ってない。


 邪気が無いって無敵すぎるだろ。


「あと、ちゃんと解ってますから。あたしこう見えても賢いんで。あれですよね、二人で寝る意味っていうのはその……」


「無理に言わなくてもいいぞ」


「知ってますから! 寒さ対策ですよね? 実家のベロスとか冬になるとベッドに潜り込んできますし。いつも抱っこしてあげてるんですよ」


「ベロスって?」


「犬です」


 解ってなかったあああああ! 


 クレスはポンポンっと自身の膝を叩いた。


「髪を洗ってくれたお礼に膝枕してあげますから、こっちに来てください」


「はぁ?」


「何かお礼したいんですけど、さっきお金もなくなっちゃいましたし。それともマッサージとかがいいですか?」


「いや、いいって別に礼なんて」


 言った途端に少女が瞳に涙を浮かべた。


「遠慮すんなあああああああああああああ! あたしのこと嫌いなんじゃないかって不安になりますからあああああああああああああ!」


「いきなり大声あげるなよ!」


「もっと大きな声をあげてええええええ! 騒ぎを起こして人を呼びますよおおおおお!」


 圧に思わず耳を塞いだ。

 

 この手の宿の部屋に防音魔法が施されていることを知ってか知らずか、地震でも起こったかと錯覚するほどの大声である。


 しかしなんて馬鹿でかい声だ。湯上がりでのぼせた頭が、ますますくらくらしてきた。


「あーわかったわかった。降参するから自分を人質に取って脅迫するような真似はするんじゃない」


 俺の膝枕童貞喪失が決定した瞬間である。


 ベッドに上がると横たわり、彼女の膝に耳をつける。


 風呂上がりで上気したぬくもりと、柔らかな桃のような香りがした。


 ちらりと上を見ると、大きな膨らみでクレスの顔が隠れてしまっている。


 やっぱデカすぎるだろこれ。


 俺の髪を少女の手が優しくなで始めた。


 あっ……ちょっと気持ちいい……かもしれん。


「やっと素直になりましたね。それでいいと思います」


 素直……か。


 もしクレスと出会っていなければ、今頃雨の中で途方に暮れていた。 


 俺もバカだったな。言いたいことを我慢して伝えられなかった。


 もしかしたら、本音をぶつけ合っていれば上手くやれていたのかもしれない。


 衝突するのが怖かったんだ。


 これからは……少しだけ素直になってみようかな。


「ありがとうなクレス」


「え? なにがです?」


「なんでもねぇよ。あのさ……もう少しだけ、こうしてていいか?」


「あたしの膝がしびれるまでいいですよ。けっこうしびれない方ですから」


 下乳山脈に阻まれて顔は見えずとも、声だけで楽しげなのが解る。


 だれかと一緒にいて、心安まったのはいつぶりだろう。


 いかん。


 このまま眠ってしまいたくなった。


「すみませんドルテさん。もう膝とか太もものしびれが……限界です」


「お前、しびれを切らすにしても早すぎだろ」


 俺が身体を起こすと彼女はベッドの上で、生まれたての子鹿よろしく立ち上がろうとしては膝から崩れおち、プルプルと身体を震わせた。


「お前大丈夫か?」


「膝にドルテさんを受けしまって」


「俺は矢じゃねぇよ! 古傷になるにしても早すぎるだろ!」


「怒らないでくださ……あわわわわあああ!」


 そのままクレスは前のめりに倒れて俺に正面から覆い被さった。


 俺の顔を、肌色のはだけたたわわな胸に挟んで埋めるようにして。

 

 ぎゅっと彼女は抱きしめる。ぬくもりと心音が頬に伝わってくる。


 息を吸う度に桃とミルクを混ぜ合わせたような、甘い香りが鼻孔を抜けた。


「お、お、おいちょっと!」


「ふあぁ~。こうやってぎゅって抱っこすると落ち着きます。眠くなったんで寝ますね」


「自由すぎるだろ! いや離せって!」


 視界いっぱい柔らかいものが密着して前が見えない。


 おっぱいアイピローである。


「ZZZzzz……」


「ガチで寝るんじゃねぇえええええええ!」


「ふあっ……さっきは寝ろってぇ……言ったじゃないですかぁ……ではお休みなさぁい」


 さすが剣士系というべきか少女とは思えぬ膂力に、俺は彼女の腕から逃れることができなかった。


「あのクレスさん? もしもし? ちょっと!? 本当に寝ちゃったのかよッ!!」


 スイッチオフでいきなり爆睡するなんて、この十六歳児め。


 眠っても馬鹿力だ。さらに彼女は俺の身体に足を絡ませてきた。ますますもって身動きがとれない。


 完全密着状態である。


「……はぁ……ったく」


 彼女の体温と安らかな鼓動に包まれるうちに、俺は抵抗の無意味を悟った。


 おやすみなさい。

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